Bi-Weekly Column 1/8「Eye from the SHOT
ボールの克服がカギ握る GKの「アウエー」


 GK楢崎正剛(名古屋グランパス)は、4万5000人と満員に膨れ上がったアスンシオンのスタンドに向かって、にこやかに手を振っていた。
「ナラザキイ、という声が聞こえたんで。この下手くそ、とか、帰れ、とか言われていたかもしれないんですが。言葉が分からないっていうのも、案外いいですよね。まあ、とりあえず手でも振っておこうか、と」落ち着いたものである。
 日本が初出場を果たした南米選手権(パラグアイ)の初戦、対ペルー戦に挑んだ楢崎は、アウエーの厳しさ、つまり目の肥えた、時には激しいばかりの観客の存在さえ、楽しんでいたようだ。
 もっとも、彼らGKにとっての「アウエー」とは、背中で騒ぎ立て、野次を飛ばす観客のことだけではない。彼らにとって最も大事なアウェーの要素は、「ボール」である。
 楢崎は、ペルー暇で、2つの「アウエー」を克服した。
 日本や欧州では、昨年のワールドカップのために開発された「トリコロール」(アディダス社)が主に使用されている。このボールは弾力性を重視し、さらに皮の質や、繊維なども研究され、シュートの回転をサポートする、いわば、シュートを打つ側に立って開発されたボールである。
 象徴的な特徴のひとつは、シュート軌道の最後になって、GKの手元でホップするということ。では南米大陸では、というと、ここではうって変わって「ペナルティ社」のものが主流である。
 こちらは空気圧、皮の特徴から、トリコロールとは正反対に、GKの手元でドロップする傾向にある。
「ボールが素直には飛んで来ないんです。一番嫌なのは、無回転で来るものですね。特に、南米の選手たちの足の強さで、シュートがものすごくおかしな回転をすることがある」
 野球の変化球で例えれば、スプリットフィンガーボールのようなものだろうか。南米の選手が放つ無回転シュートの威力が、ボールの特性とどうかかわるのか、大会事前のアルゼンチン合宿から慎重に回転の特性を見て、初戦のピッチに立った。
 見ている方にとっては、何気ない普通のセ−ビングに、アウエーのリスクを考え尽くした、本当の「落ち着き」が隠されていたのだ。
 大人の男の観客に包まれ、野太い声と厳しい目の中でプレーしてみる。それが、楢崎の夢だったという。

(週刊サッカーマガジン・'99.7.21号より再録)

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