「芝生検討委員」会員募集!
(Weekly Column 1/4「プレスルームから…」より)


「大変です!」。電話に出たアルバイトのM君は興奮していた。「何が? ベル(平塚のこと)が広島にボロ勝ちしてる?」。福岡での横浜M対磐田戦の最中、途中経過を聞くため電話したわたしは、冗談を返した、はずだった。しかし彼は厳かな声で言った。「ええ、6−1で」。
 一体どうなっているのだ。原稿を書いている時点で、横浜マリノスが首位。しかもその単独首位を、広島を破りお膳立てしたのが平塚で、彼らも4位にいる。広島戦の2日前、関西学生リーグ2部の大体大に、トップが2点も取られたんですよ。この練習試合をたった2人で取材した大先輩、トーチューの松原さんは「ダメですね、これは」とおっしゃい、「ええまったく」と同意していたのだ。
 ただ、広島が平塚に負ける要因はあったような気がする。この試合の1週間前の日曜日、高木、前川、森保、森山が昼間からテレビに出て、お好み焼きか何かをつついていた。4連勝中の、第1ステージ王者のそんな姿を見て、とてもがっかりした。彼らも後悔しているだろうか?
 ちなみに、先程のアルバイトM君とS君の3人で「横浜Mと平塚のチーム力検討委員会」を結成していた。第1ステージでは、両チームの担当者として「チームは解散」と、冷静に! 分析を続けたが、彼らはいつも「もう少しですよ。我らがマリノスとべルマーレ、次は勝ちます」と、人のいい笑顔でかばうのだ。こうして積極的でかつ勝手な活動をしている委員会だが、2人とも喜んでいるだろう。さて、この検討委員会も、5試合の途中経過とはいえ一応の成果を収めたので、今度は「芝生検討委員会」を結成してみる。
 福岡での横浜M対磐田戦の翌日、市内からタクシーでさらに1時間10分もかけて、福岡県三井郡大刀洗(たちあらい)町に行った。シオカラトンボが飛び回り、青い水田がどこまでも広がる。猛暑に、芝の積み込み作業をしている150人の額から汗が流れ落ちていた。三ツ沢球技場に敷かれた天然芝は、生まれは宮崎、育ちはこの大刀洗なのだ。
「芝が一番苦手とする真夏ですから、(突然の注文には)少々面食らってもいます。昨日の雨で、カエルが大量に出てますね、とにかく最善を尽くします」。こちらが勝手に押しかけた取材だったが、ダイエー・リアル・エステートの吹原さんは親切にそう言い、ツインドームシティの伊藤さんとともに、休日返上で案内してくれた。福岡のツインドームが開発した、パレット方式の芝が、三ツ沢の大ピッチをとりあえず救ってくれるはずだ。パレットは60センチ四方で重さ40キロ。これを、敷き話めて行くと、ご覧のようになる。
 クレーン車の低いモーター音が響く大刀洗のプレハブの持機所では、三ツ沢での敷き詰め、水やり、工期日程病薪気の心配などを、作業服を着た担当者たちが激論していた。泊まり込みで寝ていないのだろう。誰の目も、真っ赤だった。三ツ沢にも、連日の炎天下で夜までの作業をし、同じ目をした人たちがいる。
 三ツ沢で起きたことは、一体誰の責任なのか、理由は本当に「猛暑」だけなのか、工期の設定や時期、管理にミスはなかったのか。この点は、横浜市と三ツ沢球技場、工事した業者、そして横浜Mと礪浜F、Jリーグ運営側がうやむやにせず検討するだろう。しかし「芝生検討委員会」としては、もっと、純粋に芝生のことを勉強しなくてはならない。
 とはいえ、委員会の発足が間もないので、良くわからない。とりあえず、国語辞典をめくる。「イネ科の多年草で、日本芝としては高麗芝がある」──なんとイネ科の植物らしい。多年草なので毎年、枯れても新しく出てくるが、とすると、競技場の芝や、ゴルフ場の芝が1年中青いのは何故か。それは、何かの「工夫」がされているからだ。検討委員会としては、ここは専門家お2人を、お招きして教えを請うことにする。
 ナショナル・スタジアムの威信をかけて、現在1年中芝を青く保っている国立競技場も、実は少し前まで、12月のトヨタ杯が来る度に「枯れた芝で恥ずかしい」なんて、言われていたのだ。外国の芝が青いのは、西洋芝という強い常緑芝のためで、気候もいいことも理由だ。国立で管理をする鈴木憲美さんに、三ツ沢での話が起きたあと、会いに行った。
 国立は、同じクラウントに冬芝と、夏芝両方を植えた。暑い時、寒い時、それぞれが元気に育つ二毛作で年中青くしている。国立競技場という組織も、芝を保つために、鈴木さんたちの意見を聞き、協刀をしている。三ツ沢の話に、「しようがないさ、この天気だし、みんな気の毒さ」と同情した。種が発芽しても、新芽は強い日差しに焼かれてしまうこと、芝に最適な気温は10度から25度の間で、この範囲でもっとも生育し、最低でも3か月は必要なこと、などを聞いた。「一定の気温を超えると、芝にも人間と同じストレスが溜まる。今度はストレスが引き金になって病気になる」。鈴木さんの指摘通り、三ツ沢の新芽も7月、もっとも怖いとされる、カビの一種「ビシウム」病にやられてしまった。
 今回、福岡から運ばれた芝を育成、管理している中村造園土木・山内唯史さんも、偶然だが芝を人間に例えた。「人間も暑いと食欲がなくなり夏バテします。芝も夏バテするんです、水や栄費をやっても十分吸収できない。夏場の酷使は大変です」。山内さんは、ここ2、3年の芝ビジネスの急変化を指摘する。とにかく適温、風通し、適度な雨、日差しが必要で、もしビシウムや、円形に枯れる「ブラウンパッチ」などという病気にやられたら、信じられないことだが、一晩でグラウンド全体が枯れてしまうそうだ。
 昨年5月、Jリーグが開幕してから、青い芝は当然だと思い込み、とにかく金さえ出せば何とかなるのだ、そう考えていた。しかし、そうではないのだ。スポーツ・ターフ(芝)の実戦データは、日本では少ない。サッカーに限らず、青芝の上でスポーツを楽しむ、そういう習慣が長いことなかったからだ。「芝の管理ほど大変なものはないし、正直、まだ猛勉強せないかんのです。こればっかりは、工期や金額や労働力と、机上だけでは図れない」と、山内さんは言う。つまり、多大な労力と、時間と、成功と失敗の歴史と、周囲の協力が必要なのだ。
 アメリカ人が「何故こんなに芝が青いの?」と、イギリス人に聞く。すると「水をやってるだけだ」と答える。「簡単なのですね」と聞き返すアメリカ人に一言、「ええ、100年前からね」。この話、何度も聞いたことはあると思う。三ツ沢の件で、いかに芝について自分が無知かわかった。手品じゃあるまいし、パッと開けたら芝が青々なんてことはあり得ないし、金だけでは片づかないのだ。
 ニコス・カザンザキスという人が書いた『イギリス』という本の中に、こんな文章があった。「イギリス人の心臓を解剖して見ると、そのちょうど、どまん中に一片の刈り込んだ芝生が見つかるに違いない」中略「そして、イギリス人の天国は芝生で飾られている」。これが、サッカー、ラグビー、クリケット、ポロ、競馬、ゴルフを生み出した国の文化のようだ。
 サッカーは世界の文化だと言う人もいる。文化(カルチャー)の語源は、ドイツ話の「クルツール」で、まさに耕すという意味なのだ。まずは、クワを持って、泥んこになって耕さなければならない。実際、日本でポロ国際大会が行なわれた時、ハーフタイムに観客全員が、荒れた芝を一緒に踏み固めている光景を見たこともある。
 このページを担当してくれるマガジンの平沢君は「この企再画も、いつまで続くかわかんないんですけど」と、まだ始まる前から笑わしてくれた。
 よってもって、次回もまた、書くのかどうかわからないようだが、芝生検討委員会に入会したい方は、ぜひ、競技場でひと声かけてください。入会金は無料で、大歓迎です。

(週刊サッカーマガジン・'94.9号より再録)

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