INSIDE REPORT]
2002年11月17日、東京国際女子マラソン

肋骨骨折で高橋尚子欠場。
陸連はアテネ五輪代表権の「シード制度」検討を


 日本陸達は、五輪連覇という偉業を目指す高橋尚子(積水化学)に、アテネ五輪代表権の「シード制度」を検討するべきだ。無論、五輪金メダル、世界最高をマークしての6連勝を専門家として正当に評価し、支援しようと望むのならば、の話であるが。

■2002東京国際女子マラソン 結果
1位 ムラシャニ(タンザニア)  2:24:59
2位 松岡理悪(天満屋) 2:25:02
3位 ティモフェエワ(ロシア) 2:26:45
 11月17日、来年8月パリで行われる世界陸上のマラソン代表(男女とも5人が出場可能)選考会を兼ねる国内レースの先陣を切って、東京国際が行われた。天満屋の松岡理恵(25歳)が、世界陸上選考基準の2時間26分を突破しての日本人1位(2時間25分2秒)で2位となり、世界陸上代表へ一番乗りを果たした。
 一方、9月のベルリンマラソン以後、中50日でこのレースに臨む予定だった高橋は、米国ボルダーでの高地合宿中に肋骨を疲労骨折。全治3か月の診断で欠場し、世界陸上出場のチャンスは残る2003年大阪、同名古屋となる。

「何としてもパリでアテネを決めてしまいたいと思っている。シドニーのときのように、国内選考で最後の最後まであんなに苦しい思いはもう味わいたくない。現時点でも世界陸上を視野に入れて再起を考える」
 小出義雄監督は欠場を決めたあと、脚の故障、腕の骨折を抱えて最後の選考会、2000年名古屋でシドニー五輪出場を決めた苦悩を振り返り、「パリ」にかける心境を吐露した。監督が五輪前年の世界陸上に固執する理由は、「パリ世界陸上でメダルを獲得した男女日本人最上位者をアテネ五輪代表とする」と、2004年マラソン代表の選考基準を定めた日本陸連理事会決定にある。

 小出陣営だけではない。現在、世界でもっとも底辺が広い日本女子マラソン界にあって、強豪の出場が必ずしも100%ではない「世界陸上でのメダル」の条件は、アテネへの最短距離といえる道筋となる。国内選考1本でアテネを狙う選手もいるが、1年前に決定すれば、心身に負うリスクも少なく本番に挑む計算が立つ。まして30代になる高橋に、1年の準備期間は大きな魅力だ。2時間20分を切る(世界最高はラドクリフの2時間17分18秒)トレーニングはすでに限界一杯一杯のもので、体脂肪を10%切った状態を維持し続けたことも疲労骨折の要因だと考えられている。

「マラソンは、肉体的なメンテナンスをしっかり行い準備しなくてはならない。世界陸上に仮に出場しなくとも、高橋は国内選考(2003年と4年の)で、代表になれる力を十分持っているだろう」と、陸連強化委員会の沢木啓祐理事は世界陸上で最短距離を取ろうとする陣営に自重を促す。だとすれば、もう一歩踏み込んで、五輪連覇のために、例えば選考会免除は難しいとしても、「五輪選考レースのうちどれかで調整を行うこと」等シード制度を導入してもいい。高橋の安定感を知る現場で、批判は出ないだろう。事実、過去4大会の金メダリストは皆、故障でない隕り、タイム、レース選択などで優遇措置を得ている。

 逸材の連覇をどう実現するかと同時に、現状では選考そのものの基準もまたもや取りざたされかねない。
 バルセロナ五指で銀、アトランタで銅メダルと2大会連続でメダルを獲得した有森裕子氏(リクルートAC)は、「何でもオープンですべて明らかに、しかも誰もが納得するのが選考というのなら、投票で選ぶ以外ありません。大枠でこの4大会と定めて最終的に誰かを決定すべきで、主眼はもちろん五輪で戦えることにあるはずです」と基準をすべて明らかにする生真面目さが逆に、混乱を招きかねないと憂慮する。

■アテネ五輪日本代表選考競技会
2003年 パリ世界陸上競技選手権
東京国際女子マラソン
2004年 大阪国際女子マラソン
名古屋国際女子マラソン
 シドニーの際も、「世界陸上でメダルを獲得した者を代表に」と、あまりに明確にしたために、99年セビリアで銀メダルを獲得した市橋有里(現テレビ朝日)が先に選ばれ、残る国内3選考会でのタイムで市橋を5分も上回った弘山晴美(資生堂)が落選している。各選手がコースの特徴や気候への適性など持ち味を十分に出し、さらに本番でどう戦うかを考慮したうえで選考レースを選ぶ現場レベルでは、世間的に常に引き合いに出される「一本化」を望む声はないに等しい。

 高橋の連覇、史上最強とされる日本女子の選考を縦軸に、横軸には、新聞社、テレビ局の高視聴率獲得、激しい選手争奪戦が絡む現状に、彼女の肋骨のひびは、何かを訴えかけていたのではないか。財団である責務は当然としても、陸運が今、柔軟に再考すべきは、選手にとってベストの選考であり、世間に示す基準ではない。五輪前になると必ず「曖昧だ」と批判されながら、結果的には3大会連続でメダルを獲得しているのだ。求められるのは、専門家としての確固たるプライドと知識の方である。

(「SPORTS Yeah!」No.056・2002.12.6より再録)

 
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