氷筍


氷の筍(たけのこ)と書いて、「氷筍(ひょうじゅん)」と読みます。写真でお見せできればすぐにわかるのですが、読んで字の通り、まるで、筍がにょきにょきと地面から伸びたような形状の氷の塊なのです。氷柱(つらら)が地面から生えてきた、そんなイメージで考えてください。もともとは、非常に条件の限られた環境下のみで生まれる、芸術的ともいえる自然現象なのです。

ウイスキーそれともかき氷
なんと、世界記録のためです

 この何ともない氷の塊、なるほどこれを使えば最高のオン・ザ・ロックも飲めそうですし、あるいは最高級(?)かき氷なんていうのもできそうです。ところが食べるものではなく、じつは、シーズン真っ只中を迎える今季スピードスケートで、もっとも注目を浴びている「秘密兵器」なのです。
 専門用語ではこの氷は単結晶といって、純度が非常に高く、余計な不純物がない、つまりスピードスケートにおいて最重要な氷の摩擦を減らす条件を生まれながらに持っているわけです。しかも硬度が強く、温度差の影響を受けにくい。なかなか溶けないので、スケート会場内の温度差で不利になったり有利になるとも言われる滑走順にも影響がないことになる。純度、摩擦、硬度、と3拍子揃った夢の氷、と注目されたわけです。これをスピードスケートのリンクに敷き詰めれば、記録がどんなに短縮されるだろうか、との仮定のもと、'97年まですでにさまざまな研究がされてきました。
 普通のリンク精製では、いかにこの単結晶に近くするかを追求し、水の純化システムにハイテクが用いられています。けれどもハイテクも適わない、この自然現象で生まれる氷を使えば、単純比較はできないものの、スケート靴のブレード(刃)の部分と氷の密接は20%近く減らすことができる。机上の計算では500メートルでも100分の2秒ほど記録が短縮されると言われています。
 すでに長野五輪のメイン会場だった通称「Mウェーブ」にも、厚さ7ミリに輪切りにした氷60万枚が敷き詰められ、世界初の「水筍高速リンク」として大変な注目を浴びています。
 昨年、魔法のクツといわれたスラップスケートで夢と言われた500メートル34秒台(34秒82)の世界記録をマークした清水宏保(NEC)にとってはもう鬼に金棒、一体どこまで記録を伸ばすのか、スピードスケートの革命的な大進歩を、どうぞ見逃さないでください。

Domani・'99.2月号より再録)

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