斎藤春香(女子ソフト)
アエラ「この人を見よ」より
●さいとうはるか/1970年3月14日生まれ。青森県生まれ。ソフトボールは中学生のときに始めた。'94年広島アジア大会に出場、銀メダル獲得。'96年アトランタ五輪4位。内野手。
シドニー五輪でメダルを狙うスラッガー
冗談のつもりだった。
──ときにはバッティングセンターに行ってみるとか。
斎藤 ハイ、行きます。
──エッ?
斎藤 実家(青森県弘前市)に帰ったときや、チームから離れているときなど、練習を兼ねて行ったりするんですよ。
──でも、90キロや100キロでは手応えがないのでは。
斎藤 そうですね、あれではボールがあまりに遅過ぎて、止まって見えます。
──120キロで打っていたりして。
これも、冗談のつもりだった。
しかし斎藤は、笑わなかった。
斎藤 いえ、140キロで。
オイ、オイ何だよあのすげえ音、エーッ女の人か、マジかよ? あのスイング、ただ者じゃあないぜ、こりゃあ。
110キロにボールを詰まらせている男性方が、こんなささやきとともに続々と集まり、ケ―ジの周りはたちまち「大見学会」と化す。それだけは、ひどく恥ずかしいのだという。
もちろん、ただ者ではない。
日本チーム指名打者・斎藤春香(28=日立ソフトウエア)、右投げ左打ち。団体競技で最初にシドニー五輪出場を決めた女子ソフトボールで、日本が世界に誇るスラッガーである。
アトランタ五輪ではメダルを目前に敗れ4位。「シドニーでメダルを」と雪辱を誓い、世界選手権(7月30日まで富士宮市、4位以内が五輪出場で3位)で五輪切符を手にした。大会通算打率4和知1分、本塁打3本。注目すべきは大会31打席中24本の長打を放っていること。長打率、じつに7割7分である。
「世界的なエースの速球は、時速100キロ以上です。自分のスイングもこれを振り抜く速度でなければヒットにはできない。それと投手との駆け引き、チームバッティングに集中すること、その3点に注意します」
投手からわずか、12.19メートルでボールは100キロ(プロ野球は18.44メートル)、0.12秒の壮絶な駆け引きがある。斎藤のスイングの速度は、100キロを越える。女といえども、速球を容赦なく内角に攻めてくる。しかし、逃げない。愛用のバットなしでは、あんな速球は怖くて、とてもバッターボックスには立っていられない、と苦笑いした。
「ホームランの感触が最高です。インパクトの瞬間、ふと力が抜け、まったく手応えのない手応えとでも言うんでしょうか。あんまりうれしくて、今でもベースを駆け抜けてしまう。あとで、もっとゆっくり味わって走ればよかった、と後悔する」
手のひらは、マメもタコもない滑らかなものだった。
五輪効果でファンも激増し、故郷に帰れば、少年野球にも呼ばれる。子供の頃、父親にキャッチボールを教えられ、以来、グローブを手離したことはない。
競技を愛する清々しさが漂う。
「夏休みって一生懸命練習しましたね。子供たちに知られる存在になるって、うれしいです。そうそう、今度一緒にキャッチボールでもどうですか?」
別れ際、有り難いお誘いを受けた。夏真っ盛り。納戸に放り込んだグローブを磨いて、肩を作っておこうかと思う。
(AERA・'98.8.17-24合併号より再録)
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