サッカーをうまく料理する伊の新聞

    名波が“肉の味”に


 先週はセリエA名波浩(ベネチア)の取材で、イタリア北部の山岳地帯、モエナという街から原稿を送った。と思ったら、今週は中田英寿(ペルージャ)の練習試合を取材するために、スペインの港町・ビゴから、またイタリアに戻る途中のマドリードで、この原稿の縮め切りを迎えている。
 ペルージャの広報に電話をしながら「え−と、名波も一緒ですね?」などと聞き、相手に爆笑される有り様で、ほとんど、どこがどこだか分からなくなっている。
 こんな生活を10日もすると、見知らぬ土地に行き、そこで生活を営み、そしてプロサッカー選手という、最も毀誉褒定(きよほうへん)の激しい職業で実績を築こうとする2人の「安住の地を捨てる」思想に頭が下がる。
 などと彼らを尊敬しながらも、さて、きょうは何が書いてあるやら……。
 海外に出張すると朝は、分からないながらも地元の新聞を買って、辞書を片手に読むのが日課になる。
 さて、まずはセリエA新人、名渡のキャンプにおける評価である。「6.25」、なかなか高いではないか。寸評を見る。「名波は、白い煙が出て、肉の味になった」。ん? 名波が肉? 白い煙が出た? 辞重から直訳すると、こういうことである。
 さすがにこうなると、イタリア在住の通訳の皆さんに教えを乞(こ)うしかない。
「イタリアでは特にサッカーの記事で、食べ物に例えた表現を使うことが多いのですね。確かに辞書じゃあ分かりませんね」
 通訳の方は、そう教えてくれた。「名波が肉の味に」は、つまり、ローストビーフを焼くときには最初白い煙が出るが、野菜や肉汁が微妙に溶け合って、いい味が肉に染み込む。名波がチームにいい形で溶け込み出した、という意味なのだ。
 イタリア紙のサッカー面では、食料や調味料を引用する表現が非常に多い。そこに凝ることが、サッカーのもうひとつの楽しみでもあるようだ。
「塩を振りすぎるな」
「結局、燵が出ただけの丸焼きだった」といった具合に、料理とサッカーをつなげる表現が多用され、そのまま、まるでメニューをのぞき込むような彩りと楽しさがある。
 生活に密書した「食」の文化と、それと同様に生活に密着する「スポーツ」、なかでも「サッカー」とが、それこそ微妙な味付けで毎日料理される。
 日本で「巨人の新外国人選手は、まるでその家の漬物のように食卓に溶け込んでいる」などとやることはあまりに無理があるわけで、イタリアの人々のスポーツと生活を楽しむ姿がこんな表現に垣間見える。
 さて、中田である。
「沸々と煮立ったお湯で茹(ゆ)でたパスタのお味は?」こんな表現が使われていた。話は移籍問題(熱湯)で中田はパスタ。移籍話に熱中し過ぎると(パスタを茹で過ぎれば)軟らかなパスタになるということだ。
 けれどもどうか、ご心配なく。中田は、とびきりのアルデンテに茹で上がるだろう。
 麺(めん)にはうるさい日本人が保証するのだ。
 間違いない。

(東京新聞・'99.8.10朝刊より再録)

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