勝負師・田村を心底尊敬

    男性が稽古相手


「オレなんかさあ」
 GW中は、普段はあまり同じ時間帯に利用していない電車の中で、子供たちと一緒になる。
 男の子は誇らしげだ。
「オレさあ高原(磐田のFW高原直泰)とおんなじだもんね、誕生日」
「エー、すごいじゃん」
 彼らのヒーローは、世界ユース選手権準優勝のサッカーU20代表である。そのチームのエースストライカーともなれば、仲間たちも一目置かざるを得ない。
 そういえば小さい頃は、こんな遊びをよくやった。だれと同じ誕生日だ、だれと同じ誕生月だ、と。野球少女だった私も、「王貞治と同じ5月生まれ」がご自慢だったのだが。
 そして昔の雑誌に、5月生まれの有名人、で必ず書いてあったのが美空ひばりである。歌謡曲はあまり知らないのだが、なぜか、この取材に行く時だけは、「あの歌」が頭の中を巡る。
「ねえ、勝つと思うな思えば……って知ってる? ここに来ると、頭の中で音楽が始まるんだけど」
 一緒に取材に行った編集者は笑って吹き出した。
「変ですよお、それ」
 確かにかなり変だ。しかし、5月、美空ひばり、そして女子柔道体重別選手権、と三拍子そろってしまったせいか、2日、東京・代々木第二体育館に入った瞬間から、「柔」のフレーズは大きくなるばかりだった。
 48キロ級で九連覇を果たした柔ちゃん、田村亮子(23歳・トヨタ自動車)に初めて会ったのは、彼女がまだ中学生の頃だった。現在、国内107連勝中の彼女にとってのテーマは常に、「勝つこと」ではなく、「勝ち方」の方である。
 勝ち方だけにこだわり続けなくてはならない田村には、この一年、新しい稽占(けいこ)相手がついている。
 女性ではない。
 自分の属する階級よりも20キロも重い男性である。
「自分でやる方がずっと楽ですね。疲れました」
 九連覇を畳の外で見ていた大野勝治氏(23歳・トヨタ自動車)は苦笑した。
「男が女に投げられる」
 それが彼の仕事である。
 指導者からこの話を紹介されたときには正直、悩んだ。当然だろう。しかし実際に田村と組んでみて考えは変わった。性別など抜きに、柔道家として、スポーツ選手として、心底尊敬できたからだという。
 今大会前の福岡合宿でも、改めて強く感じた。
「倒しても倒しても、彼女は本当に死にそうな、ものすごい形相で向かって来るんです。こっちが、泣き出したくなる程の練習でした」
 高い緊張感、何より互いへの尊敬心。それがなければ、異性との真剣勝負は成立しない。それどころか、けがをする。判定勝ちでの優勝に、評価は様々だった。しかし、勝負師・田村をだれより深く知る彼は言う。
「今の田村さんを投げること、倒すことは、まず不可能だと思います」
 そう言えば、9月生まれの二人の誕生日は、わずか2日しか違わない。
「柔」が流行歌だった時代、男が女に投げられて、そして女を強くするとは、美空ひばりも想像しなかっただろう。そう思いながら、会場を後にした。

(東京新聞・'99.5.4朝刊より再録)

BEFORE
HOME