2月18日
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◆◇◆ Special Column 〜SALTLAKE 2002〜 ◆◇◆
数字の独り言(6)
「直径0.3ミリのツブツブの疾走」
スピードスケートも終盤にさしかかり、中長距離がスタートした。この日は、女子1000メートルで外ノ池亜希(22歳、アルピコ)が、1分14秒64と、自己記録を大幅に更新する日本新記録で7位に入賞を果たした。レースではこの種目の前世界記録保持者・フェルカー(ドイツ)と並走。途中もラップで上回るなど、自分の力を出し切り、日本女子初の14秒をマークしての7位は、大健闘でもある。
長野では、初めての五輪、しかも地元での開催をコーチの父と迎えるという注目度も重なったのか、思うように力を出し切れなかったのだろう。レース後、通路の影で泣いていた姿を覚えている。
すれ違うとき「お疲れ」とだけ声をかけたのに対し、「本当の意味で疲れてないのが悔しいですよね」と返してくれた笑顔は、168センチから繰り広げるスケートの大らかさやスケールを感じさせるものでもあった。
彼女は得意の1500メートルも残しており、この自信をどのようにレースに持ち込むかを、今ごろ、父であり、コーチの信平氏と練っているのではないか。
さて、スピードスケートで選手のアップが映るたびに、ウエアの一部がはっきり見える。この「一部」について、問い合わせもあるそうだ。
頭の部分に、銀色のラメのような飾りが見える。よく見れば、肩、ふくらはぎにも、灰色で塗られたようなラメ入りの線があることがわかる。実際には、ラメの正体は球形状の突起である。わずかに直径0.3ミリのシリコン樹脂製の突起がウエアの3か所にびっしりと縫い付けられている。
この突起は、今回の日本チームウエアを担当するミズノが開発したものだ。スピードスケートでは、人体の適度な場所にこうした突起をつけることによって空気抵抗を削減し、理想の流線型に近づけることができる、とすでに十数年前から研究は行われていた。前回の長野では、オランダチームなどがこの理論を数センチの「テープ」という形にして着用。新記録ラッシュのひとつの要因とされた。こうした技術革新、マテリアルの進化も冬季五輪の大きなテーマのひとつであり、4年ごとに加速されていく。
今回のウエアは全体でも約190グラム、卵2つの重さ程度しかない薄型である。またドットを縫い付ける位置も選手それぞれで微妙には違う。こうした難しさがあってもなお、商品化にこぎつけた「魔法のブツブツ」は、それが実際何秒速くなるのか、といった実験以上に注目を集めていた。
選手の感覚によってである。
よく言われる空気抵抗とは、空気が物体に当たったときに起きる空気の乱れであり、専門家には「空気の剥離」などとも呼ばれる。つまり空気が人体に当たったあと、その剥離した空気をうまく流せなければ、乱気流によって体は押し戻される空気に対抗しなくてはならないため、流線型を生んで抵抗を少なくするようにする。風洞実験では最大で空気抵抗が6%、500メートルに換算すると約0秒5短縮されるという。
開発担当者の話を聞いたとき、選手からの評価を教えられた。
「空気が流れていくときの感覚がわりますね」と言った選手、「空気の音が小さく聞こえます」と答えた選手がいたという。
風洞実験よりも、データ測定よりも、この言葉に0.3ミリの突起をつける難しさも報われた気がした、と話していた。
それにしても、氷の上を滑走しながら聞こえる空気の音を知る感性とはどれほど繊細なものだろうか。屋外で走る陸上ならわかる気もするが、あのリンクで、自分に当たって剥離していく空気の流れる音を知るとは。滑走への憧れを抱かせる感性だ。
「空気の音が小さく聞こえる」と言ったのは、外ノ池だったという。
日本女子初の1000メートル14秒台を疾走する音は、どんな響きだっただろう。
■スピードスケート 女子1000m 決勝 結果
(2月17日=現地時間) |
順位 |
選 手 |
タイム |
1 |
クリス・ウィッティ(アメリカ) |
1分13秒83 |
2 |
ザビーネ・フェルカー(ドイツ) |
1分13秒96 |
3 |
ジェニファー・ロドリゲス(アメリカ) |
1分14秒24 |
|
7 |
外ノ池亜希(アルピコ) |
1分14秒64 |
17 |
三宮恵利子(富士急行) |
1分16秒26 |
18 |
大菅小百合(三協精機) |
1分16秒48 |
※ウッディのタイムはオリンピック新記録かつ世界新記録。
※外ノ池のタイムは日本新記録。 |

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