12月27日

※無断転載を一切禁じます


スペシャルコラム

「体の中心と、心の中心」
〜スピードスケート・全日本スプリント選手権最終日より

 プライベートでのことだが、バスケットボールで現在、ブリガム大ハワイ校に留学中の田臥勇太選手と電話で話す幸運に恵まれた。
 終わったばかりのリーグでは、優秀選手の一人に選ばれ「少しですが、自信になった」という短いコメントが新聞に掲載されていたのを、うれしく読んだ。つかの間の休暇を日本で過ごし、またハワイに戻って行った彼がこんな話をしてくれた。手術まで要した腰のことである。
「腰を痛めると、本当にすべてが無になってしまうんですね。気持ちも本当にへこんでしまいました。ひざや足首、そういう場所とはまったく違うんです」
 昨年は手術、リハビリで満足なプレーはまったくできなかった。しかし今年になって、体の機能が戻り、少しずつだがフィットし、プレーにも輝きが戻って行った。米国の大学では勉学も厳しいし、まして日本からの留学生である。バスケットでも、勉強でも彼への日本からの評価が冷たいことは承知だが、彼のチャレンジはとてつもなく大きなものである。
 腰を痛め、リハビリをする中で、実はすべての運動機能の中枢が腰にあり、この安定感、不安定さがプレーに大きな影響を及ぼすことを感じ取ったという。しかし、こうして手術でもしない限り、本当の「重み」を知ることはできないのも、この個所の特徴である。
「腰の痛みをあそこまで経験して、度胸が据わるようになりましたね」
 トップアスリートの言う「開き直り」は、いつも興味深い。

 27日、ソルトレイク五輪代表をかけた選考会となった全日本スピードで長野五輪の銅メダリスト、岡崎朋美(富士急)が鮮やかな逆転で代表の座を手にした。
「開き直っていくしかないな、と思っていたし、自分のスケートをするだけでしたし無心で滑った」
 岡崎はレース後そう話した。
 前日は5位。ほぼ絶望、とメディアが書いたほどの惨敗である。「腰の手術以来、スタートしたくないな、と思い続けている恐怖のスタート」(岡崎)で注意を受け、しかもフライングを犯す。得意のスタートで失敗しながらボロボロの精神状態で滑ることは不可能な種目である。
 しかしこの日は、38秒84で、好調の大菅小百合(三協精機)を抑えてトップに。2日間の総合でも3位になり代表に食い込んだ。100メートルの通過は10秒58とこの日の滑走者中最速で、恐怖を克服した気迫がそのまま現われたスタートダッシュである。
 たった一晩で変わったものは一体何だったのだろうか。
 1か月前、岡崎が惨敗し9シーズンぶりにW杯代表を外れた時、こんなことを言ったのを思い出す。「今、ここまで落ちている自分にとって、心技体でもっとも難しいとするならば心です」と。
 腰の痛みも強化も万全である。しかし、腰の手術で心に負う「恐怖感」はほかの部位など及ばないものである。偶然だが田臥もずっと、小柄な自分の持ち味だったカットインプレーができなかったと話していた。
 清水も、痛めている腰に苦戦している。腰はすべての機能の中枢であると同時に、スポーツ選手に限っていうなら、自信、安定というメンタルも司っているのではないか。
 トップアスリートの「精神」は、もしかすると心臓ではなく、腰に宿るのかもしれない。自信を回復した田臥のポジティブな会話と姿勢、岡崎の鮮やかな逆点劇、どちらも逆境からの復活というセンチメンタルな浪花節で済ませてはもったいない、あえていうなら解き明かしたい「科学性」を想像させるものであった。   



読者のみなさまへ
スポーツライブラリー建設へのご協力のお願い


BEFORE LATEST NEXT