2008年夏季五輪開催都市決定を行なうIOC総会(13日)を前に、大阪、パリ、トロント、北京、イスタンブールがそれぞれ、プレゼンテーション(13日の投票前に行われる、候補都市によるアピールの場)リハーサルを行い、その後に記者会見が開かれた。大阪からは磯村隆文市長、遠山敦子文部科学相、プレゼンターでもある小谷実可子氏(シンクロ、ソウル五輪銅メダリスト)らが登壇。簡単なビデオを見せた後、抱負を話し、あすの投票に向け最後の公式行事を終えた。
最初に磯村市長からの挨拶
「評価委員会のレポートが出た後にそれを読んでみると、大阪はすでに施設のほとんどを持っていて、国際大会も行なうなど“エクセレント”という評価もある。大阪の良さを理解してもらうことが十分にはできなかったが、ポジティブな評価も多かった。大阪の開催計画を一言で表現するならば碁石の基盤の上に立った堅固なオリンピックを提供できるものといえる。私たちは人工島を使い、もし開催地が決定すればそれをオリンピックアイランズと呼ぶつもりだ。選手に対しては、オリンピック選手村ですべて個室を提供し、エキストラオフィシャルのための施設も隣接する。またパラリンピックには、オリンピックと同じ条件を提供しエントリーフィーはもちろん、旅費、機材の輸送費を組織委員会で負担する。また次代を担う子供たちへの提案として、チケット代は5ドルとしたい。
明日のプレゼンテーションでは、私たちのメッセージと熱意を、また大阪の強みすべてをIOC委員の皆さまに伝えられるよう、全力を尽くしたいと思う」
──今日のリハーサルの手ごたえは?
磯村市長 時間が少なかったので流れをチェックする程度で終わってしまった。しかしうまくいったと思う。
──明日のプレゼンテ―ションは最初になる。誰がやるのか
磯村市長 この(揃いのベージュの)ブレザーを着ている人たちと、もう少しいる。大阪がもう準備ができていることを強くアピールしたい。
──市長は先ほどの挨拶で、(IOCの評価レポートが非常に低かったことについて)十分にアピールできなかった、評価委員会は非常にポジティブな評価をしたと言ったが、もう少し具体的に説明をして欲しい。
磯村市長 優れた最高の施設を持っていること、国際経験を持っていること、十分な施設を持っている“エクセレント”という評価をもらっていると評価委員会のレポートには書いてあった。しかし(マイナスの評価として)交通はどうだったのか、ほかの施設を作る場合の周囲の地域開発計画では金額が大きくなり過ぎる、という疑問点があった。これには誤解があって、地域開発は大阪市だけではなく、ほかの地方自治体、国などが負担して大阪は全体の12%の負担に過ぎない。大阪は何の無理もしていないのに、それが誤解を生んだのかと思う。
──遠山文部科学省大臣へ。大阪については省庁の協力が万全ではないとIOCに指摘されている。これをどう思うか
遠山大臣 政府は最大限の協力をすると約束している。大阪に決定すれば最大限国として支援すると小泉首相も話している。
──明日のプレゼンテーションでは人権問題をどう解釈されますか。
磯村市長 人権問題というのは非常に難しい。意識している場合もあるし、無意識のうちにそうなっている場合もあるだろう。ただ、日本は国連の人権問題10年プログラムにも参加し、積極的に真面目に取り組んでいる。
──プレゼンテーターの小谷さん(実可子)は選手として何をアピールしたいでしょうか
小谷 私がアピールしたいのは、アスリートの代表として選手村、選手の環境作りについてをお話し、すべてのアスリートの思いを背負って気持ちを出したい。
──市長はほかの候補4都市と同じ争いだと話していたが、こちらに来てどういう手ごたえか。またワールドトレーニングセンターは招致の可否にかかわらず建築するのか。
磯村市長 (集票の手ごたえについては)具体的な動きは一切見えてこないというのが本当のところ。各委員ともどこに投票するか決心している理事はいない、横一線に並んでいるとしか思えない。2008年の大阪が決定すれば、ワールドトレーニングセンターを早く立ち上げて行きたいと思う。オリンピック招致のいかんを問わず、このセンターは作りたい。ただし時期はずれると思う。
──新しいIOCルールが適用されるようになってそれは大阪にとってメリットがあったか、デメリットが大きかったか。
磯村市長 私たちは知名度が足りなかった。IOCの有権者にもっとこれを見てもらえれば、もっと高い評価を得られたのではないかと思う。IOCのメンバーの中で、大阪を知っている方は少なかったし、もっと知って欲しかった。しかしルール自体は問題がないだろう。
この日行われた記者会見は、あすに控えたプレゼンテーションの順番とまったく同じでもあり、しかも持ち時間もほぼ等しい会見といっても、内外から数百人を超える記者が集まって開催候補都市の「査定」や会長選挙の行方を占うわけだから、会見の影響力は計り知れない。各都市の特徴や、スポーツの背景にある歴史や文化といったものをこれほどわかり易くコンパクトにまとめた「イベント」を見ることはそうないはずで、文字でしかレポートできないのが多少残念だ。
「会見とあすのプレゼンテーションはセットとして考えている」
中国の招致委員会関係者はそう話していたが、大阪、パリ、トロント、北京、イスタンブールと合計で4時間、日本語、フランス語に英語、中国語にトルコ語が飛び交い、45分の持ち時間の度に舞台が様変わりした。招致のイメージカラーと、看板となるような人物の顔、施設も含めたコンセプトの3つが、招致を決めるポイントである。
トップバッターの大阪は、壇上に磯村市長を擁して、小谷実可子元銅メダリストらを並べて会見に挑んだ。事前に配布されたリリースには、「堅固なオリンピック」をスローガンに掲げたものの、これを英語にすると「OSAKA'S BID(招致) IS ROCK SOLID!」となる。これを見た世界的な通信社の記者から「どういう意味だ」と聞かれたが、確かに説明はし難いものがある。
全員が日本語で話すためのもどかしさもあった。ヘッドセットでの同時通訳がうまく行かず、また市長に対する「あすのプレゼンテーションでは、誰が重要な役割を担う(メインとなるべきスピーカーはという意味)のでしょうか」という質問が、うまく和訳されなかったのだろう。市長が「このブレザー(お揃いのベージュの)を着ている人がプレゼンテーターです」と、ちんぷんかんぷんな返答になってしまい、記者たちが首をすくめるシーンもあった。結局、外国記者からの質問は2点だけで終わり、会見終了後には拍手も起きることなく全員が壇上を降りる、いかにも日本人らしい「謙虚な」会見だった。
続くパリは「すでに施設も完成している。コンセプトは成熟」と謳い、壇上には黄色を差し色として紺、水色のカラーとロゴをテーブルの全面に押し出す配置でスタート。視察の段階では非常に高い評価を受けたが、パリそのものの熱意がいまひとつではないか、アテネの次も欧州でというのはいかがか、といった後天的理由によって後退しているとも言われている。
トロントは、キャンペーン中から「選手による、選手のための、選手オリンピック」を全面に打ち出し、現役選手、引退した選手など、国内のオリンピアンを総動員するユニークな戦略を展開してきた。この日も真っ赤な、しかも「ジャージ」をユニホ−ムとして、パラリンピックのメダリストなど20人の選手が会見の応援をし、壇上にも選手が4人、上がって質問に答えた。
トロントは、最後に来て評価を急上昇させている。背景には従来、サマランチ会長をはじめ、キャスティングボードを握っていたIOCメンバーに対して、旧体制の交代により、選手会や、現場の指導者たちの声が大きくなっている図式があり、さらには、サマランチ会長の郷愁とも遺言とも評される北京決定がクローズアップされればされるほど、選手本位を全面に出したトロントの存在が浮き上がる結果になったと分析できる。
「北京対トロントは、サマランチ対新勢力の代理戦争」と評論した欧州のメディアもある。会見が終わると、拍手のなかった大阪、パラパラのパリ、の後のせいか、盛大な拍手が沸き、選手たちが記念撮影を取る様子は、まるで五輪そのものだった。
さて、数百人収容可能な会場が満員になったのは北京の登場と同時だっただろう。
壇上に上がった瞬間から、エンジ色のブレザーを着た彼らは記念撮影をし、鳴り止まない拍手に迎えられた。拍手が多いのは当たり前で、メディア関係者すべてが拍手しているのだから、会見そのものへの気合の入れ方が違う。
圧巻なのは、全員が英語での質疑応答を完璧なまでにこなしてしまったこと、ユーモアやジョークを交えて、難問が山積みの招致への批判の矛先を変えていったこと、そしてあふれる自信をアピールしたこと。
「さて質問を、相当厳しいものも来ると思いますが、お受けします。ただし、2つお願いがあるのです。ひとつは、社名と名前を、もうひとつは、私たちはネイティブスピーカーではないので、ゆっくり話してください、意味がわからなくなってしまいますから」とやってまずは爆笑。いきなり人権問題の質問が出ると「非常に重い質問をいきなりありがとうございます」と、またも笑いに包み込む。北京は招致と今回の総会のために、米国のエージェント2社と契約したという。ひとつはプロモーション、もうひとつはこうした会見やプレゼンテーションといった場での戦略会社で、取材していた席の前には関係者がおり、壇上に向かって、「誰々に(おそらく有名な記者や影響力のある欧米の記者を指していた、あるいはサクラに)質問させろ」と次々に指令を出しており、その的確さに驚いた。
会見の中で流れたビデオは洗練され、すばらしい完成度だった。しかし、故宮が空からクローズアップされながら、「天安門」を一度も映さないあたりはさすがというべきか。むざむざミスは犯さない、駆け引きがある。
ラストバッターのイスタンブールは、北京目当ての記者がどっと引いてしまって気の毒なほどだったが、それでも存在感はアピールしたようだ。評価は大阪と並んで低いとされていたが、施設の進行状況と選手のイメージを合わせた印象的なビデオを作成し、それだけで大きな拍手を浴びていた。
「私たちスウェーデンはかつて招致活動で一度も勝っていません。あなた方はあすが初めての敗北になった場合、さらに活動を続けますか」と聞かれ、招致委員長が「きょうはあすのプレゼンテーションのことで頭が一杯だ。あすまた聞いてくれないか」と話して、これもユーモア満点の答えに会場にほっとした雰囲気が流れた。
招致活動の多くは、スポーツと同じである。知恵と体力の限りを尽くして、自らの強さをアピールする。大阪のベージュのカラー、そして堅固な五輪というコンセプトなどがどう評価されるのかはあすのプレゼンテーション後にはっきりする。いまさらという声もあるが、五輪の投票だけは票が読めない。プレゼンテーションがうまくて招致に成功することはなくても、失敗して招致に成功することは絶対にない。
これまで日本が五輪招致に出た歴史では、東京が1度目は敗れて2度目に勝利し1勝1敗。冬季五輪の札幌も1度目は敗れ2度目で当選、さらに84年の冬季に再立候補して破れている(このときはサラエボが勝った)ため、1勝2敗。また、名古屋が敗れ、長野が勝っているため、通算成績は3勝4敗になるはずだ。
もし招致に失敗しても、5都市のうち勝てるのはただひとつだということを思えばいいのではないか。第一、こうした投票制度自体、五輪スキャンダルからの脱出を急いだIOCの付け焼刃的措置で果たしてベストチョイスか疑問が残る。変わらなければならないのは、開催都市や決定方法ではなくて、IOCという組織の根本であるからだ。
かつて名古屋が敗れたときには、知事が後に責任を迫られ自殺したことがある。最悪の結果となったケースではあるが、五輪招致はこうした類の行為ではなく、これもまた大きな国際舞台を踏む、ひとつのステップである。
事実、北京は10年にわたってこの活動を続けており、現IOC委員が開催地の訪問を禁止される以前からの流れで、今回投票権を持った理事の50%がすでに一度は北京を訪問していることに自信を持っている。人権問題、薬物問題、国内的な民族紛争と多くの問題を抱えながらの10年は、まさにステップを踏みながらの驚異的な粘りとも表現できる。
12日夜、大阪のための激励会が現地の日本人学校の生徒や関係者によって行われた。現実的に正確な票読みがいまだ万全ではないことを除けば、すべての行事と準備がほぼ無事に終了したといえよう。スポーツと同じで、知恵と体力の限りを尽くして自分たちのアピールをすればいいのであって、慢心することも、卑屈になることもない。それが、招致を望む人たち、あるいは反対派の人々をも説得する「結果」につながるはずだ。
プレゼンテーションは午前9時30分、大阪から始まり、休憩、パリ、トロント、休憩、北京、イスタンブールと続く。最初の15分間の休憩、北京の前の1時間休憩は、おそらく重要な「作戦タイム」になる。午後5時45分、日本時間の10時45分から結果が発表される。
◆大阪のプレゼンの概要:
登壇者は6人までとされている。日本は磯村市長のほか、八木JOC会長、竹田恒和氏(53歳=日本オリンピック委員会常任理事、馬術連盟会長でミュンヘン、モントリオール馬術代表)、小谷実可子氏、中学3年のバイオリニストの梁美沙さんが予定されている。この日のリハーサルを見た関係者は「非常によかった。訴えるものがある」などと話していた。どこの都市も、いわば「隠し球」を持っている。パリには、この日の囲みの会見で「あすはジダンが来ますか」などと真顔で質問する記者もいるほどだった。