12月10日

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全日本実業団女子駅伝
(岐阜・長良川競技場発着6区間42.195キロ)

 今年の女子陸上界の公式戦を締めくくるレースは、圧倒的優勝候補と前評判のもっとも高かった三井海上が、一区の坂下奈穂美からトップを走り続け2時間16分13秒と2位を約50秒離す完勝で、20回目の今大会で初優勝を果たした。三井海上は、1区坂下奈穂美が区間賞で先陣を切り、3区(10キロ)の渋井陽子、5区(11.6キロ)の土佐礼子とマラソンでも新世代をリードする2人が最長区間で区間賞と安定した力を存分に発揮。残り3区間でも取りこぼしがまったくないまま、来年から三井住友と社名変更される前に、最後の優勝をものにした。
 2位は、スズキで2時間17分02秒、昨年覇者の沖電気宮崎は、五輪一万メートル代表の川上優子が3区に出場したが2時間17分10秒で3位、高橋尚子が欠場した積水化学はアンカーに鈴木博美を置き2時間17分58秒と健闘した。また、女子マラソンで7位となった山口衛里(天満屋)は最長区間の5区に登場し、38分18秒で7位、13位でもらったタスキを繰り上げた。五輪出場組ではほかに弘山晴美(資生堂)が3区32分47秒で区間8位だった。
 なお、優勝した三井海上からは、土佐が2度目の2時間24分台をマークして2位となった東京国際女子マラソンで2001年世界陸上(エドモントン)マラソン代表(最大5人まで)に内定。渋井も来年の大阪国際で同代表に挑戦する。

    区間賞
    1区(6・6キロ)=20分40秒
    坂下奈穂美(三井海上)
    2区(3.3キロ)=10分24秒
    伏見圭代(第一生命)、
    那須川瑞穂(積水化学)
    3区(10キロ)=32分03
    渋井陽子(三井海上)
    4区(4.1キロ)=13分06
    渡辺芳子(積水化学)
    5区(11.6キロ)=37分25
    小鳥田貴子(デオデオ)
    6区(6.596キロ)=21分04
    川嶋真貴子(東海銀行)


「マラソンが先に、ありき」

 実業団女子駅伝がスタートして20年の年月は、実のところ、そのまま女子長距離界の成長ぶりを示しているといって過言ではない。そして、20世紀最後の五輪となったシドニーで女子陸上初の金メダルを獲得したことは、そのシンボルといってもいい。
 この日、初優勝を果たした三井海上の鈴木監督は言う。
「駅伝は、選手のタイムを揃えればそれなりの結果が出るので、選手にとって最終目標にはならない。私は彼女たちにマラソンで勝負できるようなランナーになって欲しいと思ってます。ですからきょうは非常に大きな期待にこたえられてうれしいと同時に、彼女たちのこれからのレースに対しても大きな期待を持てるものになりました」
 レース前にはあまりにも高い前評判に「胃が痛くって、酒でも飲まなきゃ」とジョークとも取れないような苦笑いをしていたが、これだけの評判通り、あるいはそれ以上の結果で優勝を果たした背景には、彼女たちが全日本女子駅伝だけを頂点とはしていない発想と実際のトレーニングがあり、こうした強さを持てるチームが誕生してきた歴史に、高橋や弘山、山口といったランナーが世界と伍している理由がある。
 新しさ、が潜むとすればこの日、最長区間の3、5区でチームを牽引した東京国際で2時間24分をマークして2位となった土佐と、来年1月の大阪で初マラソンの日本最高(2時間26分26秒=92年小鴨由水)を狙う20歳の渋井陽子の強さである。
 渋井は「優勝は本当にうれしいです。ただ、自分としてはマラソン練習の途中なのでどれくらいの練習をできているか、という判断基準にはなります。あくまでも練習の一環でしたから」と言う。土佐も、東日本実業団に出場した2週間後に東京を走っており、こうしたタフさも三井海上の持ち味だ。
 練習量も豊富で、マラソン練習では月間1000キロもいとわない。監督は、「マラソンの虫」(土佐)というほど、寝ても醒めてもマラソンの話しかしないと選手たちは笑っている。
 ほかの実業団がこぞって米国では環境抜群と言われているボルダーに行く中、三井は中国の昆明(標高1900メートル)で高地練習を積む。
「食事も任せるので油っぽくて、水も全然違う。おなかを壊さないことはない」と土佐は首をすくめるが、女子長距離界にとっての新星とも言える、逞しさ、力強さを持った渋井は「最初はもうどうなるかと、泣いていました。高地が苦しいのと環境がもの凄く過酷で。でも過酷な分、自分をとことん追い込めますからいいんです」と、メンタル面も前傾で走り続ける筋力ほどに力強い。
 監督のやり方も、マンツーマン指導のマラソンとは多少違う。例えば現在日本歴代4位の土佐と、渋井がともに練習を行う。監督によればもちろん性格面で相性はあるが、従来は力の拮抗した2人だけで高地に入ることなどはあまりない。この日の会見でもズラリと選手が並んだ左端で監督が、今後の練習について聞かれて答えていると、それを選手が右にどんどん伝達しながら、「マジ?」「監督、ちょっとその気になってないか?」「え、聞いてないよ」などとそれぞれが口にしながら笑い出す。こうしたおおらかさも、優勝をもぎ取ったチームと個々のランナーの魅力である。
 大阪で初マラソンに挑む渋井の結果次第で、土佐と2人が代表に内定する可能性もあり、さらには、高橋、山口、弘山といった世界のリーダーに続く予備軍に、才能あふれるランナーが揃うことにもなる。
 シドニーで金メダルを獲得した女子陸上界が、さらに激しい地殻変動を繰り返していることが実感されるレースでもあった。

「とにかく走れた」

 最終区間で、昨年の東京国際以来実に1年2か月ぶりに公式戦に復帰を果たした鈴木博美(積水化学)は、数台のカメラに囲まれる、かつての練習パートナー、高橋尚子から少し距離を置いて喜びをかみしめていた。
「とりあえず走れました。全然よくはありませんでしたが、それでも何とか最後まで走れたことがうれしい。なんだかもう緊張もしないくらい緊張をしていたということでしょうか。走っているイメージが全然湧かないんですよ、自分に」
 苦笑いするが、苦しく長かったトンネルを抜けてここまでたどりついた実感と、21分30秒(6区、6.595キロ)で踏み越えたゴールラインには重みがあったはずだ。
 東京でマメを作って代表を逃がしてからは、走ることができず引退を考えたこともあった。しかし、「ランナー鈴木博美を応援してくれる方たちにあと一度は答えなくては」と、再スタートを切った。練習は、若いメンバーの半分程度しかこなせない状況ではあったが、それでも、少しずつ前に歩みを進めてきた。
 31歳。同期の真木和(引退し現在グローバリーコーチ)、またトラックランナーとしてライバルでもあり、親友でもある弘山晴美(資生堂)らとともに30代のランナーとしてまだまだ期待できる。
「まずは1月の京都での都道府県駅伝でがんばりたい。それから3月までは考える時間もあるので、じっくりと考えて答えを出したいと思います。監督とどうなるかなども考えたいですし」と話す。市立船橋時代から天才と呼ばれ、小出と最初にコンビを組んだ鈴木が出す答えは、しかし本人のみのものでは決してなく、31歳のトップランナーに続く女子ランナーたちにとっても極めて重い意味を持っているはずだ。

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