6月5日
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ハッサン2世杯
大会2日目
4日の初戦で98年フランスW杯チャンピオンのフランスと対戦し、2−2と引き分けた(PK戦の2−4で敗戦)日本代表は、一夜明けた5日午前、試合が行われたカサブランカから100キロほどの所にある宿舎・ラバトで軽いランニングなどを行なった。
あす6日には、モロッコと対戦して0−1で敗れたジャマイカと98年6月、フランスW杯の予選3戦目(1−3で敗戦)で対戦して以来のゲームを行なう。
また、5日深夜には協会の強化推進本部・釜本邦茂部長がカサブランカに到着。6日のゲームを観戦する。
「いきなりバーンと平手打ちを」
先制点を挙げた森島寛晃(C大阪)は、「もう足がつってしまって、最後はヘロヘロでした。最後までやらねば、という気持ちでした。そう、最後まできちんと試合をやるっていうのは、ホント、難しいことですわ」と、どこかぎこちない歩き方をしながら苦笑していた。
しかし、コメントの端々にほんの1週間前に味わった「惨め」な思いを何とかしなければという強い決意がにじんでいた。
試合開始直後、森島は相手陣営のペナルティエリア内でうずくまっていた。オフボールの場所ではあったが、最初の攻撃でフランスのDFデザイーからいきなり顔に平手打ちを食らわされたのだという。身長差は実に30センチ近く。彼の脇の下にすっぽり納まるような形で、周囲をうろうろしている森島にまずは強烈な先制パンチを与え、肉体的かつ精神的なプレッシャーを与えておこうという常套手段だったろう。
「咄嗟に目の端で線審を確認したんですが、全然こちらを見てなかった。目の前がチカチカしましたし、倒れてみましたがカードは出ませんでしたね。その後、デザイーは今度はものすごい形相と怒鳴り声でこちらに何かを怒るんですよ。でも言葉分かりませんしねえ、なんかわからんけど、エライすみません、って言って置きましたけどね。言葉わからんで良かった、と初めて思いましたよ」
まるでお笑いのようになってしまうが、開始直後の「序章」として重要な駆け引きを持っていたやりとりだった。
日本の攻撃陣が積極的に動き続けた背景には、前線でフィジカルの違いにもひるむことなく果敢に当たっていった森島、西澤明訓(C大阪)の勇気があった。
同時に自分たちの思いに振り回されることなく冷静に、技術的な「代表バージョン」をやりぬいた点が何より評価される。
森島にとって、無念さを晴らしたいという思いは、何も第1ステージで辛酸をなめさせられたフロンターレ戦に限った話ではなかったはずだ。
98年W杯が終了したとき、こんな話をしていた。
「クロアチア戦で自分が試合に出ても何も変えることができなかった。個人としてチームに貢献できないという現実を味わったことが、すごく情けない」と。そして、予選を終了して日本に戻って来てから、ほとんどの選手が決勝トーナメントに入ったゲームを見ない中、森島は試合をあえて見たとも言った。
その中で彼の口から出たのは、この日も目前にいた「ジダン」の名前だった。
「自分と歳が同じなんですよね、ああ見えて。技術的にも何でもできるし、同じだけやっててどうして違うんかな、もっともっと上を目指さないと」と話していた。
今回のフランス戦終了後、その話を覚えているかと聞いた。
「ええもちろん、きょうはこっちが足元でチョロチョロやってボールを取ってくるくらいでしたけどね。うまい、上手すぎる、感想はそれが精一杯ですよ」
しかし、そういう選手のいるチームと互角に渡り合ったゲームに、森島は貢献した。フロンターレ戦以前に、まずはフランスの借りを大舞台で少しは返したのではないか。
西澤は2点目を上げたとき、大きな声を出していた。
逆転で優勝が逃げていった1週間前、C大阪の息の根を止めるシュートと、サイドこそ反対だがまるで同じような形で決まったゴールはまさに因縁ともいえるものだった。
西澤は試合後、ロッカーで森島に言った。
「2点目、あの(フロンターレのVゴールとなった浦田の)シュートと同じでしたね。一瞬思い出しましたよ、入れてやるって」
左サイドの三浦淳宏(横浜)からのピンポイントのクロスに逆サイドから走り込んでそのままシュート。サッカーの神様もなかなかやるものだ。
もちろん1試合の出来くらいで無念さや惨めさが晴れるわけはない。後半ラスト15分、西澤はワンプレーごとにヒザに手を置き、肩で息をしていた。課題を、本人がもっとも理解したことも収穫だろう。
しかし「惨めな思い」というのを簡単に吹っ切らず、引きずる、いい選手にとっては重要なタレントでもあるが、そういう高度な執着心を森島、西澤は十分に示したのだと思う。
もうひとつ。2人が「絶対に満足しない」という重要なタレントを持っているのかどうか、さらに上にいけるのかどうか、それは次の試合から試されるはずだ。
「カマモトという人間がどこにいるのか」
トルシエ監督もよほど感激し昂揚していたのだろう。試合終了直後には真っ赤な顔をしたままモロッコのロッカーに行き、教え子、そうでない選手も片っ端からホホにキスをするこちらの挨拶でジャマイカ戦に送り出すシーンもあった。
会見での口もいつにも増して滑らかで、ついに「(宿敵の?)カマモトという人間が私のレポートを書いて日本に送ることは知っているが、彼が今どこにいるのかも知らないし、何をしていようが関係ない」と、個人名をあげての逆襲を宣言。同時に、暗に「レポートを書いて評価すると言うのに、その本人が来ないようならそんなシステムは辞めてもらいたい」という意志表示をするものだった。
フラット3、起用メンバーとも変った点は一切なかった。監督にとって15試合目となったこの日のAマッチで唯一これまでと違う点があったとするなら、「テスト」と「決断力」だった。
決断力、を見せたのは第一に森島、西澤をトップで「初めて」起用した点。「2人がC大阪でいいからというのではなくて、代表でいい融合をすると思ったから」と説明していたが、わざわざスペインから呼んだ城ではなく、2人を投入することは、選手間でもちょっとした驚きがあったようだ。
独自の戦術的な見解から行なう選手コンバートの成功例はあるが、初めての2トップを大舞台で起用するような思い切った「采配」を、これまで2年に渡るA代表のキャリアの中で監督は成功させて来ていない。
また、過去一度だけ左アウトサイドでは起用したものの、「左右、どちらがいいか」などと聞いてから起用していた三浦淳宏の起用もこれまでと明らかに違った。
後半、中村に変えて「左に」入れたことは、監督の決断とテストの終了を意味した起用だったのではないか。
この日はベンチがバックスタンド側に置かれたため、記者席から両チームのベンチワークが丸見えとなる興味深いシーンが連続した。
片や1週間後に欧州選手権を控え、片方は遠征での親善試合、またタレント、チーム作り、すべての違いはあるが、日ごろなかなかすべてを見ることのできないベンチワーク丸見えは、どちらがいい、悪いという論議ではなく興味深いものがある。
フランスのルメール監督は試合中ベンチの中には入らず、外で立ったまま。前半終了と同時にデシャンを替え、故障から復帰したジョルカエフを投入、さらにはアネルカも入れた。試合の中での決断タイミングと指示が非常に早い。アップをするのは、交代を監督が告げた選手だけ。後半は交代した選手の動きで2点を奪うなど、親善試合を差し引いても「はまった」形だった。
一方、トルシエ監督はベンチでは座ったままほとんど動かない。こちらは交代選手の指示の前に全員がアップする形を取る。後半、疲労が見えた選手がいたが交代は中村と三浦、ロスタイムでの西澤と柳沢敦(鹿島)の2度だけ。こちらも三浦のセンタリングで2点目を奪うなど「はまった」といえよう。
前日の監督会議でわざわざ「交代6人」の特別ルールを決めたのに、もったいなかったのでは、という質問もしたがトルシエ監督は「替えればいいというのではない。三浦の投入こそポジティブな交代である」と胸を張っていた。
「これまでも攻撃の形はきちんと作れていたし、後ろから見ていても結果が出るのは時間の問題と思っていましたから。決定力不足、得点できないといった批判もみなさんが言うほど選手は気にしてなかったし、問題点という捉え方ではなかった。2点取ってくれたことはうれしいですが、冷静に見て普通のことですね」
GK楢崎正剛(名古屋)はこんな話をしていたが、形もやり方もある程度完成に近づいているという手ごたえが選手にあったとするならば、あとは監督の決断力が最後の色付けだったのかもしれない。
親善試合で去就が決められることなどまったく常識外れだが、残り4試合を見て判断するとした協会にとっては1試合で答えを出さざるを得ない結果を監督は示した。
強化推進本部は釜本本部長の到着で、木之本副部長以外全員がカサブランカに集合することになる。
「私が説明するまでもないが」
試合後フランス代表の主将・デシャンの話に出て来たコメントである。中田英寿(ASローマ)について、聞いた話である。
中田自身は「ちょっと身体を休めすぎちゃったね、重かったです。最初のヘディング? あれはFWとしては(笑い)入れなくちゃね」と苦笑いしていたが、確かに動きの「冴え」があったわけではない。しかし、それゆえに「レベルの高さ」を見せつけた逆説的な面もあった。
フランスが前半当初はかなりの余裕を持って(なめて?)試合を運んでいたために、日本の先制点で試合が動き出してからは守備の荒さが目立った。手でつかんでから出る、あるいは守備を組織的にしていないために逆サイドがガラ開きになっているシーンも連続した。
「もっともっと自分に自信を持つことだと思う。自信を持てば余裕ができるし、回りがちゃんと見える。そうすると、ああやって逆サイドにボールを振ればチャンスが作れることがわかる」
試合後はさり気なくそう話していたが、どんな試合をも「普通に」こなすことへの、それこそ揺るぎない自信と向上心を表現しているコメントではないか。
デシャンは「欧州においてナカタの力を私が説明する必要などまったく無いが(すでに周知のことという意味)」とした上で「確かにきょうは、我がチームのジダンと同様決していい出来とは思っていないだろう。しかし重要なことはそういう試合でも、ジダンやナカタを相手の守備は放ったらかしにはできない、そういうプレーを彼らのような選手は90分続けるということだ。調子の悪い日がないという選手などいないわけで、いい選手は悪いときは悪いなりに相手に脅威を与えるものだ」と話していた。
フランスW杯が終わったとき、選手はみな「差があるとすれば、大きなものではなくて小さくて目に見えないようなものかもしれない。だけどその小さいことの差が大きい」と実感のこもった表現を使っていた。
悪いときは悪いなりに……、中田のプレーを見ていると、あのとき選手が目に見えない小さな、しかし大きな差といっていたのは、こういうことだったのか、と思う。
レベルが上がる、とは、良い状態での上限ではなく、悪いときこそ克服しなければならない下限のラインが高く設定されてくる状態を指すのだと、中田という一人の強靭なアスリートが示しているように思う。
モロッコ6日午前0時(日本時間午前9時)、 日本サッカー協会強化推進本部・釜本本部長が5日深夜、パリ経由でカサブランカ入りした。ホテルに到着した本部長は、記者からの質問にも終始無言で、フランス戦については「よかったんじゃないですか」とだけコメント。カサブランカでの滞在は32時間ほどで、7日早朝には経つことになっている。本部長はフランス戦はテレビで観戦しており、現地に集まっている強化推進本部員の報告を受ける。
なお、ジャマイカ戦は、現地のテレビ中継の関係で試合時間が5分繰り上がり、現地17時25分(日本時間午前2時25分)キックオフとなった。
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