2月13日


2000東京国際マラソン
国立競技場発着、スタート:12時10分
天候:晴れ、気温:10.4度、湿度:39%(スタート時)

順位表
順位 名前 所属 記録
J. コスゲイ ケニア 2:07:15
李 鳳柱 韓国 2:07:20
A. フズダド スペイン 2:08:08
犬伏孝行 大塚製薬 2:08:16
白 承道 韓国 2:08:49
三木 弘 旭化成 2:09:30
S. モネゲッティ オーストラリア 2:10:00
清水康次 NTT西日本 2:10:41
大沢陽祐 本田技研工業 2:13:21
10 桑本 聡 積水化学 2:15:12
 男子の国内選考レースとしては2戦目となり、昨年、ベルリンマラソンで2時間6分57秒の日本最高をマークした犬伏孝行(大塚製薬)、昨年の東京で日本国内記録としては最高の2時間8分5秒をマークした三木弘(旭化成)ら代表の有力候補が勢ぞろいした2000年の東京国際マラソン。その中で犬伏は4位ながら2時間8分16秒と日本選手トップでゴールし、シドニー五輪代表の座をほぼ手中にした。
 レースは序盤から5キロを15分3秒から入り、終始安定したペースで、有力選手を全員含んで20人が中間点近くまで走るデッドヒートとなった。レースが動いたのは、中間点を過ぎてから。前半のハイペースと若干の下り坂で選手の足には疲労が見え、品川駅前までの坂道で一般参加選手たち全員が落ちてここで10人。さらに30キロを過ぎると、候補の一角だった三木が脱落。三木は1キロ粘って先頭集団に食いついたものの、35キロ手前で、やはり候補だった小島忠幸(旭化成)とともに脱落してしまった。
 ここから犬伏と、外国選手4人の戦いとなり、犬伏は35キロ過ぎ、係員が給水ボトルを渡そうとした時にすれ違い、スペシャルを取り逃すハプニングに合う。ここでゼネラル(一般が取る水など)での水を取ったが、そこから右脇腹に激しい腹痛を起こして、先頭3人から遅れてしまった。
 先頭は、マラソン4戦4勝のコスゲイ(ケニア)と、李鳳柱(韓国)、フズダド(スペイン)の3人。そこから数10メートルで犬伏が追う格好となる。結局順位はそのままだったが、犬伏は急な「差込み(腹痛)」にも慌てず、3位の選手を目標に走り切ってゴール。日本最高記録保持者の実力を堂々と見せ、ベルリン、東京と2試合で好記録をマークで五輪代表を確実なものとした。日本人2位となったのは、粘った三木で2時間9分30秒だった。

犬伏一問一答(会見、囲みから抜粋)
──今の気持ちは
犬伏 きつかった(涙ぐんで)とにかくホッとした気持ちが強いです。日本最高を出した時よりもうれしいです。今回は、かなりきついところでも、トレーニングから自分を追い込みましたので。
──給水に失敗したようですが
犬伏 スペインのフズダドがぼくのボトルを倒してしまって、自分が取れなくなった。それでゼネラルを飲んだのですが、急に差し込みが来て……。足にはもう20キロくらいから(疲労が)来てましたので……。給水を楽しみにしている部分もありましたので、取れなくてちょっと残念だった。けれども、集中が切れないようにだけ、3位のフズダド選手を目標に切り替えていった。後ろは全然気にしなかった。
──レース中はどんな心境でしたか
犬伏 精神的には余裕があった。さすがに今朝はこみ上げてくるものもありましたが、それでも前の晩は10時に寝られましたし、ああ、それでも午前3時には目が覚めてしまい、30分、1時間おきに目覚めていましたね。レース中には、35キロから人数が減って行きましたが、自分自身は有力選手が全部残っていたので「ここからが勝負」と思っていた。
──きょうはどんなレースを想定してましたか。タイムは考えていましたか
犬伏 いえ、記録はまったく気にしていませんでした。集団の流れにうまく乗って行こうとそれだけを注意していたし、腕時計してはいましたが、一度も見てはいなかった。結果的に2時間8分台の前半で抑えられてうれしいですね。
──これでシドニーが見えたという感じは
犬伏 勝負ということを考えれば、前に3人もいるのであまり良くはないでしょうけれど、8分で日本人トップでゴールできたのは満足です。これで(代表は)やった、と思って(ガッツポーズで)ゴールしました。

大塚製薬・河野匡監督「とにかくほっとしました。色々なプレッシャーがあったと思うし、それを練習からも話さないようにしてきた。給水が取れなかったのは残念で、取らしてやりたかったな、と思うけれどもこれもレースの一部。結果がすべての種目だから、後になってこうだった、ああだった、と言うことは意味がないので、課題に変えたい。今はご苦労さんと言ってやりたい」

日本陸連・桜井孝次強化推進部長「犬伏は自分の力を最大限に発揮して本当によく走ったと思う。終始積極的なレースで評価したい。ただ、犬伏だけが8分というのは物足りない。五輪でメダルをと願う種目でありながら、トップ集団の底力に、さすがに世界は違う、と思い知らされてしまった。選考については、3月の理事会まで動きはありません。琵琶湖(マラソン)を待ちます」

優勝したコスゲイ「私の住んでいる町も、これまで走ったマラソンも、きょうのコースとは違っていて、こんな高いビルディングに囲まれながら走ったのは初めてだった。そのため、風とか日当たりとか、カーブとか色々と分からないことも多く、特に最後の坂道はどこの筋肉を使って走ればいいのかなど、非常に勉強になった。次のレースのことは何ともいえないが、是非勝ちたい」
※コスゲイはこれで5戦5勝と負け知らず。ケニアの長距離選手のためにスポーツメーカーの「FILA」が資金援助を行っている陸上養成学校で育成された。98年のトリノマラソンから昨年のロッテルダムでは2時間7分9秒をマークしている。32歳と大器晩成型。

「それ、ちょうだい」

 レースを分け、犬伏を8分台での4位と、選考当確のラインに保ったひとつのポイントは、給水にあった。
 犬伏は日本最高を持つトップランナーであると同時に、大塚製薬に勤務する真面目なサラリーマンでもあるから、飲んでいたスペシャルドリンクは、もちろん「自社製品の」エネルゲンである。体脂肪を効率よく燃焼させるというドリンクを薄めて、すべてのポイントに置いた。しかし、今回は選手専用のボトルが使えず、すべて大会本部が用意したボトルに入れなくてはならないルールに変更されており、選手はみな「普段とはかなり勝手の違う」ボトルを扱うことになったわけだ。

 犬伏は、まず25キロ過ぎ、八ツ山橋の坂を超える難しい地点での給水に失敗。この時には、沿道に一番近いところでスペシャルを取った清水が(8位)が、取れなかった右隣の三木に自分のものを飲ませてやり、さらにその右にいた犬伏は三木に「それ、ちょうだい」と言って譲り受け、わずかだけ口にすると、清水に返した。
 35キロでは、「楽しみにしていただけにがっかりしました」という給水で、前を行く選手が同じ末尾「1」番のぜんっけんだったためにテーブルが同じで並んでしまい、自分のを倒されてしまった。急きょ普通の水で対応はしたが、結局、その冷たさやある意味での「パニック」で、急な腹痛に襲われることになってしまった。 普段、あまり失敗することはなく、本人のミスではないが2度も取れなかった点は、犬伏も表彰式後「まだまだというテクニックですかね。課題になると思いました」と、口にしていた。

 バルセロナ五輪では転倒してしまった谷口浩美(旭化成)はレース後、こんな解説をしてくれた。
「スペシャルを取るのは、回りが見ているよりも重要です。なぜなら、練習ではもう100%必ずとって40キロ走を走るなどしているわけですから、取れなかったダメージというのを経験することはない。だから、トップランナーでもスペシャルを取るためには、安全に立ち止まる選手だっていますからね。ただし、レース中には色々なハプニングがある。あるから、どんな時でも集中して、状況を想定しないといけない。それが一瞬でも気を抜くと、取れずに慌てるんです」

 犬伏の急な腹痛は、ゼネラルの水を飲んだことではなくて、スペシャルが取れなかったことによる精神的な動揺にも理由があるという。河野監督は「差込の理由? ランナーは本当に繊細です。繊細さは心身すべてに」とレース後、重要なポイントでの給水失敗を残念がっていた。

 しかし、一方でドン底の犬伏を救ったのもまた、スペシャルだった。
 5キロから20キロまで、ボトルの口を少しだけ開いて、エネルゲンをちびちびと、700メートル近くもボトルを持ちながら給水を行った。
「犬伏がきょう偉かったのは、序盤のハイペースの中でも、きちんと水をじっくりを飲み、かけて行ったこと。こういうプレッシャーのかかるレースであれだけ冷静に給水を行ったことが、35キロのどん底を救ったと思う」と、谷口も言う。
 たかが水、されど水──この日のような40%を切る湿度の中では、とにかく「渇き」は尋常ではない。トップ3人の海外招待選手は全員がきっちり水なり、スペシャルなりをとっていたことを考えると、スペシャルにせよ、水にせよ、マラソンにおける給水のテクニックもいかに難しいものか、それが伺えた。

 犬伏はこれでシドニーの座を確定したといっていいだろう。
 これまで何度もマラソンに挑戦しながら常に30キロの壁に跳ね返された。27歳という年齢は日本の男子マラソン界では、遅咲きといえるだろう。
 しかし力と素質は十分にあった。彼のシューズを作成するアシックスの三村仁司は言う。「足がとにかく大きい。それと、ものすごくアーチ(土踏まずの部分)が高い。だからスピードは出る足であり、キック力もすばらしい。その力をうまく練習とかみ合わせることができたんじゃないか」

 確かに170センチで、27.6或いは27.7のサイズは非常に大きい。また、アーチも深いために、キック力は相乗効果でかなりのパワーになる。後半、坂道を過ぎて、本人は「もう足に来てる」と思いながらも、粘ってゴールできるのはこうした「素質」のせいだろう。
 また、メンタル面でも「非常におおらか」と監督が言うほど、細かなことに左右されない、意外な「ず太さ」を持ち合わせている。昨年11月に故障をした。痛めた膝に、レース前のいらいらも募るはずだが、監督が「足はどうだ」と聞くと、「えー、どっちの足を痛めたんでしたか」と真顔で答える。

 ベルリンでの記録を、訝しがる声も国内にはあった。「無名の犬伏が出せるなら、国内で30人くらいは6分台で走れる」というコメントをした幹部もいた。普通ならば、「悔しい、見返してやる」と来るところだが、彼は「ぼくもそう思う」と交わす。「反骨とか、見返すとか、そういう感情は持たない男です。だからここまで来られたのですから」と監督は証言する。
 もちろん、「闘争心」を持たない選手などいるわけはないので、犬伏は、人や状況に左右されない強さを持ち合わせているのだろう。

 初めてのマラソンは95年のびわ湖で2時間25分。現在では女子にさえも勝てない記録だった。そこから5年、実に19分も記録を短縮しながらシドニーにたどりつこうとしていることは、人間の、あるいはスポーツの可能性をもっともポジティブに示しているのではないだろうか。
 もっとも、中学までサッカーの選抜選手になるほどのレベルだった犬伏、子供時代の夢はオリンピックではなくて、「マラドーナみたいなサッカー選手になること」だったらしい。

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