2003年 駄ピドの旅

ふじもり@えりー(ピドニ屋)

 

■駄ピドの旅の締めくくりとして、昨年も同時期に登ったR温泉〜S大池のコースを選んだ。
ここのP. obscurior hakusanaはまだあまり採っていなかったので、少し数を採りたかった。
途中、塩の道に入ってすぐのところにあるホテル糸魚川に隣接する温泉で汗を流し、汚れたストレッチパンツをコインランドリーで洗った。
R温泉への道は糸魚川バスが通るのであるが、1車線の狭いワインディングロードである。
夜間は車も通ることはないが、傾斜がきつく非常に危険な、運転しづらい道である。
R温泉の駐車場に到着したのは22時を回っていた。
ほぼ満車状態だが、幸い1台分だけ空いていた。
ほとんどは土曜日に登って日曜日に降りてくる人だろう。
人の気配は感じられなかった。
缶ビールを飲み干すと一気に眠気が襲ってきた。
明け方寒さで目がさめシュラフを着込む。
朝6時、何組か登山目的の人たちが起きて準備をしている音で眼がさめた。
この時間に登っても虫は採れないので、またもや、のんびりと装備を整え、熱いコーヒーを入れ、朝食を食べて7時に出発した。

 ■天気は良好。楽しい登山になりそうだ・・・。

 ■小さな祠に手を合わせ登山(採集)の無事を祈る。

■最初のポイントは昨年みつけておいた1600m付近にあるやや日陰の斜面である。
登山口からは30分程度でたどり着けるはずだ。
まだ朝早いのでゆっくり登ればいいだろう。
オニシモツケ、ショウマ、シシウド、オオカサモチなどが咲き乱れる絶好のピドニアポイントである。
人通りが途絶えればネットが出せる。
昨年は咲いていたのだが、小屋から少し登ったところにあるノリウツギはまだ咲いていない。
やはり昨年よりは1週間季節の推移が遅れているようだ。
昨年は途中の道沿いのショウマで駄ピドを沢山採ったのだが、今年は花がほとんどない。
すいすいと登ってすぐに第一ポイントにたどり着いてしまった。

 ■オニシモツケ

 ■やや枯れかかったショウマ

 ■あまりピドニアがよりつかないシシウド

■まだ朝早いというのに、P. o. hakusanaがオニシモツケの枯れかかった花の上を歩いている。
今年は思いのほかP. o. hakusanaが多い。
ほとんど最優先種といってもよいだろう。
他にはP. grallatrix, P. oyamae, P. palidicolor, P. insturata, P. takechiiなどがうじゃうじゃいる。
2exsだけP. limbaticollis ohbayashiiが採れた.
手で摘む方法だと数は稼げないが虫の種類を確認しながら選べるのがよい。
何箇所かの花をぐるぐる見回っていると、またすぐに虫が戻ってきているのでよい循環である。
適当にP. o. hakusanaを摘んで、駄ピドも一通り採れたので、前後の人どおりが無くなったのを確認してネットを出し、谷下の暗いところのオニシモツケを掬うと肩が黄色でs紋が太くLp紋と接続している。
やった!大きなsignataの♀が採れた!!
この標高で採れるのか!!
これはうかつに見過ごすわけにはいかないぞ・・・。
幸先がいいなあとホクホク顔でこのポイントを後にする。
20mくらい登ったところには沢があり、その周囲にはミズバショウがある。
もちろんオニシモツケもいくつか咲いていて、ショウマもあったので軽くつまんで上まで登ろうとしたとき、ふとどこかで見た木がある。
そう、コマガタケスグリが1株だけあるではないか。
どれどれ・・・やっぱり居ました。
小型であったが、見慣れたミヤマドウボソです。
でも叩き網を持ってないので手が届くところの1exのみで終了。
やはり群落になっていないと、数は期待できない。

■この先登山道は針葉樹林帯へ向けて高度を上げてく。
途中、Tの庭と名づけられた標高約2000mの岩だらけの斜面があり山を一望できる。
その先が針葉樹とダケカンバの森になる。
第一ポイントから天狗の庭までは湿り気のある日陰の斜面も少しあるのだが、ピドニアは少ない。
むしろ明るい斜面にオニシモツケやショウマがあって、そこにはpalidicolorなどが群れている。
ベニバナイチゴが多数あるが、花は落ち、すでに実がなっている。
ノウゴウイチゴは多少花も残っているが、大部分は枯れているかあるいは結実している。
針葉樹が出てくる1900mを超えてから、天狗の庭までは気をつけてゆっくりと下草を見て歩くのだが、P. signataの姿は一向に見えない。
やはり2000mを超えないといけないのだ。
歩きながら1600m地点で採った巨大なP. signataの♀を思い出していた。
なんであの標高で採れたのだろうか・・・。
毒ビンを取り出してもう一度見てみると・・・P. signataはP. grallatrixに化けていた。
なんということだ、S紋が太く、Lp紋と融合するような黒い黒いP. grallatrixであった。
こんな紋様のP. grallatrixは見たことが無いが、胸のふくらみは間違いなくP. grallatrixのそれであった。
ぬか喜びは禁物である。
さあ、振り出しに戻った。
さて、Tの庭で一服して、ここから2300mのS大池までの間がP. signataのポイントである。

 ■標高があがってきたことを実感する。

■昨年は2♀だが、胸が黒いタイプだった。
今年こそは赤い奴を採る!
特に、途中何度か沢を横切る湿度の高い、やや暗めの登山道はねらい目であるのでゆっくりとなめるようにして下草や笹の葉を見ていく。
直射日光があたる明るい岩場や草原状のところはダケカンバがあっても期待は薄い。
ただ、Tの庭より上でも一箇所オニシモツケの群落があるところがあって、日のあたるところではあるが駄ピドは沢山いるはずである。
ゆっくり観察していると、案外ベニバナイチゴが多い。
ノウゴウイチゴも沢山ある。
残念ながらここもすべて花は終わっているのだが、これらの花が咲くころはもしかしたらP. signataの大運動会が見られるのではないだろうか?
そんな期待を膨らませながら登っていく。

 ■P. signataの採れる針葉樹林のガレ沢

■標高2100mの目をつけていた暗いガレ沢までくると人が座っている。
どうも下山してくる人のなかに具合の悪い人がいてそれを待っているようだ。
花は1本だけ・・・しかし普通ピドニアの来ないモミジカラマツであるが、ふと見やるとなんか黒い足が出てる。

 ■P. signataの居たモミジカラマツ

■あ!と思ったときには御仁の目をはばからず手が出ていた。
思ったとおりP. signataの♂であるが、こんな花にもくるんだ・・・。
昨年は♀しかとって無かったのでこれでペアになる。
待ち人はなかなか来ずに、その御仁も居座ったままである。
居るとわかれば下草をスィープしたいのだが、ネットを出せない。
仕方ないのでひまに任せて登山道の石を起こすとナガゴミムシやチビゴミムシが走り出す。
ピドニアと同じ毒ビンに入れると壊されるので別の毒ビンに入れていく。
なかなかすばしっこくてうまく採れない。
やっと3種3匹を採っただけであった。
周囲を見渡すと冷たい風の吹き抜ける斜面にダケカンバの大木があちらこちらに見受けられるのでやはりこういう環境が亜高山性ピドニアにはよいのだなと再確認する。
P. signataは明るいところだと本にも書いてあるし,先入観があるが、私の少ない経験では、湿度の高い、やや暗めの沢のようなところばかりで採集している。
ウリハダカエデの花は終わったところであるが、枝先を見ると羽虫は群がっているようだ。
もしかしたらと思って丹念に見て回るがピドニアの姿は見えないし、ネットを出すのはちょっとはばかられるのであきらめた。
とりあえず大池まで上りながら枝先、下草、葉を見て回るが一向にピドニアの気配はない。
なぜか登山道の土の上で追いかけっこをしているP. testaceaを見つけたくらいである。
(こんなものがよく見えたなと思うが、見えてしまったのである)
結局、追加を出せずにS大池までたどり着くと・・・人であふれ返っていた。

 ■S大池の雪渓

 ■ハクサンコザクラ

 ■ハクサンイチゲ

 ■ミヤマキンバイ

 

 ■オオミゾホウズキ

 ■タテヤマリンドウ

■コマクサ、ハクサンイチゲ、ミヤマキンバイ、ハクサンコザクラなどが咲き乱れる大地は見ごたえがあった。
軽くお昼を食べ、KR岳のほうへ雪渓の横を登っていくが、雷鳥の姿は見えなかった。
雷鳥の親子を見るにはもうひとつ上のR岳まで登らないとだめだったようである.
とにかく,ガスが濃くてなにも見えやしない。
時間を無駄にしたくないので、雷鳥は諦めていそいそと下山する。
同じ道だけに期待は薄いが、1匹いたのだからどこかにまだsignataが居るはずである。
2250m付近のウリハダカエデの花を見ていたら、ブッシュの奥の葉の上に静止する虫陰が見えた。
見覚えのあるシルエットだったので、手を伸ばしつつ近づくと確信に変わった。
P. signataの♀である。
しかも胸が赤い!
しかし、この先は1匹も追加することなくTの庭まで降りてきてしまった。
午後になっていたので、このまま1600m地点まで下ってP. o. hakusanaを追加しようと一気に高度を下げた。
下山者が増えてきたので、途中、花のあったポイントではのんびり休む振りをして,つまんでは毒ビンに入れ、次のポイントまでは走り降りて、彼らを追い抜きピドニアを採る走るのは時間をかせぐために距離を稼ぐためだ。
そしてまた、30分くらい、のんびり休んだり、写真を撮るふりをして、ピドニアを毒ビンに入れるという繰り返しである。
一様なペースで下る人たちには私の姿は不自然で異様に思えたに違いない。
下りは重力にまかせて、ただし膝をやわらかくつかって、走り降りたほうが楽なのだ。
もちろんこういう下り方は登山としてはイレギュラである。
しかし、北アに登るというのに、しかも下りで、汗だくになり息があがっている人たちはいったい何を考えているのだろう。
今回、明らかに具合が悪くなってパーティのペースを乱したり、荷物を他の人に持ってもらっている人を3人みかけた。
少なくとも2000mを超える山に登るのに、いくらお手軽だからといって、日ごろのトレーニングを何もせず自分の体力との相談もできない人が山に入るのは大問題だ。

■結局、第一ポイントでP. o. hakusanaとP. l. ohbayashiiなどをいくつか追加しただけでいつもの駄ピドはもう採らない。
まだとっていなかったP. himehana種群が採れないかなあと思っていたのだが、じっと花を見ていたらやっぱり居た。
ここのP. himehanaはちょっとややこしい種である.
そういえば,この山塊ではまだP. silvicolaが採れていない。
得られた個体は中途半端なH紋のあるタイプだが、エリトラ上にはほとんど斑紋が認められないため、P. silvicolaには到底見えない。
これも簡単には名前が付けられないhimehana/silvicola種群なのである。
もっとも、現在関東山地で得られるフトエリマキヒメハナは斎藤により全国に産することにされてしまっていて、しかも多様な形質を持つ異なる個体群をも含めてしまっているのでP. himehana(フトエリマキヒメハナカミキリ)ということになるのかもしれない。
いずれにせよ、この種群は今後大々的な整理が必要である。
比較的早い時期のPidoniaであるため、この種群だけを採るためにわざわざ北アまで出向くのは億劫である。
高い標高以外は、個体数が稼げないので、どのくらい種内で紋様に変化があるのかがわからないというのが一つのネックになっている。

■道中、追い抜き、追い越されることを繰り返した6人パーティの人たちと高山植物の話をしながら、結局最後はいっしょになってR温泉まで降りることとなった。
くたびれた体と汗を流すために,できれば温泉につかりたいところであるが,大規模パーティが何組かあったのでR温泉の内風呂は混雑しているだろう。
浴場に響く馬鹿でかい声が外まで聞こえてくる.
どうしようか思案していると、いっしょに降りてきた御仁の一人が、大規模パーティにはウンザリだという話をはじめた。
日本人の悪いくせで、群れると気も声も大きくなるというのだ。
大学の山岳部のOBらしいが、山小屋でもずーっと大声でしゃべりっぱなしで、しかもどうでもいいような自慢話だというのだ。
節度のない老人にはなりたくないということで意見は一致した。
野趣溢れた硫黄臭のする野天風呂は最高であることはわかっているが,登り返すのも面倒なので、とりあえず糸魚川まで我慢することにした。
糸魚川ICに近いホテル糸魚川では隣の日帰り温泉が一般的であるが、実はホテルの中の大浴場も外来者に公開している。
入浴料金はどちらも同じであるが、案外知られていないので海水浴客などが居ない分すいている。
それに源泉に近いのはホテルのお湯であるし、泡風呂はないが、サウナも露天もついているのでホテルのお風呂のほうがお勧めである。
のんびりと湯につかりたいのであるが、あと400km以上高速を走ることを考え、さっと湯を浴びると、ひたすら北陸道を南下して大阪へ。
こうして、2003年の長い、長い駄ピドの旅は終わりを告げたのであった。

■とにかくこれまでどぶに捨てていた有給休暇を使って7日間の南北アルプスを堪能することができた.
登った標高差はかなりのものになっただろう.
たまった脂肪も大分燃焼したに違いない(^^;;
得られた駄ピドの数は尋常ではなく,タッパー一つ分のタトゥの山・・・冷凍庫には未展足のピドニアが山積みである.
この冬の間にすべて展足が終わるか少し心配ではあるが,それでも1000は超えていないのでなんとかなるだろう.
亜高山性の良いピドニアはほんの少ししか取れなかったが,これは駄ピドの旅.
それでいいのだ.
この数年で関西のピドニアはほぼ採集し終わり,理解もできた.
この2年で北アも大部分はカバーできたはずだ.
残るは北関東〜東北,そして難関の南アである.
南アは切り立った地形,アプローチも長く,そもそも南アにいくまでが遠いため,関西からは簡単には出向くことができないのだが,
やはり南アのPidoniaは自分で採り,この目で見ておかねばなるまい.
クワガタに始まった虫屋人生はまだ始まったばかりである.
なにしろ,日本には1万種/亜種近い甲虫が生息しているのである.
一生掛かっても採りきることはできないだろう.
来年は,今年とはまた違った虫が私の目を楽しませてくれること間違い無しである.
これだから,虫屋は止められないのである.

えの(ふじもり@えりー)
ceruchus@mb.neweb.ne.jp


INDEX
BACK