2003年 駄ピドの旅

ふじもり@えりー(ピドニ屋)


■積もり積もった仕事をばたばたと片付け、大事な会議を終えた25日の深夜に北アルプスに向けて出発した。
いつもとはちょっと違う長期の一人旅はワクワクするものがある.
駄ピドニアとは何か?
駄なんていうと怒られるかもしれないが、誰でも花を掬えば採れる普通のヒメハナカミキリのことである。
一方、なかなか採れない亜高山性の真性PidoniaであるPi. signata, Pi. suzukii, Pi. tsukamotoiは私にとっては別格であり、2000m以上の針葉樹林帯まで登れる人にしか採れない希少な虫である。
こういう特別な虫はできれば多数採集したいが、よほど高密度で産する場所に,タイミングをあわせていかない限りそれは難しい.
しかし,駄ピドだって見るべきものは沢山あるのだ。
今回は駄ピドを中心に、運がよければ真性ピドも採れるというように採集旅行のコースを設定した。
そこで、昨年行ったS岳、A湖、そして島々谷〜徳本峠というピドニ屋(親しみを込めてピドニア愛好家のことをこう呼びたい)の聖地とでもいうべき有名産地とは違う、マイナーな産地のピドニアを採集してみようということで、4日間の採集登山と2日間の純粋登山として槍ヶ岳のピークハントという計画を立てた。

■登山をするならば縦走したほうが面白いであろうが、こと虫採りとなるとしんどいけどピストンがよい。
ただでさえ竿をもって登山するのは案外面倒であるし、三点確保しないといけないような場所では邪魔以外の何者でもなく、登山用の重装備が加わればなおさらである。
ピストンならば荷物はその分軽くなるので機動性があがる。
その他の理由としては、ソロの場合、どのみち車まで戻らねばならないという必要性もあるが、温泉に入って汗を流すこともできるし、夜のうちに汗にまみれた服を洗うこともできる。
同じ場所を二度通ることになるが、午前中と午後で違う虫が採れるかもしれないという期待がある。
もちろん、裕福な人は毎晩宿を取って暖かい布団の中で眠ることもできるが、車中泊で私の場合は十分である。
登山で疲れ果てた体に冷たい缶ビールは格好の睡眠導入剤である.

■くわ馬鹿でなぜカミキリムシか?
30過ぎてクワガタにそまり,虫を採りつづけてきた元クワガタ屋のなれの果てとでも思ってもらえればよいだろう.
コルリクワガタの地域変異はいまだに追いつづけているテーマの一つではあるが,もはやクワガタを採るために山へ行くことはない.
私がPidoniaを採るようになったきっかけのひとつは,ASさんのPidonia採集記であった.
予感でしかないが,来年は今年のようにPidoniaを集中して採ることはないかもしれない.
今の私の頭の中は,複雑な種分化を遂げているナガゴミムシPterostichusでいっぱいなのだ.
Pidonia? な〜んだチンケなカミキリやん,今はそう思っているアナタ.
そう,そのアナタは数年後Pidoniaを採っているかもしれないのだ・・・(笑).

 

第一日目(7月26日) 富山県・T山

■昨年行ったA湖より標高をあげて、HトンネルよりT山へ登るルートを選んだ。
こんなマイナーな山でPidoniaを採ろうと思う虫屋はかつていただろうか?
登山ガイドによれば,標高もそこそこあって,高層湿原と針葉樹林帯という組み合わせが面白そうな予感があった。
昨年はHトンネル付近の花はすべて終わっており、何も採集することができなかったが、今回はシシウド、ショウマが満開であった。
シシウドは日が当たっているとハエやハチばかりでピドニアの入る隙はなさそうであったが、夕方になると今度はピドニアが優勢であった。
基本的にトンネル周囲は明るい場所なのでP. takechiiが大多数を占めていた。
たまにP. semiobscuraやP. obscurior hakusanaが混じる。
Hトンネル付近では標高1500mしかないのでP. signataは期待できないが、谷側のやや暗いところにあったオニシモツケでP. limbaticollis ohbayashiiの巨大な♀が採れた。
ブナ帯上部から針葉樹林帯の虫だと思っていたのでこの標高でも採れるんだということにちょっと驚いた。
一通り採集し終わったところで、登山を開始した。
日の当たらない登山道では花は無いかもしれないが、P. signataは上にいかねば採れそうもない。
問題の登山道に入ると予想通り、花はまったくない。
一日目ということもあって足慣らしのつもりでこのルートを設定したのだが,最初の登りがきつい.
尾根まで出れば・・・そう思ってとにかく脚を交互に上げるだけだ.
登り始めのところに若干のノリウツギやショウマがあったが、花の状態は良くない。
ナナカマドもすでに終わっている。
これでは虫を採ろうにも採りようがないではないか。
虫が採れないときは登山を楽しむにつきる>採れない言い訳であるが・・・
ただ、期待していた高層湿原というのは実は大きな問題を含んでいた。
梅雨のあとの木道のない高層湿原の登山は、はっきり行って泥沼の中を歩くようなものである。
すぐにストレッチパンツの膝下までどろどろになってしまった。
泥除けのスパッツをつけてくればよかった。
登山靴は防水仕様にしているので靴下まですぐに濡れることはないが、このままでは浸水してくるのも時間の問題だ。
なるべく道の両脇の薮を踏んでいくのだが、歩きにくく、時間がかかる。
水芭蕉の大きな葉っぱがいかにも高層湿原の様相を呈している。
山屋にはありがたいのだが、虫屋にはありがたくないことで、登山シーズンに入って下草を刈っていた。
ノウゴウイチゴも全部刈り払われていた。
これではいくらPidoniaを探しても無駄だ。
ひたすらピークを目指してぬかるみの中、標高をあげていく。


■アップダウンがあり、高層湿原と森林が交互に現れる、歩きにくさを除けば面白い山である。
この登山では、初日ということもあってあまり脚を使わずに残しておくつもりが、予定以上に体力を使ってしまった。
ふと足元を見ると、小さな白い花が咲いている。
ゴゼンタチバナである。
山頂が近くなり、やや泥沼地帯も乾燥しはじめた1800mを超えると花の状態がよいのか、P. testaceaが集まってきていた。
でも、すべての花にいるかというとそうでもなく、群生しているやや日当たりのよい大柄の花に多かった。
こんな足元の小さな花でも花粉の状態がよければ虫は少ないながらやって来る。
そのうち、明るい場所ではP. matsushitaiがぼちぼち見え始めた。

 ■ゴゼンタチバナに来ていたPi. matsushitai♂

 ■高層湿原の中に咲くイワイチョウ

 ■ピーク前にある小さな小さな池


■草原のなかに咲くイワイチョウはPidoniaを集めない花ではあるが、matsuhistai程度なら来ることもわかった。
暗い場所にあるゴゼンタチバナでは、signiferaの♀のようにS紋の太いものが採れて、なぜこの標高で?と思いながら毒ビンに放り込んだ。
後に、これがsignata♂であることが判明した。
次にmatsushitaiの♀が採れたと思ったがなんか尻太で様子がおかしいが、そのときはmatsushitaiの♀だろうと思ってこれも毒ビンに放り込んだ。
実はこれがsignataの♀であった。
この地域のsignataの♀は頭部、胸部、そして腹面がすべて赤くなることに気づいていなかったのである。
他の地域で見られる黒いsignataとはだいぶ印象が異なる。
ピークはもうすぐであった。

■Hトンネルでは採り切れないほどのピドニアがいたにもかかわらず、登山道に入ってからは1800m〜山頂までの間に,わずかP. testacea, P. matsushitai, P.signataなど20 exsほどのピドニアを採ることしかできなかった。
ショウマやオニシモツケなどの虫集力のある花のない場所でピドニアを採ることの難しさを実感したのであったがsignataが1 pair採れたので満足せねばなるまい。
登山せずに飛越トンネルで待っていれば数はたくさん集まっただろうが、P. signataは採れなかっただろう。
この採集と登山に要した時間は登り4時間、下り2時間の計6時間であった。

■今日の予定としては、早めに切り上げて安曇野へ回り込むことであった。
だいぶ時間をロスしているので急いで支度を整えて、峠から一気に41号線へ向かって下っていく。
徹夜でここまで運転してきて,登山しているため眠気が襲ってくる.
夕方になってA峠に到着すると、小雨であった。
というより雨雲の中にいるようである.
すれ違いできないような狭い道を大型のトラックがぶっ飛ばしてくる>トンネル通ればいいのに・・・
昨年、抑えておいたオニシモツケのポイントに向かう。
まさしく満開である.
薮蚊に刺されながらも多数のピドニアがネットに入るがP. insuturata, P. oyamae, P. testacea, P. aegrota, P. grallatrix, P. masakii, P. miwaiといったまさしく駄ピドばかりであるが、たまにP. semiobscura, P. silvicolaが入る程度で、pidonia亜属は少ない。
晴れていればP. ohbayashiiも採れただろうに・・・。
それでも好きな虫のひとつであるクモマハナカミキリが2exs採れたのは嬉しかった。
クモマハナはPidnoiaの斑紋パターンを持った中型のハナカミキリという感じで、斑紋パターンには地域変異、個体変異がある。
晴れた日には多数採集できるらしいが、Pidoniaの多いようなやや湿った暗い環境の花ではあまり採れない。
雨の中で採ったのはこれがはじめてであった。


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