ホーム > サイトマップ > 言葉 > 同窓生 > 50年目の謝罪


50年目の謝罪

2006.06.07 掲載
このページの最後へ

本日、神戸のポートアイランドにあるホテルで、中学卒業50周年記念の同窓会が開かれた。同期に卒業した者の内の約2割、80数名の出席だった。50年ぶりに会う者もいて、全く見当がつかない者、面影を一杯残している者など、半世紀の歳月を感じざるを得ない会であった。嬉しかったのは、出席された恩師の名前の中に「岩瀬憲一」を見つけ、50年前の非礼をお詫びすることができたことである。

それは、50年前の春のことだった。中学3年になって間もなくの図工の授業中、私はその授業が面白くないので、授業を無視して、自分の好きなことをしていたのだと思う。それを見咎められた先生が、私に何か質問をされたのに対して、何も答えなかった。

立腹された先生は「名前を言え」と言われたが、「ご存じないですか?!」と、昂然と言い放ったのだ。敗戦後7年目、先生に対して生徒がそのような発言をすることなど、考えられない時代である。即、職員室に連れて行かれ、多くの先生から叱責を受けた。しかし、強情にも私は謝らなかったので、「野村は哲学にかぶれて危険だから、付き合いをするな」と言われた友人もいたようだ。確かにその頃、谷川徹三の「哲学的文学」を読んではいたが、むしろヘッセの「デミアン」に影響を受けていたのだと思う。

その先生が岩瀬憲一先生だった。岩瀬先生にお目にかかり、そのことを申し上げると、やはり覚えておられた。そして、あれは私が悪かったと言われるのだ。自分は図工の担当で、ホームルームを持っていなかったせいもあり、生徒の名前をよく覚えていなかった、それは教師にあるまじきことだったと言われる。もう、私は恐縮し、平謝りに謝った。

先生はその後教職を去り、絵の道に専念され、中国の仏教遺跡、石仏に心をひかれてこられたと話された。そして50年前の非礼をお許し下さった。このことだけでも、卒業50周年の集いに参加した価値はあったと思っている。50年間ずっと心に残っていた非礼に対するお詫びを、ことばで表わすことができてありがたかった。

自分のテーブルに戻り、そのことを周りの者4名に話すと、3名ははっきり覚えていた。やはり、生徒が先生に対して自分の名前を「ご存じないですか?!」と言い返したのは、ショックだったようだ。その時の状況をはっきり覚えていると言っていた。

その中で一番好意的なのは「野村のような秀才の名前を知らないとは何ごとか」と言って、むしろ岩瀬先生の方が悪いという、企業コンサルタントをしている男の意見。次は、「今の中学生から考えたら、あんなのカワイイもんや」という不動産会社を経営している男の意見。最後は「あれは、やっぱり、野村さんが悪いと思っている」という意見で、この女性は教師をしていたが、退職後も、ある高校の家庭科の先生をしていると言う。

もちろん、最後の意見の通りに私が悪いと思ってきたから、お詫びできてほっとしたのだが、それにしても、このような3者3様の意見を面白く思った。

小学6年頃から中学初年までは親、特に父親に対する反抗期であったのが、中学3年から高校1年という時期は、教師に対する反抗期だったようで、高校に入って間もなく、こんどは国語の先生の質問に、まともに答えず、大目玉を貰う羽目になった。

それは国語の時間だった。山名邦夫先生が教科書の中に出てきた「素朴」の意味を私に問われた。それに対して、「素朴は素朴です。こんなことは分かりきったことで、説明するまでもないと思います」と答えてしまったのだ。新入生に、このようなことを言われて、先生はさぞ立腹されたことだろう。しかし、その時も私は謝ることをせず、「こんなことを言ってしまったのだから、国語だけは誰にも負けない成績を必ずとってみせる」、と心に決めるだけだった。

高校卒業25周年目の同窓会で先生にお会いした。そこで、当時の非礼をお詫びしたが、先生はやはり覚えておられた。その先生も6年後に亡くなられた。

思えば、可愛げのない、生意気盛りの時期だった。この頃から、私は見せかけだけでも、優等生であることを止めたのだった。

(2002.11.21.)

同期生の小森久雄様から、CD−Rに焼いたこの時の112枚の写真を頂きました。その内の集合写真の1枚を、小森様の許可を得て、ここに掲載しますのでご覧下さい。(2002.12.15.)

数日前に同じ中学の古希の集いが、同じ会場で開かれて出席しました。それがきっかけで、この記事を読み返してみました。そこで思ったのは、謝罪をした自分はそれで気持が軽くなったが、謝罪された恩師にとってそれは望ましいことだったのか、私の自己満足が恩師の気持をまた傷つけてしまったのではないか?という疑問です。それは分かるすべがなく、仕方のないことですが、少し重い気持になります。


<2006.6.7.>

鷹匠中学卒業50周年記念同窓会のスナップ 2002.11.21.



ホーム > サイトマップ > 言葉 > 同窓生 > 50年目の謝罪   このページのトップへ