ホーム > サイトマップ > 旅行 > 飛鳥U世界一周2007航海記 > 6.大西洋2

飛鳥U世界一周2007航海記

6.大西洋2


2007.08.15. 掲載
このページの最後へ
5月21日:サザンプトン、「レ・ミゼラブル」
5月22日:ロンドン塔、大英博物館
5月23日:洋上、休息日
5月24日:リバプール、イギリス湖水地方
5月25日:ダブリン、聖パトリック大聖堂、ケルズの書
5月26日:ヨーロッパの感想、小澤氏講演、手打ちそば
5月27日:フォーマルナイト、ヨーロッパの緯度
5月28日:英国という国
5月29日:小澤幹雄氏講演、インターナショナルナイト
5月30日:タイタニック号沈没現場、氷山が漂流
5月31日:久し振りの快晴
6月 1日:小澤幹雄氏の3回目の講演
    
写真の多い「 写真集6. 大西洋2(イギリスほか) 」に移動する

5月21日:サザンプトン、「レ・ミゼラブル」

アントワープからサザンプトンまでの航路

英国国旗

サザンプトン港に入る少し手前で、左手にワイト島が見えた。キャプテンは、船内放送で、ここは高級保養地であり、またヨット競技の開催地として有名で、休日はヨットで賑わい航行に神経を使う。今日は月曜日のために少なくて助かると話していた。それでも、かなりのヨットが浮かんでいる。

サザンプトン入港が、港からの指示で1時間ばかり遅れた。英国はEUに加盟していながら、ユーロは駄目で、使えるのはポンドだけ。入港してから、5千円、1万円分のポンド交換が始まったが、長蛇の列でどうにもならない。入港が遅れているので、ツアーの出発時間を過ぎても、遅々たる進みようで、並んでいる乗客は怒り心頭である。そのうちに、両替はホテルでもできるとの情報が入り、交換を中止してツアーに参加した。

ユーロは誰も用意しているが、ポンドは持って来ていないので、最低限のポンドを手に入れようと並んだわけだが、両替に来ているサザンプトンの銀行が、5千円、1万円分のポンドセットを、一つ一つ数えて渡す融通のきかない石頭だ。入港を遅らせた上、EUに入っていながら、貨幣はポンドとは、何を威張っているのかと英国に八つ当たりする者も多かった。飛鳥Uの方にも、もっと要領良く処理すべきだと批判する者も出てきた。

私たちの選んだツアーは、「ロンドン観光とミュージカル鑑賞1泊2日の旅」で、夕食を摂ったあと、ミュージカルを見て、それからホテルにチェックインとなっている。出発が1時間以上遅れたので、夕食抜きで観劇するのではないかと心配するものもいた。

しかし、その心配はなく、ロンドンの中華街で中華料理を食べることができた。この料理がかなり美味く、北京ダックも食べきれないほど出てくる。飛鳥Uから、ご迷惑をおかけしたお詫びに760mlの紹興酒が、各テーブルに1本差し入れされ、これもなかなか良い酒なので、すっかり機嫌は良くなった。

ミュージカルは「レ・ミゼラブル」である。劇場クイーンズ・シアター(Queen's Theatre)は、こじんまりしていて舞台の横幅が狭く、これで群集劇を演じることができるのかと、ちょっと心配なるほどだった。ただ、座席は良く、私たちは前から7列、8列目の中央だった。

しかし、開幕と同時に、引き込まれてしまい、誰もが緊張の連続で、興奮してしまった。圧巻は群集劇だが、主役のバルジャンはもちろん、脇役のジャベール警部も素晴しい。全員が声量豊かで、前によく通る。一番感心したのは舞台の演出だった。この狭い舞台で、たくみに群集を移動させ、まったく不自然さを感じさせないのだ。まるでマジックのようだった。フィナーレではスタンディング・オベーション、皆の興奮は最高潮。寝る者なしと思ったら、男の子がうしろで二人、可愛い顔をして眠っていた。

以前日本で「レ・ミゼラブル」を観たことがあるが、月とスッポンで、お話にならない代物だった。また、5年前にロンドンで「オペラ座の怪人」を観たことがあるが、それよりも、こちらの方が素晴しかった。ツアーの誰もが感動しているようだった。このような体験ができたことを心底嬉しく思った。幸せだった。

「レ・ミゼラブル」には、私の人生で大きな影響を受けたことばがある。小学校の4〜5年だった思う。父に連れられてモノクロのレ・ミゼラブルを観た。そして、バルジャンが銀の食器を盗み出した時、司教が銀の燭台までも与えて、話した「与うるは受くるよりも幸いなり」と言うことばだ。「なぜ、もらうよりも、あげる方が幸せなのか?」ということがずっと気になっていた。その意味が分かるようになったのは、それから10年も過ぎてからだったと思う。そして、年を重ねるごとに、そのことばの正しさが理解できるようになってきている。

<コメント>

◆投稿 musi | 2007年5月22日 (火) 00時12分
イギリスへ到着ですね。最近はGO先生も熱心なファンの一人になられました!(^^)弱いmusiに地図を書いては「今はココを通過し○日にココへ…」てな具合です。細部まで解りやすく書かれたエッセイに行ったことはないのに飛鳥へ乗船しているような気分を味わって、毎回楽しく拝読しています。まとめてのUPご準備は!?あ、プレッシャーはナシでした〜(^^)

◆投稿 BOW | 2007年5月23日 (水) 02時52分
musiさん、嬉しいニュースをありがとう!
Dr.GOによろしくお伝え下さいね。ものすごく喜んでいたと、蟹ポーズをしていたと、、、(笑)

ロンドンに1泊2日で出かけ、帰船したところでクタクタですが、興奮はまだ残っています。まとめてUPします。お待ちあれ!!

◆投稿 musi | 2007年5月24日 (木) 00時59分
毎回、見てみて…ではなく、読んで読んでコールを送り続けていま〜す。楽しくお読みになっていま〜す!先日は各国のパンフレットを持参!日程表と照らし合わせて講義を受けました(^^)

久々の蟹ポーズ!お伝えしました〜ニッコリされてました。ロンドンでの一泊、さてどのような興奮が、、、

>まとめてUPします。お待ちあれ!!
ハイ!了解しました!

◆投稿 BOW | 2007年5月25日 (金) 07時19分
musiさん
Dr.GOの近況ありがとうございます。とりあえず、パリヴェルサイユ篇をUPしました!

◆投稿 yakky | 2007年5月24日 (木) 09時07分
結婚35周年記念に
13日〜22日まで中欧に行って参りました。暑さと健脚コースで疲れて帰宅して2日間何も出来ずに時差ボケです。フリータイムが3日あるツアー企画でしたので、日本でネツト検索してバス・地下鉄・トラム・タクシーを巧みに使っての探索でした。今回JTB旅物語ツアー(ゆとり度★★★)参加者40名には吃驚。ゆとり度★になった(笑)酷い企画です、欧州が17日〜20日の連休に重なった為何処も満員(欧州勢にJTBが負けましたよ?)

BOW様エッセイを拝見させて頂いて、益々結婚45周年記念には飛鳥U(Vになっているかな)に乗船したいと思っています。旅行の途中、飛鳥Uを4時間体験されたとは?私も行って見たかったな。乗船の許可は厳しいですか?16日以後のエッセイを楽しみにしています。

◆投稿 BOW | 2007年5月25日 (金) 07時22分
yakkyさん、こんにちは
中欧に行かれたのですが、良かったでしょうね! 17日〜20日の連休でパリは静かでしたよ(笑)。航海記お読みいただき嬉しいです!

サザンプトン入港


5月22日:ロンドン塔、大英博物館

英国に来ると、四角い煙突の出ている家が非常に多く目に付く。その四角の中に、何本かの小さな円い煙突が認められる。この円い煙突は部屋に1つあるので、これを見ると、部屋数や間取りがだいたい分かるらしい。むかしは石炭を焚いて暖房に使ってきたが、もくもくと出る煙(smoke)とロンドン特有の霧(fog)が重なって一寸先も見えないほどになり、ここからスモッグ(smog)ということばが作られたとガイドは話していた。50年前に法律ができて、煙突を付けることができなくなったので、煙突のある住宅は50年以上前の建造物ということになる。

ロンドンは物価が高く、便所風呂台所共用の6畳1部屋で、月6万円くらいの家賃がかかる。便所風呂台所が共用でなければ、月17万円もすると聞いて驚いた。ヨーロッパは消費税(付加価値税)が20%と高いことも関係しているようだ。

もうひとつ、知らなかったことで驚いたのは、王室は自分で収入を得て、その中から莫大な税金を納めていることだった。だから、国民は王室に文句を言わない。英国民が一番好むゴシップは王室関係で、芸能人などは、その次だという。王室は神様ではなく、人間であるというわけだ。実際、王室は土地や建物を多く持っていて、それらには王室の金のマークが付いている。建物の一部を公開して入場料をとったり、土産物を作って販売したり、王族はみんな働いているそうだ。その点では日本の皇室と大きく異なる。

ロンドン塔を訪れたが、ここは彼のノルマンディー公ウィリアム1世征服王が建造したものだと知って、それまでは、陰惨なイメージだったのが、親しみを感じるようになったから不思議だ。

大英博物館をはじめ、英国の公共の博物館や美術館は、すべて無料だという。たくさんの小学生や中学生たちが先生に引率されて、スケッチをしたり、説明を聞いたりしていた。今は観光のシーズンではないためか、以前来た時と違って、館内の人影はそれほど多くない。写真やビデオ撮影が可能なのも嬉しい。

広々とした館内で、展示がうまくされている。海賊の分捕り品展示会場ではないかと思った印象を、今回は受けないのはなぜなのだろう。まさか、昨夜のミュージカルが素晴しかったから、英国びいきになったというわけでもあるまい。

中でも良かったのはエジプト関係だった。カイロの考古学博物館を、飛鳥U貸切で見学したが、建物、展示物の内容、展示の仕方、観覧の方法の何れをとっても、こちらの方が格段に上である。ミイラ関連も、エジプトで充分見たと思ったが、実際はこちらの方が優れたものが多かった。中でも、一番奥の部屋の左側にある壁画は素晴しかった。これは日本で公開されたことはないのではないかと思う。私はこれまで見たことがなく、嘆声をあげながら、ビデオと写真撮影をしっかり行なった。

カイロの考古学博物館と大英博物館の両方を見たことで、このような人類の文化遺産を、丁重に保存管理し、それを見事に展示しながら、訪れる者すべてに無料で見学を許し、写真やビデオ撮影まで許すという方針に共感した。そのことが、海賊分捕り品の展示という前回の印象を変えてしまったのではないかと思う。分捕り品には間違いないとして、それを元の場所に置くよりも、世界の多くの人に広く見てもらえて、保存管理が行き届いているなら、それも致し方ないかも知れないと考えが変わってきた。どちらが人類にとって有用であるかが問題であろう。

その他の市内観光は車窓からだったが、そのほとんどの場所を前回訪れていた。昼食はフランス料理だったが、食べられたものではなかった。ロンドンでは中華料理に限るようだ。

ロンドンからサザンプトンまで、バスで約2時間半の高速道路から見た風景は、トスカーナ地方、ノルマンディー地方とも違う美しさがあった。大きな山はないが、丘陵はあり、ゴルフ場のグリーンに似たところが多かった。牧畜も少しはあり、羊が多く見られた。

サザンプトン港は、清教徒たちが「メイフラワー号」に乗って、アメリカに向けて出航した港であり、タイタニック号が最初で最後の出港したところでもある。飛鳥Uが着岸したすぐ向こうには、クイーンメリー岸壁があった。

<コメント>

◆投稿 T-baba | 2007年5月28日 (月) 20時32分
> EUに入っていながら、貨幣はポンドとは、、
ユーロが使えないとはけしからんことですね!なんでやねん!って思いました。両替の仕事も遅いし、要領が悪いのは変わりませんね。その点では日本人は優秀ですね。街も昔は真っ黒でしたが、今は少しはキレイになっているのでしょうか。

「レ、ミゼラブル」の感動が伝わってきました。中学の学芸会で、銀の燭台を与える司教の家のメイドの役をしたことを思い出しました(笑)

大英博物館はエジプトから価値あるものを略奪したと言われるたびに「英国が保管し修理し管理したお陰で、いまのコレクションの存在があるのだ」と言うのだそうですが、確かにそうかもしれません。カイロの博物館は規模が小さく、陳列環境もよくありませんから。

フレンチが不味かったとのこと、同感します!アメリカについでベロオンチな国だと勝手偏見を持っています。中華を選ばれたのは正解でしたね。今回は同感ばかり多くて、全て意義ナ〜シ!でした。

お疲れをしっかりとってください!

◆投稿 BOW | 2007年5月29日 (火) 04時48分
> 街も昔は真っ黒でしたが、今は少しはキレイになっているのでしょうか。
 前回よりも心持ちキレイになっているようです。

>レ、ミゼラブル」の感動が伝わってきました。
 良かった! 学芸会でメイドをされたのですか!

>今回は同感ばかり多くて、全て意義ナ〜シ!でした
 ありがとうございます

◆投稿 ヒマジンスキー | 2007年5月29日 (火) 13時57分
BOWさん、いろいろとよく書いて下さいましたね。読むだけでも大変で目がショボショボするのに、本当にご苦労さまです。

立派なキャビンがありながら陸上のホテルに泊まることが多いようで、シブチンスキーは「もったいない」と思ってしまいますが、そこが余裕なのでしょう。英国は王室も働いているというのもほぼ新発見。シャワートイレだけは日本が先進国なりと喜んでいます。

同窓会ではヒマジンスキーが誰であるかがばれてしまいました。プロ野球では今、タイガースが弱いです。強打と軽打を使いわけて欲しいものです。

◆投稿 BOW | 2007年5月30日 (水) 05時38分
ヒマジンスキーさん
長らくのご愛読ありがとうございました。ようやく8週間が過ぎたところです。続きもどうかよろしく。ヒマジンスキーの正体見破られましたか! とうぜんでしょうね。タイガースの情報船内新聞で見ています、情けない!

<メール>

◆MH | 1 Jun 2007 23:49:37
この数日、何故か慌しくて大兄へ返事がすぐ書けず申訳ありません。大兄の航海記を読みながら、ホーとかウヘーとか時にはヒヤーと古稀の爺さんが周りに人のいないのを良い事に楽しんでいます。

*サザンプトン
入港が遅れ、両替が遅れ英国の一番悪いところを早々にご覧になりました。以前申し上げたと思いますが、小生もヒースローで何度も不愉快な目に遭いました。夕食がおいしい中華料理でよかったですね。これがイギリス料理だったら飛鳥Uで暴動が起きたかもしれません。

そして素晴らしいミュージカル。これもイギリスです。「与うるは受くるよりも幸いなり」は本当にその通りです。

イギリスでは部屋代が高いですね。ホテルも他の国に比して割高です。もっともロンドンだけかも知れません。大兄の航海記で再確認しました。

英国王室が全員働いているとは知りませんでした。日本の皇室とは随分違いますね。

博物館が入場無料。大英博物館など維持費が高いと思いますが入場料を取りません。国が払っているのでしょうね。どろぼー博物館と言われながらご指摘の通り保存、分類、展示の確かさに脱帽です。これもイギリスです。

ロンドン塔

ロンドン塔の向かいにある奇妙な形の市庁舎

タワー・ブリッジ

大英博物館入口

ロゼッタ・ストーン

ファラオの胸像

猫の姿の女神バステト像

ミイラ・マスク

古代エジプト壁画

葬祭用パピュルス「死者の書」右はトキの姿のトト神


5月23日:洋上、休息日

サザンプトンを昨夜22:00に出航し、洋上にいる。ヨーロッパの都市を休み無く廻ってきたので、クタクタで、休息日となってしまった。


5月24日:リバプール、イギリス湖水地方

サザンプトンからリヴァプールまでの航路

英国国旗

リバプールでは飛鳥Uが大型船のため接岸できず、リバプール沖に投錨して停泊し、地元の大型ボートで上陸した。接岸できなかったのは、モルジブのマーレに次いで2回目である。

ここでも上陸が遅れ、「イギリス湖水地方1日観光」はあわただしい出発となった。湖水地方(the Lake District)はイングランドの北西部、アイリッシュ海に面した地域にある。名前の通り、比較的大きな約10の湖をはじめ、小さいものまで含めると約500の湖が点在する。以前コッツウォルズ(Cotswolds)を訪れた時、その美しい景色に魅せられたので、同じようなものを頭に描いていたが、まったく違うものだった。コッツウォルズが英国の田舎のこじんまりした美しさであったのに対して、こちらは、大自然の美しさだった。湖と丘陵と森、そして点在する小さな村々の風景だった。

まず湖水地方の中心地ウインダミア(Windermere)湖 へ行き、ベアトリクス・ポッターの世界に入館し、ピーター・ラビットに関係する展示を見た。ご婦人方は可愛いと喜んでいるが、私には興味が湧かない。ここで時間をつぶすより、湖岸の道を歩きたいと思った。

次は、詩人ワーズワースが若い頃を過ごしたグラスミア(Grasumere)湖周辺へ行き、住んでいた家(ダヴ・ハウス)を眺め、最後は、ケズウイック (Keswick)の小さな街を散策した。バスから眺める湖水地方の景色は、確かに素晴しかったが、ここは何日間か逗留して、ゆっくり歩いて見るところであり、日帰りで訪れるところではないことがよく分かった。それに比べて、コッツウォルズは、日帰りでも、その美しさを一応は味わうことができると思う。

リバプールと言えばビートルズである。ツワーが終わってからの僅かの時間でも、彼らにゆかりの場所を散策したいと思っていたが、出発が遅れたため、スケジュールが厳しくなり、その上、帰りは渋滞に巻き込まれたことから、帰船が遅れたため、それができず残念だった。

<コメント>

◆投稿 Ikeda | 2007年5月30日 (水) 13時59分
地中海を出ても、まだ忙しい日々が続いたようですが、これからは、揺れることはあっても、ゆっくり出来ますね。当然の事ですが疲れというものは、年と共に回復に時間がかかってきますので、私も翌日は良くても暫くして疲れがでてくる事がよくあります。お土産を貯めるのは水の節約になるそうなので、結構な事だと思いますが、また忙しくなると予想される帰国後を考えて疲れは残さないようにと願っています。

私たちの話ですが、7月始めにイギリス旅行を予定していて、湖水地方とコッツウォルズにそれぞれ2泊ずつするツアーです。たまたま書かれている事が良い参考になりました。イギリスには私が30年位前に行ったきりで、家内は初めてなので楽しみにしています。

小用トイレについてですが、確かに土地の人の背丈とはあまり関係ないと言うことは私も感じていました。ただ北欧では例外なく高かったと記憶しています。トイレと直接関係ありませんが身長については、中国でもハルピンまで行くと皆、背が高いのに驚いた事があります。「ベルクマンの法則」通り、寒い所では体が大きくなるのは確かで、あちこち移動されるとそれが良く解るのではないかと思います。

少し前のお話ですが、フランスでは信号ではなくロータリー式が多いと書かれているのは私も実感しました。昨年のフランス旅行では南仏からノルマンディーを通って、パリまでバスで移動しましたが、あまりにロータリーが多いので、目が回りそうでした。

また今回の信号無視の話ですが、中国人の集団も信号を守るという事が意外でした。中国やインドでは走っている車の間をすり抜ける必要があるので、我々日本人はなかなか道を渡れないからです。しかし考えて見ると、もともと信号があまりない場合は歩く人も運転者も慣れているから事故にならないので、信号が多くある所では、逆にそれを守るのかなと思いました。

◆投稿 BOW | 2007年5月31日 (木) 08時08分
Ikeda様、ブログへの書込みありがとうございました。
Ikeda様は歌と映画のお好きな私の大先輩です。

>帰国後を考えて疲れは残さないようにと願っています
ありがとうございます。ちょっと、はしゃぎすぎで、またダウンするのではないかとご配慮下さり感謝です。

>湖水地方とコッツウォルズにそれぞれ2泊ずつするツアーです。
どちらもよい所だと思いました。いつもご夫婦仲睦まじく、良いなあと思っています。

>「ベルクマンの法則」
そうですね。

>中国人の集団も信号を守るという事が意外でした
あれはたまたま私たちが信号を守っているのを見て、真似をしたのかも分かりません(笑)。

◆投稿 モナリサ | 2007年5月30日 (水) 17時06分
BOWさん実は飛鳥Uに私達の友人が乗っていらっしゃるのですヨ。その奥さんから先程「初めてのメールです〜!」というメールが届きました。飛鳥Uのパソコン教室で教えて頂いたそうです。

さて、先日の「ブタベストで検索したBOWさんのエッセイが白紙でした」という事を書込みましたが、その件についてご報告致します。他国を訪ねてネット検索をする場合はブラウザのエンコードを日本語に変換すれば日本語で見ることができるそうです。反対に日本のパソコンで韓国、中国またはドイツのホームページを閲覧する場合はエンコードを変更すれば文字化けが解消するということも学びました。日本語の入力は日本語辞書(例えばMicrosoft IME)をインストールすれば、入力時に辞書を切り替えすることで入力可能ですが、これはお借りしたパソコンでは無理ですね。

こんな事を書いていると、飛鳥Uって“日本大陸の一部が分離して大海原を移動しているよう〜”という感がしました。お食事は日本食・電圧は100V・それに日本使用のパソコン・・・そして、時折又しばしば一泊旅行に出かける。

アポロンの神託で有名な“デルフィー”の村で1泊しましたがその村にもネットカフェがありました 又アフリカ大陸の先端ケープポイントでもメールの看板があり“喜望峰”をバックに写真がメールで送れるというサービスがありました。

「目がショボショボする」と言いながらパソコンの魅力にはまっている私です。“飛鳥Uの旅日記楽しみにしています〜♪”

◆投稿 BOW | 2007年5月31日 (木) 08時14分
モナリサ さん
いろいろ有用な情報ありがとうございます。

>飛鳥Uって“日本大陸の一部が分離して大海原を移動しているよう
そんな見方もできるかも知れませんね。誰もが自分のキャビンを我が家のように思って、帰り着くとほっとするようです。

>飛鳥Uの旅日記楽しみにしています
うれしいコメント、ありがとうございます。今また新しいのをUPしました。

そのあとはNYでしばらくUPが遅れるかも分かりませんが、今のところダウンする兆候は見られませんので、NYを楽しんでいると思ってくださいね(笑)

<メール>

◆MH | 3 Jun 2007 21:58:47
*リバプール 湖水地方
湖水地方は大兄によれば腰を据えて見るところとか。綺麗な所と聞きますので一度行きたいと思いますが、どうもイメージが湧きません。映像を楽しみにしています。リバプールが時間切れとは惜しいですね。良くも悪くもビートルズは我等年代の青春の思い出でもあります。

リヴァプール港の夜景、イルミネーションで飾られた客船

リヴァプール港内に停泊中の飛鳥U

リヴァプール港のピアー・ヘッド付近

湖水地方 衛星写真

湖水地方南部のグラスミアにあるダヴ・コテージ(Dove Cottage)
ワーヅワースがここで暮らした

湖水地方の風景

湖水地方北部のケズウィックの街


5月25日:ダブリン、聖パトリック大聖堂、ケルズの書


リヴァプールからダブリンまでの航路

アイルランド国旗

アイルランドの首都ダブリンへの入港は、予定通り8:00に行なわれ、午前中はいつもの通り「ダブリン半日観光」で街の概略を知り、午後からシャトルバスで自由行動をとった。

ツアーで最初に訪れた聖パトリック大聖堂は、これまでヨーロッパで見てきた教会の中で、私は一番美しいと感じた。ダークグレーの石で作られた外壁は、質素だが落ち着きがあり、とてもシックである。私は思わずきれいともらしてしまった。聖堂の内部では、ステンドグラスが、これもこれまで見た聖堂のいずれよりも美しいと思った。フラッシュなしで撮影をしていると、少年の聖歌隊が入場してきて、清楚な美しい声で賛美歌を歌った。その歌声は、この聖堂にまことに似つかわしかった。ヘンデルの「メサイア」の初演がここで行なわれたということも納得できる。また、「ガリバー旅行記」の作者スウィフトはこの聖堂の司祭を務めていたとのことだ。

次に訪れたギネス・ストアハウスは、最上階の7階に、ダブリン市街を360度眺望できる展望台があり、ここでは、作りたてホヤホヤの一番美味いというギネスビールを、1パイント(570ml)試飲できる。普通のギネス・ビールより色がうすく、ココア色をしていて、充分泡だっていた。瓶入りのギネスはあまり好みではないが、こちらは美味かった。売店でギネスのロゴ入りポロシャツを購入したが、妻は恥ずかしいといろいろケチを付けてくれる。

最後は、トリニティー・カレッジという、アイルランドで一番古い大学の図書館を訪れ、8〜9世紀にまとめられた世界最古の書物の一つといわれる「ケルズの書」を鑑賞した。挿絵が何とも言えずユニークで、印象に残った。また、旧図書館の主要図書室であるロングルームは、奥行きが65mあり、図書館所蔵のうちの最も古い蔵書が20万冊整然と収められている。本好きな者にとって、見るだけでたまらない光景である。これらは撮影禁止なので、写真を購入した。

午後は、シャトルバスでダブリンの街を散策し、国立美術館や国立博物館を訪れた。いずれも入館無料であるが、美術館は広く近代的で、展示されている絵画も豊富、この国の文化の水準を感じた。ヨーロッパのほかの国と比べて、アイルランドは、質素な美しさがあり、静かで控え目で、のんびりしているという印象を得た。ただ、道端に物乞いが多くいて、その人たちが病身に見えず、貧しくも見えないのが不思議だった。

飛鳥Uは23:00にダブリンを出航し、大西洋を航海して一路ニューヨークに向かっている。

<コメント>

◆投稿 musi | 2007年5月30日 (水) 00時51分
お元気上々、エンジョイ上々!何よりですと思いながら初めて知る内容にたまげたり、楽しくワクワクしたりと目をこすりながら毎回残さず拝読しています。プリントされたTシャツのところでは思わず「クスッ」としました〜。

思いがけない出会いを幾度も体験されたこと、musiも嬉しいーーです。お一人につき10年生命が延びると聞きました!

◆投稿 BOW | 2007年5月30日 (水) 05時40分
musi さん
musi 語を嬉しく読みました。これもおばあちゃんのおことばですか?

<メール>

◆MH | 3 Jun 2007 21:58:47
*ダブリン
アイルランドといえば聖パトリック、クローバのような植物、それにグリーン(Kelly Green?)が三大テーマでしょう。聖パトリック大聖堂はマンハッタン5番街にもありますのでNY見物の時比べてください。この大聖堂は荘厳で立派でした。道端の物乞いは何でしょうね。キリスト教圏には物乞いが多いような気がします。富める者が貧しき者に喜捨するのは当然と考えられ、受け取るほうも大きな顔でおもらいしている感があります。

聖パトリック大聖堂

聖パトリック大聖堂内部

大聖堂内部の美しいステンドグラス

ギネス・ストアハウスの最上階にあるビール試飲カウンター

トリニティ・カレッジ図書館 書庫に圧倒され、畏敬する(はがきより)

ケルズの書の挿絵の一部(はがきより)


5月26日:ヨーロッパの感想、小澤氏講演、手打ちそば

久し振りの At Sea を嬉しく思いながら、ヨーロッパの寄港地を訪れて、感じた全般的なことをまとめておこうと思う。

まず、あまり高級とは言えないが、日常的に大切な問題について私の観察結果を報告する。それはトイレの高さである。英国に来るまでの男子小用トイレの位置はどれも非常に高く、背の低い者は、背伸びをしなければならないのではないかと思うほどだった。それを使う現地の人の背が高いかと言うと、決してそうではなく、外人としては低いほうだと思う。169cmの私より背の低い大人をかなり見かけた。

ところが、英国に来てそれが低くなり、小学生でも使える高さになっているのに驚いた。英国は、どちらかというと背の高い男が多い。英国ではトイレの高さが低いだけでなく、トイレの数が多く、ハンドドライヤーの数も多い。

英国までの寄港地は、ほとんどがラテン系民族の多い地域だった。背の低いラテン系では男子小用トイレの高さが高く、背の高い英国では逆である事実をどのように解釈すれば良いのだろう。まさか、この高さでも充分小用ができると見栄を張っているわけではないだろうから、歴史的な習慣の違いなのだろうか?

トイレについて付け加えれば、パリの高級ホテルもロンドンのそれも、ウォッシュレットは皆無であった。これに慣れてしまった日本人は、少々違和感をいだいてしまうが、これは習慣の問題だろう。

もう一つ、日本人とヨーロッパ人の違いを知ったのは、信号のある横断歩道の渡り方で、車が近くに来ていなければ、彼らは信号を無視する。車が来なくても、行儀良く信号を守るのは日本人と中国人の集団だった。

今日の午前中、小澤幹雄氏講演「小澤幹雄のやわらかクラシック(1)征爾とウイーンのオペラ」がハリウッドシアターで催され、船内のTVで生中継があったので、そちらで拝聴した。その中で、小澤家四兄弟の音楽との出会いのお話が特に面白かった。

夕食は越前そば処「越前屋」のそば職人桶谷則雄氏の手打ちそば会席料理を食べた。わざわざ日本から飛行機でやって来てくれるのだから、飛鳥Uはすることが違う。そばは固くて美味かったが、味がうすいと思ったのは、私の味覚がおかしいのかもしれない。そう言えば、最近フォーシーズンズの料理も味がうすめになってきているような気がする。塩分制限をしている乗客からクレームが出たと思うのはうがち過ぎだろうか?

<メール>

◆MH | 3 Jun 2007 21:58:47
*ヨーロッパ全般
・トイレの高さ
ヨーロッパに着いた日本人が最初に受けるカルチャーショックがトイレの高さと何かで読んだ覚えがありますが、国別の高さの分析は大兄の航海記が初めてです。ラテン系とイギリス人では確かにイギリス人のほうが大男が多いように思います。では反比例かといえば、4年前に行った北欧はトイレが高かったです。

同行の同級生に一寸したパニックが起きましてね。お前たちは小さいのだからジャンプでもしたら、と言って恨まれました。日頃の憂さはこういうときに晴らすに限ります。

・小澤幹雄さん
兄さんの征爾さんと同様に大連生まれでしょうか。外地生まれは何となく茫洋としていい感じです。 私の周りにも満州・朝鮮・台湾生まれや育ちがいます。皆さん気持ちの良い人が多いですね。

・越前屋
私、茨城県の袋田の滝の近所で蕎麦打ちの講習を一度だけ受けた者ですが飛鳥Uに呼んで頂けないでしょうか。但し平べったくするのはからっきし駄目で穴ばかり開けています。本領はその前段階の踏むところです。何せ体重がありますからね。


5月27日:フォーマルナイト、ヨーロッパの緯度

昼食時に小澤幹雄氏とたまたま相席となった。征爾氏によく似ていらっしゃるが、人懐っこい気さくな方で、四人兄弟の末っ子でいらっしゃる。私はネズミ、幹雄氏はウシ、征爾氏はイノシシで、同じ世代のため、国民学校をはじめ、敗戦直後の生活など話が弾んだ。

今日は4回目のフォーマルナイトである。最初は気を使い、2回目はちょっと気取ってみたりもしたが、4回目となると、私も妻も、もうメンドクサイというのが正直な気持だ。私にはカジュアルが一番性に合っている。名刺交換も64名になり、一応整理はしているが、こちらも正直煩わしく思うようになり、食事も二人用の席を見つけようとすることが多くなった。

前回ヨーロッパの感想をまとめてみたが、ちょっと対象のレベルが低かったので、今回はレベルアップをして、緯度についてまとめておきたい。

ヨーロッパの国の緯度がかなり高いとは思っていたが、調べてみたら予想以上だったので驚いている。寄港地の緯度は持参の地図によるとだいだい以下のようになっている。これを実感できるように、同じ緯度の日本の地名も調べて併記した。

ヨーロッパ 緯度 日本
リバプール 53度  
ダブリン 53度  
アントワープ 52度  
サザンプトン(ロンドン) 51度 樺太
オンフルール(パリ) 49度 樺太
オデッサ 46度 宗谷
コンスタンツァ 44度 旭川
ボルドー 44度 知床
リボルノ(フィレンツェ) 43度 札幌
マルセイユ 43度 札幌
イスタンブール 42度 函館
バルセロナ 41度 津軽
オポルト 41度 津軽
ピレウス 38度 佐渡
バレッタ 36度 福井

ヨーロッパの寄港地で、一番南にあったマルタのバレッタが福井市の高さで、情熱の国スペインのバルセロナは津軽半島、フィレンツェは札幌、パリ、ロンドンは樺太の中央部に相当するのだ。ビートルズのリバプールや、アイルランドの首都ダブリンは、樺太の北端に対応する。

これまでヨーロッパを旅行する度に、いつまでも明るくて、夜になるのが遅いのが不思議だった。それも、これほど緯度が高ければ当然である。緯度が50数度以上の地域には、白夜が現れるとのことだが、ダブリンやリバプールは、それに近い高緯度にある。ヨーロッパの夜がなかなか来ないもう一つの理由は、夏時間が採用されていて、時計を1時間進めていることも関係している。

ヨーロッパは高緯度の国で、夏の昼が長いということは、冬の夜が長いということである。このことから、彼らが、なぜあれほど太陽を求めるのかが、よく理解できた。

しかし、逆に緯度では説明がつかないことがある。それは気温だ。ロンドンやパリが、樺太中央部に相当する位置であるのに、例えば、5月の平均気温は最高摂氏19度、最低が10度で、日本とあまり変わらない。調べてみると、これはメキシコ湾流の影響によるものだと分かった。メキシコ湾流というのは、大西洋の世界最大の海流で、太平洋の黒潮のように暖流である。海の力の大きさを改めて知った思いだ。

<コメント>

◆投稿 シブチンスキー | 2007年5月31日 (木) 13時47分
各地の緯度と対応する日本の地名、興味深い観察ですね。最初は対応する日本の地名がないのでオヤっと思ったが当然のこと、日本はそんな上まで領地を持っていないのだ。ボルドーが知床でマルセーユが札幌とはヒルマン監督ならずとも、「シンジラレナーイ!」。海流との関係は日本にもあって、新潟市あたりよりも佐渡島のほうが対馬暖流の影響が強くで暖かいと聞く。

あれだけいろいろ楽しんでいるBOWさんなのに、2人席を望んだり、面倒くさくなったりさなっている。その良し悪しは別にして、BOWさんって率直な方ですね。BOWさんの記事が面白いのは率直さにあると分かりました。こちらはヒマでなくなってきたので改名しました。

◆投稿 BOW | 2007年6月 1日 (金) 00時18分
シブチンスキーさん
改名の件しかと承りました。まさか、イソガシスキーさんになられたわけではないでしょうから、ご愛読継続のほどよろしくお願い申し上げます(笑)。緯度のことビックリされたでしょう! 書いた本人がビックリしました。

私が素直かどうかですが、自分と妻のことは素直に書いているつもりで、妻はもうあきらめているようです。しかし、他人のプライバシーに関わることは書かないように注意しています。その点では素直でありません(笑)

<メール>

◆MH | 6 Jun 2007 17:34:40
*緯度
サッポロ ミュンヘン ミルウォーキーというCMがありました。札幌は日本の北の方ですが、ミュンヘンはドイツの南の方です。これが同緯度にあると言うのですから日本、特に本州は西洋人から見ると南のほうにあるのでしょうね。夏に出張したハンブルグでいつまでも暗くならなかった記憶があります。

ロンドンは52度です。昔のカルタに「北緯50度国境」というのがありまして、樺太で52度と言えばもう当時のソ連領です。冬のハイドパークで芝生が青いのですね。これメキシコ湾流の仕業でしょう。

4回目のフォーマルナイト


5月28日:英国という国

英国という国は分かっているようでよく分からない。複雑怪奇とまでは言わないが、とにかくヤヤコシイ。そこで、自分のために、現在の英国についてまとめてみた。

現在の英国は、大ブリテン島とアイルランド島の一部から成っている。大ブリテン島は南部のイングランドと西部のウエールズ、北部のスコットランドに分かれる。歴史的には、イングランドがウェールズ、スコットランド、アイルランドを順次併合し、海外に植民地を建設して、本国と植民地を合わせて大英帝国(British Empire)と称した。その後、北の一部を除いて、アイルランドが独立し、各植民地も独立して、現在の英国に至っている。英連邦(British Commonwealth of Nations)というのは、英国と旧英国植民地から独立した諸国で構成される、ゆるやかな連合体で、50国が加盟している。

私たち日本人は、「英国」とか「イギリス」と呼んでいるが、公式名は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland )」で、略称は「UK(the United Kingdom)」である。

また、英国人とかイギリス人と言うが、「English」というのはイングランド出身者で、ウェールズ出身の者は「Welsh」、 スコットランド出身者は「Scot」と言い、「English」と言われるのを嫌う。「British」と言えば、ウェールズやスコットランドも含むが、北イングランドは含まれない。そこで、連合王国全体の国民を指すことばは、a person from the UK とか a UK citizen しかない。

「英国」というのは、イギリスを江戸時代にエゲレスと称し、「英吉利」と当てたことから来ているとのことだ。なぜ、イギリスというのか、イングランド、イングリッシュとの関係はどうなのか、などはよく分からない。

<メール>

◆MH | 6 Jun 2007 17:34:40
*英国という国
今回、入港は遅れるわ、両替はのろのろと乗船者の不評を買った話を紹介してもらいました。自前の自動車産業は既になく、方々の国に身売りしています。フォークランド戦争は海外に植民地を持ちながら経費に耐えかねて正規空母を全廃した矢先の出来事でした。

一方で大英博物館始め主要な博物館は入場無料。ヨーク市の交通博物館の蒸気機関車の群れは今でも動態保存。毎日石炭を食わせています。日本で唯一の動態保存は梅小路機関庫です。しかし動態は数台あるかなしかです。なにしろ金がかかります。大兄の航海記では英連邦には今でも50ヶ国が加盟しているとか。かのガンジーは「どうしても植民地になる運命なら宗主国は矢張り英国」と言ったそうです。二院制の開祖でもあります。参院など止めてしまえという国が一方にあります。アホかいな。

私どもの元貿易屋にとっては信用状(Letter of Credit)を編み出した国。今でもこれに代わる仕組みはありません。根幹を成すのは人間を見る目の確かさでしょう。人間の良い所悪い所を徹底的に見つめて、対応する仕組みを編み出します。今でも最も商取引したい相手は英国とその眷属(米国、豪州)です。


5月29日:小澤幹雄氏講演、インターナショナルナイト

午前中小澤幹雄氏の「やわらかクラシック(2)」の講演があり、征爾とロストロポーヴィチとの親交や、ボストンでの30年の日々を中心に話された。特に印象に残ったのは、小澤征爾の何ごとにもアクティブに生きる姿だった。また、お母様が、桐朋学園を創設した斎藤秀雄と又従兄弟であり、斎藤秀雄の父は「英和中辞典」を著した斎藤秀三郎であることを知って、わが国のそれぞれの分野での文化の偉大なる存在が結びついていることに感動した。

今夜はインターナショナルナイトが催された。これは、さまざまな国のエンターテイメントを乗客が演じて、楽しもうというもので、出場者募集の案内がアスカデイリーに載ったところで、イタリアチーム(カンツォーネ)に応募した。というのは、飛鳥Uに載ってから、大声を張り上げて歌う機会がない。カンツォーネなら、それができるだろうと思ったからだ。

定員15名で締め切られ、出場を許されて、頂いた案内文によると、曲目は「フニクリ・フニクラ」、1番目は皆で斉唱、2番目は振り付け中心だという。私は、例えば「帰れソレントへ」のような朗々とした歌を予想していたが、このような忙しい歌で、しかも振り付けまですると知って、できれば辞退したかった。しかし、それも男らしくないので、しぶしぶ練習に参加した。

私たちイタリアチームのメンバーは女性10名、男性5名の総勢15名で、指導はクルーズスタッフの元気な二人のお嬢さんである。最初はどうなるのかと思うできばえだったが、3回の練習で少しづつ慣れて上達して行った。まるで幼稚園のお遊戯会のような振り付けだが、年を取ればこどもに戻るというし、このぐらいのことしかできないのだから、なんども間違いながらマスターをして行った。

カンツォーネで応募したと言うのに、皆の声は小さく遠慮がちである。私が好きなだけ声を出せば、目だってしまい、反発されそうに感じたので、練習中は4割くらいの声に抑えておいた。

当日のリハーサルの会場は、本番と同じギャラクシーラウンジ、プロのエンターテイナーが使う舞台である。これまでなかったマイクが、4台並べられている。たくさんの照明が取り囲み、正面の操作室では、いろいろな指示や打ち合わせが飛び交っている。嬉しくなって、もう目立っても構わないと、8割くらいの声で歌った。ほかのメンバーも、いつもより大声を出しているようだった。振り付けも間違わず、うまくまとまった。

指導してくれた二人のお嬢さんは、今日が一番素晴しいと感心してくれる。これが本心なのか、激励のリップサービスだったのか分からないが、私は本心と解釈した。激励だとしたら、その効果は抜群だった。

本番では、服装は女性が白い上着に黒のスカート、男性は白のズボンに支給された赤、青、緑、黄色の太い縦じまのシャツを着た。男女とも、身体に緑または赤のスカーフを付け、手には反対の色の赤または緑のスカーフを持って勢ぞろいした。出番まで、楽屋を使い、小道具に囲まれ、もうプロ気分である。

こんどは大声を上げて、思う存分歌おう、目立っても構うものかと、9割くらいの声を出した。爽快である。嬉しくなって、客席にいらっしゃる知人に向かって、オーバーに赤のスカーフを振りながら、舞台を半周し、振り付けの場面を楽しんだ。イタリアチーム応援の観客は、イタリア国旗の小旗を振って応援してくれる。リハーサルよりも上出来だった。司会者に感想を聞かれたスタッフは、本番が最高と手放しで喜んで答えている。どういうわけか、私にもマイクが向けられた。

「楽しかった。けれど、ちょっと恥ずかしかった」と殊勝に答えたら、「恥ずかしいなんて、嘘でしょう、大きな声でガンガン歌っていらしたですよ」と言われる。なんでそんなことを知ってるのかと、質問者をよく見たら、私たちの指導スタッフのもう一人のお嬢さんだった。そういえば、大きなつけ鼻と眼鏡に口ひげをつけて、この人は私の隣で、小さな声で歌っていたのだった。

この日のプログラムは1)ベリーダンス(トルコ)、2)フォークダンス(ギリシャ)、3)カンツォーネ(イタリア)、ビートルズリズム隊(イギリス)、5)ミュージカル・マンマミーア(アメリカ)だった。それぞれが特訓を受け、楽しいお遊戯をご披露した次第である。終了後、それぞれのチームごとに、写真撮影が行なわれた。私たちチームへのご褒美は、首からつりさげることのできるボールペンと、使った赤と緑のスカーフで、縦じまシャツは返却した。

航海中の日が続くと、このような催しをして、気分転換が図れるように、船の方で心配りしてくれているようだ。部屋に戻って間もなく、記念写真入りの礼状が部屋に届いた。その中に、キャプテンのにこやかな顔も写っている。キャプテンもお忙しいことだ(笑)

今日で航海8週目を終えた。56日が過ぎたことになる。残りは45日となってしまった。間もなくNYだ。はじめて訪れるので楽しみだ。

<メール>

◆MH | 6 Jun 2007 17:34:40
*小澤幹雄さん
桐朋の斉藤秀雄は小澤家の親戚ですか。知りませんでした。英和中辞典は斉藤秀雄の親父の作ですか。何かをなす血筋があるのかも知れませんね。

*インターナショナルナイト
多分に茶目っ気のある大兄のこと。一旦乗るとどこまで行ったか知らん。周りが驚いたでしょうね。わたしゃ驚きません。おお、やったかぁ という所です。かくて乗船者は打解け合い、下船の時には再会を約す事になります。映像が完成したら野村家には客が押しかけるのではと思います。

インターナショナルナイトにイタリアチームで出演


5月30日:タイタニック号沈没現場、氷山が漂流

キャプテンの朝の船内放送で、タイタニック号沈没現場近くを通過するとの情報とともに、氷山が本船の300km前方にあり、充分に注意をして航行しているとの話に正直驚いた。一つは、沈没現場がNYの間近かであったこと。もう一つは、今でも氷山がこの近くまで漂流していることだった。キャビンのTVで現在の航路図を見ると、ダブリンとNYの間の、NY側に30%近い位置である。書物で調べると、タイタニック号は北大西洋ニューファンドランド沖で沈没とあるが、航路図ではニューファンドランド島より600kmも南で、ほぼNYの緯度に当る。そして、現在も氷山が近くにあるという。

タイタニック号の映画は見たが、もう一度見たいとは思わなかった。しかし、このクルーズで、あの船がリバプールで建造され、サザンプトンから出港し、大きさが4万6千トンで当時世界最大の客船だったこと、飛鳥Uもほぼ同じ大きさの5万トンで、リバプール、サザンプトンを寄港して来て、遭難現場の近くを航海している。そして、96年後の今も、前方に氷山があると知ると、タイタニック号遭難が急に身近に感じられるようになった。

夜は、シャブリを開けるので付き合ってくれないかとのお誘いを頂き、アルコールは会話が最高の肴であることを改めて確認できた楽しい夕食だった。つい、ビール飲みしてしまいそうになるのを、監視役がしっかり見張ってくれているので、ご機嫌なまま無事終了した。ワイン音痴の私であるが、このワインはさっぱりとした辛口で、飲みやすかった。

<メール>

◆MH | 8 Jun 2007 11:36:18
一寸油断したら飛鳥UはNYに着いて出港。今はもうバハマ。どうも失礼しました。

*タイタニック
NYの緯度といえば大体北緯41度。沖に氷山があると聞いてびっくり。道理でNYの冬は寒かったです。ロシアより骨身にこたえました。96年前に5万トン近い客船を作った英国の工業力は文句なしに世界一だったのでしょうね。


5月31日:久し振りの快晴

ダブリンを出港してから、3個の低気圧に見舞われ、船の揺れは大きく、船酔い続出のようだった。幸い、私たち夫婦は船酔いにならず、ありがたかった。よくメニエル症候群で目を回していた妻が、ここでは大丈夫なのだから、分からないものだ。私の好きなグランド・スパも、中央の大浴槽は、湯が浴槽から飛び出して危険なので、水を抜かれている。両サイドのジャグジー風呂はいつも通りで、入浴に差し支えはないが、真中が湯なしでは、異様な感じがする。

今日はその3つの低気圧を乗り越えたので、久し振りの快晴で気持が良い。海、空、雲のどれもがこんなに美しいとはちょっとした驚きだ。やはり快晴は良い。水平線近くに、見たことのない形の雲がたくさん並んでいる。それを見て妻は「イレウスの水平像に似ている」と言う。そういえば、確かに、イレウス(腸閉塞)の時のレントゲン写真の特徴的な形にそっくりだ。しかし、それではあまりに情緒がない。長年私のアシスタントをしてきたので、即物的になってしまい、詩的な発想ができなくなったとしたら、責任は私にあるのかも分からない。


6月 1日:小澤幹雄氏の3回目の講演

朝6時半に目を覚ますと霧で視界がまったく不良。このような霧はクルーズで最初の経験だ。飛鳥Uもずいぶんスピードを落としている。朝食を終えた頃には霧も消えていたが、ダブリンを出てから天候にはあまり恵まれていない。

小澤幹雄氏の3回目の講演が終わって、偶然先生と一緒になり、ビストロというカフェでお話をして、昼食もご一緒した。2回目の講演で、小澤征爾氏が桐朋学園を創設した斎藤秀雄氏とご親戚で、その父は「英和中辞典」を著した斎藤秀英三郎であることを知った。その時、英文学者と音楽家というまったく違う分野で超一流の人物が生まれた理由は何だろうかと疑問に思ったと申上げたら、「征爾は、斎藤親子には優れた分析力と総合力がある。英文学者の斎藤秀三郎はもちろん、斎藤秀雄も、ものすごく分析をし、理論立てる先生だった。分野が違ってもその点では同じだったと述懐していたことがある」と話して下さった。それにまったく納得をした。

<コメント>

◆投稿 さくら38 | 2007年6月 1日 (金) 16時18分
お元気でご旅行なによりです。しばらく東京に行っている間にたくさんの書き込み、読んでいるだけでもすごいのに、いろいろ詳しくただただ驚きばかりです。私の体験、友達からの話、そしてBOW先生のブログと私の頭の中では濃密なる旅をしている気分です。かなりの所を回られてまだ後45日、どうぞお体を大切に(いらぬ心配でしょうか)。これからも楽しみにしています。

◆投稿 BOW | 2007年6月 1日 (金) 22時27分
さくら38 さん、こんにちは!
航海記お読みいただき嬉しいです。明日早朝自由の女神の横を通って、ハドソン川を遡り、NYの90番岸壁に7時に着岸予定です。ちょうど50Streetあたり、絶好の場所です。出港が翌日午後11時なので、船上から摩天楼の輝きを撮影できそうで、楽しみです。

<メール>

◆MH | 8 Jun 2007 11:36:18
*ふたたび小澤幹雄氏
ことをなすには分析力と総合力ですか。確かにこの二つが揃えば鬼に金棒。しかしこう分析できる征爾氏も偉大ですね。


<2007.8.15.>

ホーム > サイトマップ > 旅行 > 飛鳥U世界一周2007航海記 > 6.大西洋2   このページのトップへ

7.ニューヨーク、中米、パナマ運河へ