注 右端に注意して御覧下さい。 →→→
行った日:2015/3/27
宝ヶ池とは? その5(最終回)
宝ヶ池の西の端から出発した今シリーズ。脇道もいっしょにまとめると
その1:本筋 宝ヶ池 → 岩倉川 → 高野川
2014/9/12
その2:脇道 高野川山端橋から東山の麓を用水路沿い 2014/9/12
その3:脇道 東山を北東から尾根沿いに池の西端まで 2014/9/12
その4:本筋 高野川 山端橋から出町柳 2015/3/27
とアチャコチャ、パラパラ2日間に渡って歩いたのであった。
今回はいよいよ最終回。残りの大物、宝ヶ池で貯めた水の消費地を訪ねる
のであった。農業用水やから当然田んぼなんだが、それが・・・・・・・・
◎ その2の用水路が分かれるとこから出発し、終点の「出町柳」を目指す。
地図では⑤の赤い線で示す所を歩いた。時間は2~3時間と知れている。
図に丸しているとおり、テーマが3つある。
■その2で行った用水路が分かれる所から
地点103 このコンクリートの下で分かれる。 地点104 まさに春の小川。
地点105 分流されて別の水路へ 地点106 水路は当分西へ流れる。
地点107 左手の道路は北山通。 地点108 右手に立派な屋敷が続く。
地点109 山際に以前行った大黒天がある。 地点110 水路は道路の南側へ。
地点111 流れが北側に戻る。水がきれい。 地点112 屋敷続く 。
地点113 左手道路と水路分かれる。 地点114 宝池自動車教習所。
地点115 この道の下に暗渠。 地点116 北山通。この辺のメインドーロ?
■北山通を越え南に向かう
地点117 方向は南に変わる。 地点118 暗渠から出てくるのはこれか?
地点119 教会の施設が見える。 地点120 南方向。水はまだきれい。
地点121 一般的な住宅地だが敷地の大きいのも結構多い。 地点122 蔵!
地点123 通行人あり。橋は北泉通。 地点124 上流で分かれた水が合流か?
地点125 、地点126 水道局の施設。取り入れてるのか?出してるのか?
少し東の方に松ヶ崎浄水場があるが関係あるのか?
■疏水との交差点、どないなってますのや?
川と川が交差したら流れの関係おかしくならへんのかな?実際見てきた。
地点127 あの橋のとこかな? 地点128 おやっ?ヘビみたいな変なものが。
・・・・・・・そうなんです。ここが泉川と疏水の交差点なんであります。
地点129 疏水、東方向。 地点130 疏水、西方向。ヘビの正体はこれ。
地点131 泉川、上流(北)方向。 地点132 泉川、下流(南)方向。
地点133 南東方向。左は疏水、右は泉川。 地点134 西方向。
地点135 以上まとめると、こんな感じ↓ ヘビ1本が妙な活躍しているような・・・
用水路(泉川)は上流の方で何カ所か分かれていたから、その戻り水が上の
ように東から来ているのかも知れない。
■下鴨神社までもう少し
ここからしばらくは、ほぼ道の脇を流れ、カクカクと京都の街路と同じく直角に
進み南下している。また、下鴨神社に近づくと曲線の度合いが増して来る。
つまり、カクカクのとこは道路と一緒にきれいに工事しちゃった、ということでしょう。
地点136 、地点137 この辺りは敷地の大きい屋敷が多い。
地点138 公園が近いせい?空き缶多数。 地点139 「掃き溜めにカモ」
座布団1枚?
地点140 北大路通が見える。暗渠に潜る。 地点141 通りを渡ったところ。
更に南方へ。
地点142 、地点143 この辺で宅地の間を進み、また水路が細くなる。
地点144 蕪庵菜館。ほぼ和風の庭、寺みたいな建物で広東料理。はるか昔、
一家そろって行った覚えがある。もう40年以上になるかね。夕方明るいうちから
出かけたのを覚えている。まだやっていたんだね。 地点145は場所不明。
地点146 北浦橋から下流。 地点147 まつのきばしから下流。
地点148 下鴨神社の塀が見える。 地点149 塀の下をくぐって中へ流れこむ。
■いよいよ下鴨神社へ
そもそも1000年以上の歴史を誇る下鴨神社と、作られて200年余りの
宝ヶ池や用水路(泉川など)との関係はどうなっているのだろうか?
こういう疑問は後の宿題としておき先を急ぐことにする。
地点150 川は塀の中を。 地点151 塀から出てる所。ゴミが引っかかってい
る。川が街を通ればゴミはどうしても流れてくる。こういう努力が要るのでしょう。
地点152 川は道路からのぞける。 地点153 ここから壁になり川と離れる。
地点154 ここから西向きに折れる。神社の中へ進む。 地点155 敷地の
中央付近にある「南口鳥居」だ。本殿はこの奥、北方向へ進む。
地点156 楼門 地点157 御手洗池(みたらしいけ)。池に湧き
出る水あわをかたどったのが「みたらし団子」とのこと。というありがたい所。
地点158 御手洗池からの流れ。 地点159 続いて本殿などがある所
から出てくる水路。→泉川の西を流れる「瀬見の小川」へ続く。
地点160 泉川(その1)。 地点161 泉川(その2)。表参道の東側を流れる。
地点162 瀬見の小川(その1)。 地点163 瀬見の小川(その2)。
写真は北向きで撮っており、川より右が表参道、左側が葵祭前の5月3日に
行われる流鏑馬(やぶさめ)用の「馬場」らしい。
■下鴨神社を出ていよいよ流末へ
地点164 石が積んであった。持って帰ってよい? 地点165 泉川
地点166 泉川が参道下を潜るところ。 地点167 家庭裁判所の敷地へ。
もう1本あった瀬見の小川もこの敷地に入っている模様。(地図参照)
地点168、地点169 ここが神社の最南端。「賀茂御祖神社」と書いてある。
地点170 泉川と瀬見の小川の交差点。裁判所の中で一旦合流しまた分かれ
てこの交差点に出てくる。写真で右方向は高野川へ、左方向は鴨川へ流れ込む。
地点171 (右の写真)は鴨川への暗渠。
地点172 向こうに鴨川と出町橋が見える。 地点173 鴨川への流出口。
地点174 泉川の続き。 地点175 日本映画草創期のスーパーヒー
ロー尾上松之助の胸像がこの葵公園内に建てられている。そもそも京都は
この明治末から大正期には日本映画のメッカの1つであった。有名な太秦撮
影所をはじめ大将軍撮影所など各社の撮影所があったとのことである。歌舞
伎役者の松之助は、チャンバラ映画全盛時代のスーパーヒーローという訳で
ある。なお、ワタクシは松之助はぜんぜん知らないが、時代劇全盛時代の名
残というか雰囲気はよくわかるのであった。以上オッホン。
地点176 泉川の続き。 地点177 いよいよ泉川の流末ということであります。
一巻のオシマイ
■■■ 宝ヶ池編のオシマイにあたって ■■■
まとめ
①現地行った日 2014年9月12日、2015年3月27日
計2日だけ(すんばらしい効率)
②解ったこと・わからんこと
1.宝ヶ池は松ヶ崎の農業用水のために作られた人工池。
2.貯めた水は一旦岩倉川へ流して、下流の高野川の井出ヶ鼻堰で
取り込んでいる。
3.しかし農地はほとんどなくなっており住宅地になっておった。一部
山際に田んぼがあった。
4.じゃ、何のための用水路なのか?いわゆる「環境用水」ということ
らしい。(わかったようなわからんような)
5.じゃ、だれが管理してるんかね?水門の開け閉め、お掃除など結構
な労力だが。組合やろか、市やろか。(不明)
6.用水路(泉川)と疏水との交差点での水の交通整理の仕方がわ
かった。
7.終わりの方で用水を取り込んでる下鴨神社はどういう立場なんだ
ろうか?神社の方が歴史が古いので大昔は水をどうしていてのか?
※ 以上、疑問点多数でありますが、ここで急いで追求しようとしないのが
いいところ。(年の功とも言う?)ボチボチ暇があったらやりませう。
以上にて一件落着でおます。 2015年8月11日
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