リタイヤ後の我が家の最大のイベントの日を迎えた。息子夫婦の招待で一泊二日で伊豆・箱根に遊ぶことになった。同居の娘も同行することになり、我が家の初めてのフルメンバー旅行である。
 私の手になる綿密な計画表に従って同居の全員が朝5時に起床した。数少ない三島駅停車のひかり号に乗車するためである。マイカーを最寄り駅のパーキングに留め在来線で新大阪に向かう。7時30分発のひかりは予想に反してガラガラだった。生憎の雨模様である。新幹線からの富士山の眺めは望むべくもなかった。
 三島駅で息子夫婦が迎えてくれる。息子運転のマイカーに乗車し、数分で彼らのマンションに到着。2LDKの最新設備の整った住まいである。小一時間くつろいだ後、沼津漁港の魚河岸食堂街に向かう。ガイドブックでも紹介されていた海鮮料理の店「かもめ丸」に入る。うにイクラ丼、ぬまづ丼、かきあげ定食などをオーダーした。ご当地丼のぬまづ丼は他では味わえない絶品だった。新鮮な桜えび、生シラス、アジが、干物の炊き込みご飯の上にたっぷりのせられた丼である。
 昼食後、伊豆半島を一路南下し中伊豆の修善寺に向かった。小山を借景とした風格のある修善寺を参拝し、足湯を愉しめる独鈷の湯、竹林の小径、鎌倉幕府二代将軍・源頼家の墓、頼家を弔うため母・北条政子が建立した指月殿と順次巡った。狭いエリアに多くの史跡が点在する「伊豆の小京都・修善寺」は、新緑の木々と桂川の清流に彩られた情緒豊かな温泉街だった。 
  狩野川沿いの国道を南下し天城に入る。30分ばかりで浄蓮の滝に着いた。国道沿いのパーキングから急な階段を数分かけて降りた。突然、水爆が目に飛び込む。折りからの雨が水量を増やし落差25m、幅7mの滝を一層迫力ある姿に変えている。更に南下し、カーナビの指示に従って途中で細い砂利道に入る。しばらく走ってようやく次の目的地・旧天城トンネルに着いた。小説「伊豆の踊り子」の舞台でもあり、私にとってはTVのサスペンスドラマでしばしば目にする場所である。1905年完成の長さ446mの石造りトンネルは重要文化財に指定されているとのこと。ここからUターンし箱根に向う。途中、「道の駅・天城越え」に立ち寄る。早速、家内はご近所や職場の同僚へのお土産用のわさび漬けを買込んでいた。  
 天城から車で約2時間で箱根の最初の訪問地・大涌谷に到着。小雨の中を硫黄の匂いのたちこめる遊歩道を登ると、火山活動の名残りを留める白煙が噴出す荒涼とした大涌谷の景観が迫ってきた。
 今日宿泊の「小田急・山のホテル」には午後4時半頃に着いた。芦ノ湖畔に建つ広大な庭園に囲まれた格式のあるホテルのようだ。案内された部屋の窓からは芦ノ湖が一望できる素晴らしい景観が広がっていた。着替えを済ませ早速大浴場で旅の疲れを癒す。息子と同じ湯船に浸かるのは20数年ぶりだろうか。露天風呂の泡立つ浴槽で久々に互いの近況を語り合った。用意された個室で夕食をとった。飲酒派は私と娘の二人だけである。空気を読む限り二人で1本のビールが限度だった。11品の懐石料理が時間をかけて出てくる。ここでは我が家の早食いの家風は許されない。食事とは会話を愉しむものだと知らされた。
 食後は風呂好きな家族たちは、再び大浴場に浸かりマッサージチェアに身を委ねたりして過ごした。かくして記念すべき1日が終わった。
 体内時計の命じるままに今日も5時に目が覚める。同室の家内と娘を起こさないようそっとベッドを抜け出し着替えと洗顔を済ませる。ホテルの玄関を出ると初夏の早朝の冷気が包んだ。曇り空ながら雨は止んでいた。ホテルの500mほど東にある箱根神社に向う。左右を杉並木がそびえる階段の参道を登りつめると朱塗りの本殿が荘厳な佇まいで迎えてくれる。杉樹林の中の境内の静けさと荘厳さに身が引き締まる。
 ホテルの部屋に戻る。同室者たちは朝風呂の仕度に余念がない。窓外の景色を眺めた。北西の雲間に見覚えのある造形が目にとまる。「富士山やッ」。思わず発した。雨模様の天候続きですっかり諦めていた名峰が突如その姿を現わしたのだ。初めて間近に眺める富士の姿に母娘も感嘆の声を上げる。和食の朝食を済ませチェックアウトする。全ての費用が息子のカードで決済される。思い切った散在だったに違いない。感謝とともにあらためて我が家が辿り着いた幸せな一里塚を想った。  
 ホテルを出てまもなく国道1号線沿いに箱根旧街道杉並木があった。車を降りて散策しながら江戸時代の旅人気分をチョッピリ味わった。雨が止んで富士山展望の一縷の望みを託して駒ケ岳ロープウェーに乗車することにした。箱根園から9時過ぎの始発のロープウェーに乗り込んだ。早起きの中高年のハイキンググループが一緒だった。箱根園から海抜1327mの駒ケ岳山頂までを約7分で結んでいる。上昇するにつれて霧状の雲が覆ってくる。期待も空しく富士の姿は雲間の彼方である。足元の深い緑の樹林と芦ノ湖の水面の美しさがどんどん広がっていく。展望台から眼下の眺望や山頂の箱根元宮の遠景を眺める他はすることはない。登ってきたゴンドラが折り返すのを待って乗車した。私たちだけの貸切のゴンドラから見る下りの風景は格別なものがあった。
 箱根園から次の目的地の箱根関所跡まで遊覧船で行くことにした。片道航路の乗船にはドライバー役の犠牲が必要だった。息子を除く4人が乗船した双胴船の大型遊覧船はこれまた貸切だった。海賊船タイプの遊覧船に客足を奪われている。早晩この船会社の経営は行き詰るに違いない。駒ヶ岳の威容、湖畔の山のホテルの全貌、行き交う海賊船等、約20分の湖上からの景観を満喫した。
 関所跡港桟橋で待つ息子と合流し、復元された関所跡を見学した。ここから我々夫婦だけが乗車する箱根登山鉄道の小涌谷駅に向う。駅でこれから御殿場プレミアム・アウトレットに行く子供たち3人と別れた。
 箱根登山鉄道の小涌谷から箱根湯元まではスイッチバック方式のジグザグ運転が続くのんびりした電車旅だ。

鎌倉 日光