'09年10月例会 52歳、転進先は「民藝」の世界
■「大阪日本民芸館の活動と取組み」をテーマに10月例会が開催された。千里・万博公園内にある「大阪日本民芸館」の長井常務理事が講師だった。紹介者の川島代表幹事から講師紹介がある。講師の長井さんとは同じ「小松左京を囲む会」のメンバーということだ。
■スピーチは一風変わった講師の略歴紹介から始まった。
 「富山県高岡市の『狼村』というおどろおどろしい名前の村の出身である。慶応大学卒業後、大手生保会社に入社しサラリーマン人生をスタートさせた。平成4年に不動産鑑定士の資格を取得したが、当時の受験仲間を中心に異業種交流会『関西の今後を考える会』をつくった。会は現在も続いており例会開催は170回を数える。2年前に関西財界企業の出資先である『財団法人・大阪日本民芸館』に転身し、民藝の世界でのゼロからのスタートとなった。直後から京都造形芸術大学通信教育学部に入学し、今年4月に博物館学芸員資格も取得した。出身の富山県は、柳宗悦や棟方志功ゆかりの地でもあり、複数の民芸館がある民芸の盛んな県だとあらためて知った。富山県人の粘り強さというDNAを自分でも引き継いでいると思う。富山のこうした縁をバネに民芸運動に人生の仕切り直しのつもりで取り組みたい」。
■ところで「民芸」については、私自身も知っているようでよく分かっていない漠然としたジャンルである。その辺りも心得たかのように講師から「民芸とは何か」の解説がある。
 「民衆的工芸の略語である。宗教哲学者にして民藝運動の提唱者である柳宗悦は次のように定義している。@実用性A無銘性B多量性と廉価性C地方性D協業性の5点である。また柳宗悦は日本各地の焼き物、染織、漆器、木竹工など無名の工人の作になる日用雑器を発掘し、世に紹介することに努め、日本民藝館を開設した人物である」
■話は大阪日本民芸館の紹介に移る。
 「1970年の大阪万博のパピリオンとして建設され、翌年に大阪日本民芸館として開館した。モノレールの万博公園東口駅から徒歩8分の所にある。駐車料金も必要で入館料も700円と安くないこともあり、来館者の絶対数が少なく厳しい環境にある。それでも着実に入館者は増えており昨年は1万人を数えた。展示方法は一切の解説を排し生の作品を見てもらうというユニークな展示方法を採っている。宗悦の言葉である『見た後で知れ、知ってみるな』の実践でもある。ミュージアムショップでは質の高い民芸品をリーズナブルな価格で販売し、宗悦の思想の実践を心掛けている。友の会を中心としたイベント運営や絞り染め、お茶、写真の同好会を通じて質の高い文化活動を実践している。現在、『民藝の巨匠たち』の秋季特別展を開催している。自分自身この仕事について初めて民藝の世界を知った。奥深くて面白いというのが率直な実感である。ぜひ一度来館して特別展で民藝に触れてほしい」と結ばれた。
■参加者に配られた資料には特別展の招待券と割引券が添えられていた。来館者数を増加させたという財団法人の経営者としても営業マンとしても有能さを感じる。「民藝」の伝道者としての自負がその裏づけなのだろう。ビジネスの世界からかけ離れた舞台への52歳にしての転身である。そこに生涯をかけられる魅力とやりがいを見出し、学芸員の資格まで取得してしまうほどの情熱を傾ける。厳しいがやりがいのあるビジネス人生を手に入れた講師の情熱と努力が感じられ、時間の経過を感じさせない魅力的なスピーチだった。
■今回の参加者は、川島、日高、森、盛田、竹内(賢)、筧田、岡山、金本、小川、奥野、桑田の11名の皆さんだった。