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第四部 ユーロの壮大な実験 | ||
■1999年1月1日、ヨーロッパの通貨統合がスタートした。ヨーロッパの新たな時代の幕開けである。ユーロの誕生は、アメリカに対抗しうる強力な経済圏の出現を意味する。参加11ヶ国の人口は、2.9億人、国内総生産は6.3兆ドル。アメリカの2.7億人、7.8兆ドルに十分肩をならべられる規模である。 ■巨大な経済圏の誕生を、ヨーロッパの多くの企業はビジネスチャンスととらえている。通貨統合で勢いを得た企業が、更に世界を目指し始めた。昨年11月にはドイツのダイムラー・ベンツがアメリカのクライスラーと合併した。ドイツ銀行はアメリカの投資銀行バンカース・トラストを買収した。相次ぐ合併、吸収はグローバル市場でアメリカと競い合うヨーロッパ企業の戦略でもある。 ■ここで番組は、ヨーロッパ通貨統合にいたる道のりを追う。1992年、アメリカの投機筋はヨーロッパの弱点を突いた。欧州通貨危機だ。各国の通貨が次々に売り浴びせられた。特にイギリス・ポンド、イタリア・リラ、フランス・フランが狙い撃ちされた。ヨーロッパ経済は大混乱に陥った。 「何とか通貨を安定できないか」危機に巻き込まれたフランスのミッテラン大統領は通貨統合への決意をあらたにした。統合へのシナリオを描いたのは大統領の特別顧問ジャック・アタリ氏だった。アタリ氏へのインタビュー。「通貨統合。政治の統一。東ヨーロッパやトルコへの拡大。これが実現できれば、21世紀にヨーロッパはアメリカをしのぐ大国になれる。」 しかし彼がが目指したのは第二のアメリカではない。アメリカとは異なる独自の資本主義だ。「アメリカの資本主義は一部の人たちのものであり、一人一人はバラバラだ。ヨーロッパの資本主義は人々が連帯感を持って生きていくことを大切にする。」 ■しかし市場経済のグローバル化の流れの中で、ヨーロッパの企業もまた競争と効率化の流れに呑み込まれようとしている。合併、吸収が相次ぎ、採算の悪い事業からの撤収の余波が労働者と地域社会を巻き込んでいる。雇用を脅かし、企業城下町に深刻な影響を及ぼしている。リストラによる失業者が増え続けている。人々の不安と苛立ちは、ヨーロッパ各地に広がり、そのうねりは政治の地殻変動に繋がっていった。 1997年、フランスは保守政権から社会民主主義のジョスバン政権に移行した。1998年、ドイツでも社会民主主義のシュレーダー政権が誕生した。現在ユーロに参加する11ヶ国のうち実に9ヶ国が社会民主主義が参加する政権である。 ■1998年12月、EU首脳会議は21世紀に向けたヨーロッパ再生の戦略を打ち出した。その柱は、各国が結束を強めて通貨統合を成功させることであり、そして失業問題を解決することであった。 サンテールEU委員長は語る。「我々は市場経済を追求する一方で人々がともに生きていく社会をめざし、双方を両立させていきたい。特に『社会の連帯』という側面を抜きにはヨーロッパを語ることはできない。」 ■世界の基軸通貨として君臨してきたドル。現在ドルは世界の外貨準備の60%近くを占めている。今後の政治、経済の情勢いかんではドルからユーロへ各国の外貨準備の割合を変える動きも予想される。すでに中国は外貨準備の中でユーロの割合を高めると表明している。アメリカと異なる独自の資本主義を目指すヨーロッパ。通貨統合という壮大な実験にヨーロッパの理想実現の成否がかかっている。 再びコメンテーターの登場である。 【レスター・サロー教授】 ・ユーロの登場で大きな変化が起こる。戦後初めてドルに対抗しうる通貨が出現したのだ。ドルが気に入らなければユーロというもう一つの選択肢ができたのだ。 ・もしドルが基軸通貨でなくなればアメリカはこんなに巨額の貿易赤字を抱えてはおれない。基軸通貨は貿易決済に使われる。他の国なら赤字分はドルを借りて支払わなければならないがアメリカは必要なだけドル紙幣を印刷すればよかった。しかし基軸通貨でなくなればそうはいかない。 【ベーカー元アメリカ国務長官】 何か事が起こるとドルの出番がくる。アメリカ経済の強さがドルに向かわせる。それは200年にも渡るアメリカのシステムからくる信用だ。いざとなればドルしかない。ユーロが導入されても世界の基軸通貨としてのドルの地位はまだまだ続くと確信している。 ■ユーロが将来ドルと肩をならべる基軸通貨になった場合、現在巨大な貿易赤字や経常赤字を抱えるアメリカ経済の脆さが表面化する可能性がある。そのことが世界経済の不安材料となる。 これからの世界経済の行方と目指すべき方向性について4人の識者のコメントである。 【ベーカー元アメリカ国務長官】 ・世界のどんな国や地域でも「自由な市場」が国に富をもたらす、つまり経済を成長させ繁栄させるということが証明された。 ・政府が介入するシステムを採った国では成長もなく経済は停滞したままだ。 【作家・フォレステルさん】 ・本来一体であるべき社会や政治からかけはなれた経済に自分の人生を委ねることはできない。 ・投機にとりつかれた人達が一喜一憂するのは勝手だがそれが私たちの生活を脅かすなら私たちから遠ざけなければならない。 ・私はヨーロッパが好きだ。そこには知性の輝きに満ちた理想がある。それは投機家の金儲けの論理とは次元の異なるものだ。 【マハティール・マレーシア首相】 ・ドルとユーロの拮抗が予想されればされるほど、アジアの結束、とりわけ日本の円の果たす役割が重要だ。 ・日本には資金的にも技術的にも我々の成長を支援してほしい。 ・円ももう一つの基軸通貨になるチャンスがある。基軸通貨が増えれば増えるほどドルに今ほど依存しなくてすむ。 ■しかし、円が国際化し基軸通貨の一翼を担えるためには国際取引の中での円の使い勝手をよくすることはもちろん、円を支える日本経済の再生が不可欠だ。そのためには何よりも日本の不良債権のすみやかな処理が欠かせないとサロー教授は説く。 【レスター・サロー教授】 ・日本経済のファンダメンタルズはしっかりしている。教育水準、勤勉さ、貯蓄率。どれをとっても優れている。問題はそうした強みをシステムの中でどう活かすかということだ。 ・日本の危機の本当の問題は不良債権の処理に本気で取組む人がいないということだ。処理には相当の痛みが伴う。しかし遅ければ遅いほど痛みが増す。早いほどよい。シェークスピアのマクベスの言葉。「それで事がすむなら早くやってしまった方がよい。 ■一昨年以来の金融危機の中で、何とか世界恐慌を回避できたのは何よりもアメリカの3度に渡る利下げが最悪の事態を防いだのだと考えられている。1999年の世界経済を支えるためにはアメリカ経済の活況と日本の景気回復が欠かせない。同時に市場経済が世界のほぼすべてを覆うようになった今、そこから生まれるマネーの暴走をどう制御するかが大きな課題となってきた。 20世紀、人類が様々な試行錯誤を経て手にいれたグローバル・キャピタリズムは完成にはまだ程遠い。その荒々しさをどう改めていくか。様々の試みが行われている。そうした中で日本は一刻も早く不況を脱して、日本の文化にもとづくそして世界に通用する日本型資本主義のモデルをつくっていく必要があるのではないか。 |