プロローグ
元旦の夜7時15分。NHKスペシャル「資本主義はどこへ行くのか・マネー時代の選択」を観た。
見応えのあるそして考えさせられる番組だった。グローバル経済にまっしぐらに突き進んでいる世界経済の光と影。そのどちらかといえば影の部分をフォーカスしたドキュメントである。インタビューに応じた登場人物も超豪華版!サスガやせても枯れても経済大国「日本」の国営放送の取材である。「ジェームス・ベーカー」元アメリカ国務長官、「マハティール」マレーシア首相、フランスの女流作家「ビビアンヌ・フォレステル」さん、「レスター・サロー」マサチュセッツ工科大学教授といったそうそうたる面々である。


第1部 マネーの暴走
■「この1年半、世界はマネーの奔流に振り回された」というイントロのメッセージ。番組は、タイのバーツ危機に始まりアジア、ロシア、中南米からアメリカに至る「マネー時代の危機の連鎖」を追う。
■舞台はニューヨークから始まる。マネーの心臓部・マンハッタンの為替取引交換システム所をクローズアップ。資金を何十倍にも膨らませるヘッジファンド、デリヴァティヴ取引きというマネー取引きを可能にした文字どおりの心臓部である。
1997年1月、この心臓部から繰り出されたマネーがタイを襲う。実体経済に比べ割高なバーツは切り下げられると読んだヘッジファンドがバーツを売り浴びせたのだ。タイ当局はバーツ買いで対抗。当時のタイ副首相が振返る。「事態は戦争状態だった。我々は相手を知らないのに敵は我々を知り抜いている。我々の動きは完全に読まれていた。」 地球を一周する24時間市場が戦場である。当局のバーツ売りの猛威との戦いの果てに外貨準備が底をつく。当局の支えをなくしたバーツ相場が急降下。バーツが下がるほどに読みが当たったヘッジファンドの利益が膨らむ。ヘッジファンドが語る。「市場の混乱こそが我々にとっての儲けのチャンスなのだ」。そしてマネーがインドネシア・ルピアを襲い、経済危機の中でスハルト大統領が辞任に追込まれる。
■ところが我々は、勝利者ヘッジファンドをも飲込むマネーの猛威を思い知らされることになる。マネーを自在に操っていたはずのヘッジファンドがマネーの暴走に呑み込まれることになった。デりヴァティブ理論の基礎を築きノーベル経済学賞を受賞した二人の学者を擁した最強のヘッジファンド「ロングタームキャピタル社」が経営危機に瀕したのだ。
きっかけは1998年8月のロシアの経済危機だった。ロシアの国家財政は借金が借金を呼ぶ破綻寸前の自転車操業の事態に陥っていた。しかしロングターム社は「最終的にはロシア経済をIMFや先進国が支えるはずだ。決定的に破綻することはない。」と読んでいた。ところがロシア当局は突然、国の借金を事実上凍結すると宣言した。ヘッジファンドの予測を超える事態だった。マネーが市場からいっせいに逃げ出した。ロシアの次はどこか。新興市場の国、中でも財政に不安を抱えたブラジルからマネーが大量に引上げられた。世界同時株安。膨張しきっていたマネーの勢いが急速にしぼんでいった。投資戦略が破綻し、一気に資産を半分近く失ったロングターム社は経営危機に瀕した。
マネーは日本にも襲いかかった。円安株安が戦後最悪の不況に追討ちをかけている。
■交換手段であったマネーが、ゲームやギャンブルに近い投機によって生み出されるものが大半になっている。そのマネーゲームの最先端を行くヘッジファンドのひとつが破綻しかかったとき、アメリカの金融当局は「自己責任の大原則」をかなぐり捨てて事態に介入し、他の金融機関に支援資金を提供させた。マネーの暴走ぶりを物語る出来事っだった。
こうした資本主義の現状をどのように考えればよいのか。4人の識者のコメントである。
【作家・フォレステルさん】
著書『経済の恐怖』で「今の市場経済の流れは誤りだ。失業者を街にあふれさせる経済が健全なのか。」と指摘。
「経済は投機に支配されてしまった。実体経済に関係なく経済が動いている。株式市場だけが好調で、その裏で世界の大半の人が惨めな思いをしている。多くの人が苦しみひとにぎりの人だけが利益をあげている現状は明らかに異常だ。」
【レスター・サロー教授】
エコノミストの立場から危機を分析し、積極的に発言している世界的な論客のひとり。
「投機家はカモシカの群れと同じだ。ライオンを見たらいっせいに逃げ出す。群れといっしょに走る方が安全なのだ。カモシカはその国の事情にはお構いなしだ。彼らが気にするのは自分のお金だけ。グローバル経済の投機家たちはその国の経済が健全なのかどうかはまったく関心ががない。このことを我々は肝に銘じておくべきだ。」
【マハティール・マレーシア首相】
アジアの奇跡と呼ばれる成長を実現した中心人物。1998年9月、自ら世界との窓口を閉ざす「金融鎖国」に踏み切った。
「ひとにぎりの人が利益を得るのでなく、世界中の人が利益を分かち合うシステムでなければならない。投機家たちの活動を押え込む規制が必要だ。投機家たちは、市場の透明性は求めるくせに自分たちは正体を見せないまま怪しげな活動をし我々に甚大な被害を与えている。」
【ベーカー元アメリカ国務長官】
レーガン政権では財務長官、ブッシュ政権では国務長官を歴任。1985年の「プラザ合意」を演出しアメリカの通貨当局が市場を管理する体制をつくりあげた。ソビエト崩壊後、世界中が市場経済に移行する過程で主導的役割を果たした。
「ヘッジファンドは少なくとも監視すべきだ。しかし政府が規制に踏み出すことには反対だ。介入すべきではない。ヘッジファンドが何をやっているかどんなリスクを抱えているかを正しく認識することにとどめるべきだ。」

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