vol.05『アド・バード』



大森 今回は当欄初の日本SF。『アド・バード』は、90年3月に集英社から出て、日本SF大賞を受賞した名作ですが、やっと文庫になりました。
水玉 オビにでっかく『日本SF大賞受賞作!』って書いてあってびっくり。いいのか、ほんとに(笑)
大森 「SFと名がつくと売れない」のは今や出版界の常識なのに。こないだ『中国の鳥人』*1の解説書いたときは、編集者からくれぐれも、「SFという言葉はなるべく使わないでね」と念を押されたくらいで。
水玉 椎名さんでもSFは売れない?
大森 日本SFの基準からすると五倍ぐらい売れてますけどね(笑) でも一番売れるのは《怪しい探検隊》で、次が旅ルポで、それから私小説。SFは写真集より売れないらしい(笑)。
水玉 『アド・バード』はいいの?
大森 いまさら逃げ隠れできない(笑)。いさぎよくSFを引き受けようという悲愴な決意がみなぎっている(笑)
水玉 いやでもやっぱりこの小説は好きだな。ヲレの中ではすでに殿堂入りしてて、何回読んでもおんなじとこで泣いちゃう。アンドロイドのハルオが壊れちゃうとことか。
大森 やっぱりロボットに弱い(笑)  ちなみに物語の舞台は広告戦争で荒廃しちゃった未来社会。K二十一市に住んでるマサルと菊丸の兄弟が、行方不明の父をさがしにマザーK市へと冒険の旅に出る……。ま、はやい話が「母をたずねて三千里」ですね。
水玉 うーん、ちょっと違うけど。
大森 「三千里」のアニメは、お母さんが出てきたとこで、子供心にがっくりしちゃいましたけどね。なんだこれ、顔がオトコじゃん、と(笑)
水玉 そこは日アニ*2の作画というものを理解してあげないと(笑)。
大森 その点、『アド・バード』のお父さんはいいっすね。
水玉 端っこがどこにあるかもわからないものに変貌しちゃってるってあたりが椎名さんらしくて。
大森 「父親さがし」が物語の縦糸なんだけど、やっぱりイカすのは広告戦争の結果生まれた異様な生物とかガジェットとか。二大勢力の広告合戦がはてしなくエスカレートした結果、人間が住めなくなっちゃった都市で、無意味な広告が流れつづけている。
水玉 ターターさん対オットマン。
大森 ネーミングは天才的ですね。
水玉 「さん」付けがポイント(笑)。
大森 広告のエスカレーションに対する批判ってのは、シェクリイ*3とか50年代の風刺SFっぽいし、『ユービック』*4なんかを連想するんですけど、『アド・バード』の場合はそれが終わっちゃったあとの物語だから、妙に懐しくはあっても、陳腐な感じはしない。  電脳的には、絵に描いたような大型コンピュータが出てきますね。マザーK市B級公示場の《広域情報検索装置閉鎖回路型・Bシールド{結合体操作機{ネクサススキャナー}マーク十三》。
水玉 愛称、《けつでっか》(笑)
大森 筐体がピラミッド型でケツがデカく見えるらしい(笑)。操作卓にコンソールとルビが振ってあるあたり、いい味出してますが、アンドロイドのキンジョーとかC4とか、あるいはヒゾムシとか赤舌とか地ばしりとかシダレヤナギとかのへんてこ生物にくらべると、どうも愛情が薄い感じ。やっぱ、あのセリフはまずいですよね。
水玉 「いま{画素{ピクトル}}あたり毎秒五百万メガバイトで検索しています」(笑)。
大森 「{微細回路{マイクロライン}に切り換わります。この映像地図は動きますが{模擬地図{シミュレーションマップ}}です。コンソールの{水平線{フラットライン}}を合わせなさい」とか。一応、『ニューロマンサー』までは読んだ形跡がある(笑)
水玉 そうか、こういうのがかっこいいんだな、みたいな。
大森 でも電脳理解としてはどうしても50年代SF的なんで、根本的にズレたところがあって。
水玉 そこがかわいい(笑)。
大森 そうそう。
水玉 これよりむずかしくなったSFはおれは要らないよ、みたいな。
大森 まあ、「けつでっか」と命名した時点でほぼ勝ってますから(笑)
水玉 結局、このコンピュータ描写以外は、みんな椎名さんが昔読んで好きだったSFに対する愛の告白みたいな小説じゃないですか。で、それにくらべて今のSFは……とか一切ゆってないところがいさぎよい。
大森 基本はオールディスの『地球の長い午後』*5なんだけど、『火星年代記』とかシェクリイとかF・ブラウンとか、往年の名作がどっさり入ってて。脳髄男はジェイムスン教授*6だし(笑)、もちろん初期筒井康隆成分もある。
水玉 一個だけ、どうしても入れたかったのかねえっていうベタなギャグが。
大森 ありましたっけ?
水玉 菊丸のセリフでさ、「キンジョーはアンドロイドだった。アンドロイドも夢を見るのだろうかって、ふいにそのことに気がついたんだ」と。
大森 夢は見ないけど、眠れないときは電気ヒツジのことを考える、っていう(笑) ベタベタですわな(笑) しかし、このキンジョーさんはキャラ立ちまくりですね。
水玉 キンジョーのセリフがみんなガイナックスの佐藤てんちょさん*7の声で聞こえて、そこが困りもの(笑)
大森 「ほんまにうるさいおっちゃんやなあ。いいかげんに観念したらどや」とか(笑) ぼく、低級加工人間C4も好きなんですけど。いきなり転んじゃって、「たおれるのでたおれたのは足の下にこまるきけんがあったからです。きけんはこまるのでおこりなさい。命令しておこりなさい」と文句を言う(笑) あれって広沢ですよね。
水玉 いしいひさいちの(笑)。
大森 そうそう。広沢がアンドロイドのカラダに入ってるの。で、穴の中に必死に隠れてる脳髄男を無理やり捕まえて、「こっちにむかうと穴は広いから広いほうが出られるので広いほうが広くていい」(笑)
水玉 困ったやつだね、どうも。
大森 あと人間型じゃないやつではやっぱりインドカネタタキでしょう。小さなサルが行列して、石や木や金棒を打ち鳴らしながら歩いてくる。
水玉 「ブッデに従えよ」「ブッデに従えよ」
大森 チンドン屋の憂愁が漂っている。
水玉 タイトルのアド・バードとか、ターターさんたちに改造されて操作されてる生き物がたくさんいるんだけど、みんな哀しいところが椎名さんだよね。自然からはずれた姿になっちゃったものはみんな哀しい。自らの意思で体の一部を改造してしまう人って、椎名さんは書けないだろうね。
大森 そのへんでサイバーパンクと一線を画すわけですね。ベアやスターリングとは違う、と。
水玉 椎名さんがどんなSFを読んでわくわくしてたかがすごくよくわかる。 オールディスもブラウンも知らない人がこれを読んでどう思うのか想像がつかない。
大森 でも、父親さがしの話自体はだれでもオッケーでしょう。そうそう、FFの原作にいいんじゃないかと思ったんすよ。FFVIIにこれ使ってもよかったくらいで
水玉 ケット・シーがキンジョーね。
大森 関西弁だし(笑)。プロットは一直線で、出てくるモンスターやNPCは魅力的だし、世界観はユニークで、すごくRPG向きなのでは。「MOTHER2」やめて、糸井重里プロデュースで「FATHER」にするとか。
水玉 うーん、それはちょっといいかも(笑) あーでもそしたらきっと、ハルオが壊れちゃう手前でデータセーブしてやめちゃうな、ヲレ(笑)

*1 椎名誠の超常小説系短編集(新潮文庫)
*2 (株)日本アニメーションの略称。
*3 短編SFの名手、ロバート・シェクリイ。代表作に『人間の手がまだ触れない』など。
*4 架空のCM多数が挿入されるP・K・ディックの代表作(ハヤカワ文庫SF)
*5 生態系の変容した遠未来の地球を描くイギリスSFの名作(ハヤカワ文庫SF)
*6 ニール・R・ジョーンズのスペースオペラ・シリーズの主人公。脳みそが箱に入っている。
*7 ガイナックス広報のえらいひと。


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