弁理士の仕事と将来性


  1. 序 文


      弁理士の仕事の大部分は書類作成のデスクワークであり、自分で製品サンプルを作ることもないだろう。私は工作することが興味があり、可能ならば出願代理人よりも発明者になりたく、これまでも可能な分野で手作業をしていた。それ故に、発明の説明を聞きながら実際に自分で作りたいと思うような研究者には、弁理士の仕事は向いていないかもしれない。弁理士によっては、商品の開発計画に参画して、新商品の考案もする人もいるらしいが、残念ながら私にはそのような経験は全く無い。




  2. 一般的な業務内容


      私の経験から判断すると、特許事務所の業務内容にはそれほど個別差が無く、どこの事務所でも大体同じである。以下の分類と説明は単なる予想にすぎず、その主たる内容はきわめて散文的であって厳密なものでない。


    1. 特許明細書の作成(実用新案を含む)
        技術の高度化に伴い、大企業は自社出願も多く、且つ弁理士の専門分野に応じて依頼事件を選別している。出願依頼の場合、弁理士は代理人であって発明者ではないから、正確で十分な説明さえ受ければ、とにかく一応の水準を維持した明細書を作成できる。換言すれば、十分な説明を記載さえすれば自社出願も可能であり、自社出願は化学分野の企業で多いようである。意匠登録出願については、図面作成が仕事の殆ど全てである。


    2. 商標登録出願
        商標は、商標調査さえ行えば1日に何件でも出願処理でき、顧客が多くいれば弁理士も楽である。商標更新については申請制度に変更になったため、出願手数料を得ることができなくなった。商標登録出願については、特許に比べていっそう自社出願が多くなっている。後処理で困ったときだけ弁理士を利用することもある。


    3. 出願後の後処理
        拒絶理由通知に対する意見書の作成、不服審判の請求、特許料の納付などがあり、顧客会社の競合相手の特許出願に対する情報提供、特許異議申立、無効審判請求などがある。これらの費用は比較的高いから、出願人らにおける負担は大きい。


    4. 外国出願の手続と英語への翻訳
        実際に最も利益が出るのが外国出願であり、英訳の翻訳料が高いことも寄与している。最近はPCT出願も多く、ヨーロッパ特許出願をすると、ドイツ、フランス、イタリア、イギリスなどが1件に纏まるので件数的な妙味が多少減少した。東南アジアへの特許出願も増加している。外国出願は、比較的重要で進歩性の高い発明を対象とするから、多少の限定をすれば大体において特許になる。


    5. 鑑定および特許侵害訴訟
        特許侵害事件が発生する前には、弁理士は警告書に対する相談を受けたり、鑑定書を作成することが多い。特許侵害訴訟では、弁理士は現在補佐人であるが、将来は訴訟代理人になれるのだろう。特許侵害訴訟を扱うと、非常に時間をとられる反面、着手金も謝金も非常に高額である。一般に弁護士と組んでの仕事であり、弁護士は技術の専門家でないことが多いから、準備書面の下書き程度は弁理士が作成しないと、侵害訴訟における勝利を得ることはできない。


    6. その他の仕事
        最近の法改正で、実施契約やノウハウ契約代理の業務、侵害品の輸入差止手続の代理業務、特許侵害事件の仲裁代理、特定不正競争に関する業務、著作権の登録業務などが加わっている。もっとも、正式な代理行為でないならば、これらの分野に参画した弁理士も法改正以前からかなりいるはずである。




  3. 作成者の場合


      私は高度な技術系専門家でない代わり、化学と機械などに関する発明ならば一応の内容説明を聞くとほぼ理解できる。自分自身で分かる範囲の用語と文章で明細書、意見書、審判請求書、準備書面などを作文し、同じデスクワーカーである審査官や裁判官にも理解しやすいように努めている。程度問題であるが、専門外の技術でも代理人として書類が作成可能であり、ハイブリッドな学際発明であれば適性があると自己評価している。


    1. 特許、実用新案出願について
        特許出願では、実施例が複数個あることを希望している。実用新案出願では、通常、明細書10枚とクレーム5項を目途に作文し、請求項は独立項を基本に図面をパソコンで作製する。件数的には非常に少ない。出願の際に、製品サンプルを口頭で説明されるだけで下書きも無いこともある。案文を書いた段階で出願人(発明者)にチェックを受け、このチェックでOKがでたら出願処理をする。


    2. 意匠、商標登録出願について
        意匠は従来から少なく、商標は最近さらに減少し、更新を申請しない登録商標も多くなった。これらもオンライン出願であり、意匠図面は現在パソコンで作製するが、以前は自分で作成していた(工業高校で機械製図を作製した経験はある)。


    3. 意見書、不服審判請求書などについて
        一般に、意見書は手続補正書とセットで提出し、可能な限り少ない限定で特許にするように努めている。拒絶査定の不服審判では、多少でも構造および作用効果の差異が存在すれば特許になるようである。商標と意匠は、意見書だけで反論することになり、登録になることも時々はある。最近では審査官と面談しやすく、面談で特許になることも多いが、大阪在住のため主として経費の点で面談することは殆どない。


    4. 特許異議申立書について
        異議申立期間が特許後の公報発行日から6ヶ月以内に改正され、且つ取消決定に対する訴えは東京高裁へ提起することになったので、東京高裁へ出訴されるのを回避するためか、発明がほぼ同一でなければ特許維持の決定が出されるようである。異議申立の取消決定に対する訴えでは、特許庁が当事者であって異議申立人は当事者にならないので後処理が楽である。


    5. 鑑定書などについて
        鑑定の依頼を受けても、概略を把握した段階で依頼者の求める結論にならない場合に困る。この結論は変えることができないので、これを依頼者に伝え、特許調査を再開したり、鑑定そのものを中止することもある。侵害訴訟まで発展する可能性がある場合、事後に証拠が発見されることがあるため、侵害者側では勝訴可能性が五分五分でも交渉拒否OKとし、権利者側では7割近い可能性があっても警告書の送達に慎重を期し、ビジネス上の影響を十分考慮するように勧めている。


    6. 特許侵害事件について
        自己の経験として警告書への回答は20件以上あり、侵害訴訟の補佐人は数回受件した段階では負けていない。もっとも明らかに負けるようなケースでは。和解や実施契約などを勧めている。侵害訴訟に関して、時間的余裕があった昭和48年から昭和62年まで審決取消訴訟判決集を通読し、掲載された侵害訴訟関係の判例を大体読んで検討している。


    7. 外国特許出願について
        以前には和文英訳の翻訳を自分でやっていたが、最近は外注にして内容チェックだけを行っている。受件した外国出願は大体特許になっているけれども、これが外国で本当に有効であるか否かは不明である。




  4. 弁理士の将来性


      作成者の見解は可能性の最悪ラインを記載しており、以下の事項が達成されることを期待しているわけではない。平成13年施行の改正弁理士法で業務範囲が拡大した反面、将来において弁理士の人数も大幅に増加する模様であり、増員される弁護士が特許関係の仕事をすることも増えるだろう。規制緩和という錦の御旗の下で法改正が行われているが、結局は政治力の弱い業界で突出的に規制緩和が進んでいる。本当に規制緩和を推進する気があるならば、最近増えてきた資格試験を減らすべきであるし、万人平等化のために公務員から弁理士や税理士になれる優遇措置も全廃すべきである。


    1. 日本特許業界の永続的発展は期待できない
        特許業界の発展は、同時進行でないにしても究極的には国力の増大化と比例していくと判断している。21世紀における日本の国力は、国策としての産業構造のドラスティックな改革が全く行われず、相変わらず公共投資一本槍の政策だけであるために次第に低下し、これとともに日本特許業界の発展も将来的には期待できないだろう。グローバルな有力企業は、旧態依然の日本から本社機能を外国に移す可能性もあり、外国本社になれば日本の弁理士を外国出願に使う必要は全くない。


    2. 個人事務所の自然淘汰が進む
        出願件数の増加停滞ならびに技術の高度化と専門化は、必然的に私のような個人事務所を自然淘汰していく。また、法改正によって大事務所の地方支社や営業所の設立が可能になって寡占化が進み、個人事務所は今後いっそう経営が苦しく、徐々に淘汰されていくのが資本主義の摂理である。


    3. 独立開業は次第に困難になる
        前記と同様の理由で弁理士試験に合格しても独立開業は簡単には行かなくなる。専門的な技術と有力企業の顧客を持っていれば独立が可能であっても、数少ない有力顧客との関係は力関係のバランスを失いやすく、次第に弁理士が従の関係になる可能性が高い。従来よりも、気楽な独立開業が難しくなるのは確かである。


    4. 大事務所のいっそうの巨大化は疑問である
        日本における特許事務所の適正規模は既に達成されている。日本の独自技術というパイには既にそれほどの余裕が無く、今後は大事務所間で限定数のパイの取り合いになる。日本という限定された地域内において、有力企業と特許事務所との力関係は前者が明らかに有利であるから、大事務所としても料金的な要求にある程度の対応も必要であり、彼らが今後も順調に発展を続けるとは考えにくい。特許事務所も、公認会計士事務所と同様に次第に大事務所の寡占化の道をたどるであろう。


    5. 自由化による真の国際特許事務所の出現の可能性がある
        強大な米国の大事務所は、日本の完全な自由化が達成されれば、日本の弁理士を現地代理人として雇って日本へ進出し、母国語の英語を用いる外国出願を獲得することは容易であり、このような進出は米国と日本の基礎体力が違うために達成可能性が高い。一方、日本の大事務所も既にある程度の国際化を達成しているが、真の国際特許事務所になるには狭い日本の中に収まっているわけには行かず、日本から米国などへの完全進出には使用言語などで種々の制約がある。





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