13 常石造船の行動と住民らの対応
  ー求められる海外進出企業としての責任ある対応

1)謎の貼り紙と常石造船の行動原理

  私たち調査団は、7月26日午後、前述したアルピリ村の再定住地を訪問した際に、奇妙な風景にであって戸惑いを感じた。

 

  それは、英語で書かれた「日本人歓迎」の掲示であった。アルピリ村の再定住地を訪問した私たちの前に、「Japanese Visitors are welcome.」という文字が書かれた白い紙が貼られていたのだ。

  しかし、どうもそれは、本当に私たち調査団を歓迎しているものとは思われなかった。その言葉に続いて「ELAC/PLLP go home」といった文字が書かれていた。ELACは、私たちをセブへと招待したセブの環境保護団体である、環境法律支援センターのこと。それを批判していることを私たちに示すのが意図のようだ。

  しかも、その貼り紙の中には、日本語のものもあった。

 

  貼り紙が貼られた家の主婦の話では、出かけていて午後3時に戻ったときには、貼られているのに気づいたという。私たち日本人グループが現地を訪ねるのを知って貼られたことは明らかだった。 

  そのうえ、この貼り紙は、CIPDIの工場団地の入り口のところにも貼り出されていた。そこでは、御丁寧にラモス大統領と常石造船の神原社長(会長)が一緒に写っている写真が多数貼り出され、日本語で「ラモスの大統領は支持します」と書かれていた。どうも、ラモス大統領も常石造船セブを支持するんだから、余計なことはいうなということのようだった。

  警備員に尋ねたら、会社の人間が来て貼ったと正直に答えてくれた。 

  今日、企業には、人権侵害を防ぎ、また、悪い社会影響を減らす社会的責務が課せられているが、どうも、こうした貼り紙をした人々、あるいはそれを認めた常石造船の方々には、そうした基本が抜け落ちているように感じられた。

 

2)高校の講堂でのフォーラムと住民たちのラリー

  工場関係者が、貼り紙といった奇妙な手段をとっている一方、住民たちの感情は高まっている。

 

  7月26日の午前中には、バランバン市の中央にある聖フランシス高校で、バランバン開発とセブ・マスタープランと題したフォーラムが開催された。ここには、300人ほどの住民が参集し、地元住民の関心の高さを示した。

  ここでは、地元の人々から口々に、「小学校しか出ていない自分には農業紙化できない。会社が来てもなんの利益もない」「工業化は農民のためにならない」などと訴えがされた。

  会社の従業員も参加したようで、安全措置をとっているとの発言があったが、会議後、質問したところ、基準を満たしているというばかりで、具体的な措置については答えがなかった。

  逆に、このフォーラムでは、会場からの質問に答えて、造船会社に働く日和田のほうから、考えられる危険性・問題性について明確な回答がなされた。

  鈴なりの参加者の表情からは、工業開発による不安が読み取れた。

 

  なお、会議の際に、小島延夫が水俣病を例に、工場進出が地元の例にならず、むしろ多大な損害をもたらしたことを紹介したところ、地元の新聞に大きく報道された。いくばくかの警鐘になればと考えている。

  また、7月29日には、午前からセブの天然資源環境省にむけて、デモ行進が行われ、天然資源環境省の地域事務所の前庭で集会も開催された。200人を超える人々が、セブ島各地から集まった。いずれも各地で環境問題に悩んでいる人々だ。

 

  お祈りと賛美歌の斉唱ではじまる集会には若干違和感を感じつつも、住民たちの熱気には圧倒させられた。人々の熱い思いを肌に感じさせられた。

3)求められる海外進出企業としての対応

  このような中で、常石造船が何をすべきかは明らかである。

  地元の財閥や、一部のエリート従業員とのみ話をするのをやめ、率直に、地元の農民たちや環境保護団体などの人々の声を聞くべきである。

  企業にとって必要なことは、地元住民たちから憎まれることではなく、理解されることである。

  しかもその過程では、人権や社会的弱者への配慮を欠いてはならない。

 
(7月29日のラリー こうした声を聞くことが大切だ)

  今回の開発が、バランバンの雇用を増やすからといってそうした配慮を欠いていいということにはならない。

  今のままでは確実に、農民たちから農地を奪い、生計の手段を奪っていく。また、海や周辺土地の汚染をもたらし、また、山を削っていく。

  雇用を拡大しても、絶対的に被用者たりえない人々がいることに思いをはせるべきである。

  環境を破壊しないことを最優先課題にすべきである。日本の経団連も、海外進出企業のための10の指針において、有害物質の取り扱いは、日本などの最も厳しい基準によるべきことをうたっている。アスベストなどフィリピンには規制すらない物質がある。フィリピンの規制にしたがったとか、フィリピン政府の指導にしたがったということは、情報も技術ももつ日本企業にとっては対策を怠る言い訳にもならない。独自の先進的対策をとるべきである。

  また、今日、世界的に行動する企業は、人権の守り手であることも求められている。人権の抑圧につながるような行動、例えば、一部団体を揶揄するような貼り紙などは、最もその精神から遠いものである。フィリピンの現状からすれば、その結果として、揶揄された団体への人的攻撃をもまねきかねない。そうした事態が生じたときに企業の責任が追及されることは必死である。地元の人々と共存できるような開発のあり方を考えるとともに、人権への配慮をすべきである。

  注意すべきは、この際に、フィリピンのカウンターパートたる資本家がどのような意向かということだけで責任が消えるものではないということだ。企業として独自の社会への配慮、人権への配慮をすべきであり、それを実施すべきである。カウンターパートの対策が不十分なときは、それを説得し、なお不十分なときは、合弁解消さえも考えるといった企業姿勢が求められているのが今日の世界的情勢である。

  まして、常石造船は、今回、解体事業にあたって、日本政府の補助金を含む資金からの助成を受けている。日本政府も、人権擁護と環境保全を重要な目標としており、それとの齟齬がないように企業も努力すべきである。

  なお、今回、私たち調査団は、実態の正確な把握に努めるべく、工場の訪問調査を申し入れた。しかしながら、常石造船からの返事は「現地の意向として」遠慮いただきたいとのことであった。今日、企業に求められる社会的責任からすれば、そのような拒否は決して望ましくない。むしろ公開して疑問を解消することこそ必要なことではないだろうか。この点でも改善されることを強く望むものである。

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