3 黒い斑点に汚れる海岸の石

  7月28日午前、私たち調査団は、常石造船セブのドックに隣接した海岸へ出ることができた。

  そこからは、常石造船セブのドックで修理作業をしている船や新規造船中の船が見えた。

  船の解体作業は、ドック群の向こう側、南へいったところだ。

 

  常石造船セブがフィリピン天然資源環境省にした報告では、「廃油による海岸の汚染などない」はずのところであったが、私たちがそこで見つけたのは、黒く斑点がついた石であった。

 

  海岸の石の多くには、黒い斑点が点々とついていた。地元の人々の話では、これは、従来なかったもので、常石造船セブが操業を開始してからついたものだという。

  廃油がコールタール化したものに似ているように思われる。

 

  その地域を漁場とし、その海岸沿いにすむ漁民は、「工場のほうから、ときどき、廃油が流れてくる状況で、海が汚れ、魚がとれなくなった」と話していた。

 

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4 洋上からの視察
 ー洋上での解体とマングローブ林の伐採

1)洋上からの調査

  7月25日午後には、私たち調査団は、地元のバンカ(漁業用の小さな船)にのって、洋上から、西セブ工業団地を視察した。

  私たちが洋上に出ると、すぐに、銃をもった警備員が私たちを監視し、さらに、洋上にも何隻かの船が出てきた。 

  西部セブ工業団地は、南から順に、イギリス系の造船会社FBMの造船工場(FBMマリン)、K&A METAL、常石セブ造船の各工場がならんでいる(図参照)。

 

2)FBMとマングローブ林の伐採

  FBMマリンは、高速船の工場ということであったが、現在、工場建設中であった。

  CIPDIが、その工場敷地の開発を行い、そこにイギリス系のFBMとアボイテスの合弁企業FBMマリンが、工場を建設していた。ちょうど埠頭が建設中であった。

  

  ここで、大きく問題となったのが、マングローブ林の伐採問題である。

  この海岸沿いのマングローブ林は、フィリピン天然資源環境省の管理下にあり、原則として伐採が禁止されている。マングローブが、稚魚などの生育場所であるとともに、護岸的意味をもつことを重視したものである。

  ところが、CIPDIがその伐採を開始しようとしたので、地元の人々の意向を受け、環境保護団体がCIPDIとフィリピン天然資源環境省などを被告として、マングローブ林の伐採の差し止めを求める訴訟を提起した。本案は審理中であるが、セブの地方裁判所は、提訴後まもなく、暫定的に伐採を禁止する差し止め命令を出した。

  法規制からすれば、当然のことであったが、地元自治体から、工業団地開発のお墨付きをもらっていたCIPDIとしては、それではおさまらなかった。

  彼らは、2000本のマングローブを伐採する代わりに、1万本のマングローブを植栽するということで、伐採を強行した。

  環境保護団体は驚き、 CIPDIに抗議したが、聞き入れなかった。そして、工場建設が進められているという次第であった。

  私たち調査団は、FBMマリンの建設中の工場のすぐ沖合を通過していった。工場周辺の南側にはマングローブ林があったが、工場の場所は、マングローブ林が伐採されてなくなっていた。そもそも、1万本のマングローブを植栽するからといって、直ちに従来の生態系に代わりうるものでないと思われるが、その1万本のマングローブが植栽された跡すらもほとんど目にすることができなかった。

  洋上からの視察に同行した現地の住民によれば、工場建設予定地の周辺に、一時的には少しの数(1万本あるとは思われなかった)のマングローブが植栽されたが、その後それは枯れてしまったとのことであった。

  貴重な生態系をもつマングローブ林が、法規制や暫定的差し止め命令に反してまでも伐採されていった実態は痛ましいものであった。

 

3)洋上での解体作業

  FBMマリンの北側には、大きな船が係留されていた。解体作業を開始しつつある船と思われ、上部の設備の一部がとりのぞかれていた。「ELーMAGNO」という船名が目に入った。K&A Metalの船舶解体工場だ。

 

  その船に近づく付近から、透明な海の水が濁ってきた。FBMマリンの工事による土砂の流入が原因だろうか。解体作業に起因するものかは不明であった。

  船に近づこうとすると、警備艇のような船が近付いてきた。銃も見える。

  これ以上の接近は危険だと考え、沖の方に離れる。船は沖の方向にへさきを向けて係留されていたが、そのへさきの相当先を北側へと進む。

  「ELーMAGNO」の北側には、2隻、解体作業がすすんだ船がつながれていた。その2隻の船のうち、一番北側の船は、解体作業がすすんでおり、上部の構造物はもちろん、船腹の壁の大部分がとりはらわれており、隔壁の解体作業中のようだった。

  2ヶ所で、バーナーの火花がみえる。隔壁の切断作業をしているようだ。

  回りは海。

  特に防御用の設備など何もなかった。

 

 

 

4)新規造船と修理ー特殊工作船「エバー・グリーン」

  解体中の船を過ぎて、さらに北側に進むと、常石造船セブ造船所がみえてくる。

  沖に近いいちばん北側に、浮きドックが2つ浮かんでいた。北側のドックは空であったが、南側のドックには、新規造船中と思われる船が入っていた。

  陸の方に目を移すと、「THI」という名前がついたドックがあり、そこでは、すでに進水式を終えたと思われる船が、艤装作業中であった。

  さらに、浮きドックがつながっている桟橋の陸側には、桟橋に係留された船が2隻ほどあり、いずれも修理作業中のようにみうけられた。

 

   私たちが北に向かっていく途中、私たちに近いところに、一隻の特殊な形をした船が浮かんでいた。
  船腹に「EVER GREEN」との文字がみえる。船の塗装のための作業をする船だという。
  洋上で、船の塗装作業を行うのだろうか。塗料には、重金属や有害物質が含まれている可能性があるが、それらが洋上で吹き付けられた場合、海はどうなるのだろうか。

5)陸上へ

  浮きドックの沖を回って北に進む。工場の北に砂と石の浜がみえる。ここは、前述したように、7月28日の午前に、私たちが訪ねたところだ。そこの海辺の石には、黒い斑点が多数ついていた。

  工場からの廃油だとすると、比較的広域に渡って流れていることがうかがえる。

  その北側は、マングローブ林が続く。工場群を去って、北へ4キロメートルほどすすむと、桟橋がみえてくる。その奥には市場がみえる。バランバン市の市場だ。

  私たちは、そこから陸へとあがっていった。

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5 洋上での解体の問題性と公害被害、アスベスト被害のおそれ

  私たちは、洋上での船の解体作業を目の当たりにしたわけだが衝撃的であった。

  船には、様々な有害物質が含まれている。

  さび止めのために、入りの塗料が船底にぬられている。

  古い船では、そのうえにさらに、フジツボなどの生物の付着を防ぐために、有機スズなどが塗られている。有機スズは、その後、有害性のために、塗装が禁止されたものであるが、古い船にはそのまま塗られているものも多い。

  また、船の内部には、防火や断熱のために、隔壁やボイラー回りなどにアスベストが使用されている。

  絶縁材などにはPCBも使用されている。

  燃料油や潤滑油など様々な種類の廃油も残ってしまう。

  しかも、その量はばく大である。洋上での解体は、簡易な方法だが、こうした有害物質の環境中への排出が防ぎえない。

  世界最大の造船大国日本では、すでに、船の解体はほとんど行われていないが、かつて函館ドックが、使用中でないドックを用いて船の解体をした際には、乾燥し、閉鎖されたドックの中で、解体作業を行うことによって、有害物質の環境中への流出を防いだ。

  洋上の解体では、いったん、有害物質が環境中へでると防ぎようがない。環境への影響が憂慮される。

  また、作業は完全にオープンな空間で行われていた。

  アスベストによる労働者の被害を防ぐためには、完全な密閉と労働者の身体の防御が必要であるが、それは実施されているようには見えなかった。

  アスベストは、強い発ガン性があるうえに、アスベスト肺という疾患をもたらすもので、日本では、造船労働者らから最初の裁判が提起され、さきごろ和解が成立した。

  かつて、世界最大の船の解体大国であった台湾では、解体作業に従事した労働者の中からアスベスト肺に罹患した患者がみつかり、労災認定を受けている。その数は潜在的には、3000人以上ともいわれている。

  セブの解体現場での作業ははじまったばかりだ。きちんとした防御対策がとられればいいが、後に述べるようにフィリピン国内には、アスベストに関する環境規制などない状態で、アスベスト対策は、企業の自主努力にゆだねられている。

  アスベストの危険性を知る日本企業は、率先して厳格な対策をとるべきだろう。

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