「環境影響評価法案」に対する意見書

     1997年4月

     日本弁護士連合会

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はじめに

  平成9年3月28日、閣議決定された「環境影響評価法案」は、いま国会で審議されている。

  法律による環境影響評価制度を確立することは、かねてより多くの国民が求めていたところであった。日本弁護士連合会は、公害を防止し良好な環境を保全することは、すぐれて人権擁護に資するものであるとの立場から、環境保全に向け実効性のある環境影響評価制度の確立を提言してきたが、今回の環境影響評価法の制定作業に関しても、意見書「環境影響評価法の制定に向けて」(平成8年10月)、緊急意見書「実効性ある環境アセスメント法の制定を求めて」(平成9年2月、以下「緊急意見書」という)をそれぞれ公表し、環境保全をめざす実効性のある環境影響評価制度を確立するための手続、内容について具体的に提言してきた。

  今回提案された環境影響評価法案の内容を検討してみると、スクリーニング手続やスコーピング手続を導入することとしているなど評価すべき点もある。しかしながら、透明、公正で実効性のある制度を確立するという視点からみると、同法案には、以下に指摘するように住民参加の手続、環境影響評価結果の許認可等への反映、手続での地方公共団体の位置づけ、地方公共団体の環境影響評価制度との調整など重要な手続や内容において不十分さがある。

  本意見書は、より実効性のある環境影響評価法とするためには、当連合会が上記の2つの意見書で提言した手続、内容を環境影響評価法に盛り込むことが必要であるとの立場から、現在提案されている「環境影響評価法案」の手続及び内容に対する修正、追加事項を提言するものである。

 

意見の要旨

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  以下の理由により環境影響評価法案(以下、「法案」という)の条項が、日弁連修正案で指摘するような条項(これに関連する条項を含む)に修正、追加されることを求める。

 

第1(理念)

  環境保全を目的とする環境影響評価とこれに係わる手続が、適正かつ効果的に実施されるために、制度に係わる主体がのっとるべき理念及び責務を明確に示す(修正すべき条項ー第三条、第三条の二、第三条の三、第三条の四)。

(理由)

  中央環境審議会の答申(平成9年2月)で指摘されているように、今回の法案は、環境基本法制定による環境保全の基本的理念が示されたこと、行政手続法制定による行政運営の公正確保と透明性の向上、地方分権推進法制定による国と地方の役割分担等の考え方とういう状況の変化に対応して提案されたものである。ところが、法案は、環境影響評価の目的を抽象的に示してはいるものの環境影響評価手続を実施する際の具体的な環境保全の目標などを明示していない。環境影響評価手続を実施するうえで、環境影響の評価や審査の具体的な目標、基準、手続運用の指針などが示されていることが不可欠である。このため、環境影響評価手続の理念を明確にし、手続に係わる主体の責務を定めておくことが必要である。特に、環境影響評価は、環境保全のために最善の決定を得るという観点から、環境に影響を及ぼす行為について環境影響を回避し、または最小化することを目標として実施されるとしなければならない(緊急意見書第2)。

 

第2(対象事業)

  環境影響評価の対象となる法律指定の事業種、計画を拡大する(修正すべき条項ー第二条第2項第一号、同条第4項、5項など)。

 (理由)

  法案第二条は、環境影響評価の対象となる事業として、第一種事業(必ず環境影響評価を実施すべき事業)と第二種事業(スクリーニング手続によって、第一種事業に準ずる規模を有し、環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあるとの個別判定によって対象事業となるもの)を定めるが、そのいずれも特定された12の事業種及び政令で定める事業種に限定されている。対象事業は可能な限り拡大し、どのような事業種が対象事業となるのかは法律で明記しておくことが関係者の予測可能性確保の点から必要である。

  また、環境基本法第一九条の規定の趣旨から、第一種事業、第二種事業に該当する事業に係る基本的な事項を定める計画その他の施策についても環境影響評価の対象となしうるものとする。

 

第3(スクリーニング手続)

  対象事業か否かを判定するスクリーニング手続を民主的かつ適正に実施する(修正すべき条項ー 第四条)。

(理由)

  法案では、スクリーニングの対象になる事業は、予め定められた事業種の中の一定規模以上のものに限られ、かつ対象事業とするか否かの判定は、免許等の権限を有する者が都道府県知事の意見を勘案して実施するとしている。これでは、環境に大きな影響を及ぼす事業であっても環境影響評価の対象外となるおそれが多分にある。従って、関係市町村長、住民等の意見を聞く手続を設け、第三者機関としての環境影響審査会の判定に係らしめることが必要である(緊急意見書の第3)。

 

第4(代替案)

  代替案の提示を義務づける(修正すべき条項ー第五条、第十一条、第十四条)。

(理由)

  環境影響をできる限り回避し低減するという視点から、代替案を比較検討する手法を導入すべきである。代替案の検討は、これによって環境影響に配慮した選択をすることを可能とするもので、制度の核心をなすものである(緊急意見書の第4)。

 

第5(スコーピング手続)

  環境影響評価の調査・予測・評価の項目等を決めるスコーピング手続を民主的かつ適正に実施する(修正すべき条項ー第六条第七条第七条の二第八条第九条第十一条)。

(理由)

  法案は、調査・予測・評価等の項目および手法は、事業が実施される地域を管轄する都道府県知事、市町村長その他意見を有する者の意見を勘案して、事業者が選定することとしている。しかし、既存の制度の運用では、具体的な調査 項目等の設定、手法などの選定をめぐって対立が生じ、それを誰が調整し決定するのが適正かが重要な問題点となっていた。事業者が地方自治体や住民等の意見を聴取するとしても、これをどのように調整し決定するのか依然としてあいまいで、事業者が地方公共団体や住民等の意見を「聞き置くだけ」という扱いになる余地がある。スコーピング手続の長所は、評価の手続や内容について透明性を確保しながら関係者の合意を得るところにある。スコーピング手続を形骸化させないためには、審査会などの第三者機関が関与して調査等の項目を選定することが必要である(緊急意見書の第6)。

 

第6(調査等項目)

  調査・予測・評価の項目を広く採用しうるものにする(修正すべき条項ー第十一条 第3項)。

(理由)

  従来の典型7公害と自然環境保全5要素に限定せずに、環境基本法の下での環境保全施策の対象を評価できるように見直すことが適当である。環境基本法第十四条各号に掲げる事項にとどまらず、廃棄物処理などを含めての生活環境の良好な保全、アメニティなど生活の質、危険物・災害などからの人と動植物の安全確保、行為の社会的経済的な必要性・相当性などについても、評価の対象とすることが必要である(緊急意見書の第7)。

 

第7(住民参加)

  住民等が、環境影響評価手続の開始時から事後のフォローアップ手続まで、いつでも実質的に参加し得る手続とする(修正すべき条項ー第三条の四、第四条第七条第八条第十七条第十八条第二十三条第二十四条第三十九条)。

(理由)

  住民参加は、その実効性を確保するために欠かすことの出来ない環境影響評価制度の基本的な要素であって、環境影響評価制度における住民参加は、単に環境情報を提供ためのものではなく、透明で公正さと信頼性を確保しうる手続を実施し、適正な環境配慮に向けた合意形成手続を確保するために必要不可欠である。 ところが、法案では、住民参加について、住民等は環境情報の形成に参加するだけという低い位置づけしか認めておらず、住民等が関与しうる手続と項目が限定されている。事業者の意思決定に住民等の意見が反映され、また住民等が手続の適正さを確保し是正する方法、手続が必要である。具体的な手続としては、環境影響評価に関連する情報の公開を徹底するための具体的な規定を設けるとともに、少なくとも、環境影響評価手続で事業者が示す各種の提案についての説明会、住民等と事業者が相互に意見の交換と協議ができる場としての公聴会を開催すること、環境影響評価の手続や内容、環境影響評価の結果に対する不服申立てが出来るとしておくことが必要である(緊急意見書の第9)。

 

第8(評価書の審査)

  評価書の審査は、第三者機関が行うことにより評価の審査の客観性、信頼性を確保する(修正すべき条項ー第四条ないし第十三条、第二十一条ないし第二十二条、第二十三条)。

(理由)

  法案は、許認可等を行う主務大臣が、事業者の作成した評価書についての審査を行ない、第三者としての都道府県知事と環境庁長官のみが意見を述べることができるのみとしている。しかし、これでは手続や内容についての審査の客観性や信頼性の担保に欠け、住民等の信頼と納得を得ることはできない。従って、審査会等の公正、中立な第三者機関が評価書の審査を実施することとし、また、この機関は、手続の最初から最後まで一貫して関与し、適切な指導、勧告、命令などを行うことによって、手続の遵守、内容の適正のみならず手続の円滑な履行も確保することとすべきである(緊急意見書の第10)。

 

第9(許認可等への反映)

  環境影響評価の結果が、許認可等に確実かつ適切に反映されるものとする(修正すべき条項ー第三十二条の二、第三十三条ないし第三十八条)。

(理由)環境影響評価制度を実効性あるものにするためには、許認可等を要する行為について、環境影響評価の結果を確実かつ適切にその許認可等に反映させることが不可欠である。この点、法案は環境影響評価の審査は、許認可等を行う者が許認可等に併せて実施するとしている。

  上記のとおり、評価書の審査は審査会が実施すべきであることから、許認可等の権限を有する者は、許認可等の処分を行うときは、審査会の審査結果を併せて判断することとする。

  また、法案は第三十三条2項第二号、三号で、「対象事業の実施による利益に関する審査と前項の規定による環境の保全に関する審査の結果を併せて判断するものとし、当該判断に基づき」許認可処分等を行うものし、「対象事業の実施による利益に関する審査」と併せて判断しなければ許認可処分等を行うことはできないとしている。法案のいう上記「対象事業の実施による利益」という文言が何を指すのかは必らずしも明らかではないが、対象事業の実施による経済的利益や公共的利益が大きい場合には、環境影響評価の審査の結果に従わなくてもよいということになる。従って、この文言は削除すべきである(修正案三十三条)緊急意見書の第11)。

 

第10(地方公共団体の役割)

  国の制度は、地域の特性の基づく地方公共団体の環境影響評価制度を促進しつつ運用実施することとし、地方公共団体は、その地域に応じた環境保全施策を実施するために積極的に国の環境影響評価法の手続に参加出来ることとする(修正すべき条項ー第三条の二、第四条、第六条ないし第十一条、第十五条ないし第二十条、第二十二条ないし第二十七条、第六十条、第六十一条)。

(理由)

1 法案第六十条は、国の環境影響評価制度の対象事業(スクリーニング手続の対象となる第二種事業を含む)については、地方公共団体は、この法律の規定に反しない限り、国の環境影響評価について当該地方公共団体が関与する手続事項のみについてを規定することができるにすぎず、地方公共団体の独自の環境影響評価の対象とすることはできないとしている。しかし、この規定では、それぞれの地域の特性に応じて実施し、実績を積み重ねてきた地方公共団体の環境影響評価制度が、国の制度の対象事業に対しては適用されなくなるおそれがある。法案は、地方公共団体の独自性と地域の特性を考慮に入れた制度を排除するのではなく、すでに実績をあげている地方公共団体の制度の実施が可能になるような法律を制定する必要がある。環境影響評価のよりよい発展のためにも、地方公共団体の条例制定権を不当に侵害することがあってはならない。

  そこで、国の制度の対象事業についても地方公共団体の制度の対象として扱うことができるものとすべきである。そして、国の制度の対象事業が地方公共団体の制度の対象となるときは調整規定を設けるべきである。

2 市町村(特別区を含む)は、独立した地方公共団体として、地域の特性に応じた環境保全のための施策を行うものである。法案では、環境影響評価手続に関わる意見について、市町村が直接意見を述べることが出来る機会が限定されており、かつ意見が述べられる場合でも都道府県知事を通じて間接的に関与しうるのみとされている。市町村が独自の立場から環境影響評価手続に参加しうるものとする必要がある。

 

第11(その他)

1 (港湾計画に係る環境影響評価その他の手続)

  重要港湾以外の地方港湾では、港湾計画の作成が義務づけられていないが、地方港湾においても規模の大きい開発行為が実施される場合があり、港湾計画の策定段階から環境影響評価を実施することが必要となる場合がある。このため地方港湾に係る港湾計画についても環境影響評価手続を行うことができるものとする(修正すべき条項ー第四十七条)。 法案では、港湾計画に係る港湾環境影響評価手続にはスコーピングを要しないことと しているが、港湾計画の対象地域の自然的条件などの地域特性は一様ではなく、利害関 係者の意見を取り入れるためにもスコーピング手続を実施することとすべきである(修正すべき条項ー第四十八条第2項)。

2 (附則 検討)

  法案は、この法律の施行後十年を経過した場合に見直し検討を実施するとしているが、現在、地方分権法による国と地方自治体の事務について見直しが実施されていること、この法案に基づく環境影響評価手続の実施状況を見直しする期間として10年は長すぎることから、見直し検討の期間を五年とする(修正すべき条項ー附則第七条)。