SHOH's LIVE REPORTS

King's Call(Tribute for Phil Lynott) (Jan 4,1996, Dublin)


Part 6

テージが暗く静まりかえり、何かが起こりそうな雰囲気がただよい始める。そして……

おおっ、ステージ後方にTHIN LIZZYのロゴが点滅している!! 聞こえてきたのは…あのギターの音色…そう「WHISKEY IN THE JAR」のイントロだ。

ライトがつくと、そこには昔と同様、うつむいてギターを弾くERIC BELLの姿があった。ギターを弾くスタイルは同じだけれど、ビデオクリップで見られるぼさぼさの豊かな髪は今いずこ。服装もダンガリーのシャツかなにかで、実に地味でシンプル。バンドはベーシスト、ドラマー(NOEL BRIDGEMAN,TONY HUTCHINSON)との3人で、歌はエリックが歌っている。

この歌がもうなんというか、ほとんどカントリー。テンポがオリジナルとまったく違う。まあ、この曲は元々がトラッドだし、そのトラッド・ヴァージョンを聴いたとき、ものすごく速い曲なのに驚いたことがあるくらいだから、いかようにアレンジしてもいいようなものだが。

そういえばラジオのインタビューでエリックが、この曲は元々ジョークで録音したもので、これでなくて「DANNY BOY」をカヴァーしてたらどうなっていたことかと仲間でよく笑っていたって言っていたが、THIN LIZZYの「DANNY BOY」、聴いてみたい気もするなあ。
しかし、敵もさるもの引っ掻くもの、じゃなくて、ここに集まってる8500人は筋金入りのLIZZY ファンだってことを忘れてたね、エリック。

なんと、観客全員がエリックのテンポを無視して、完璧にオリジナル通りの大合唱をしてしまったのだ。もちろん私も歌った歌った。

エリックはインタビューによるとふだんは3ピースバンドで活動していると言っていたが(ただし、THIN LIZZYの曲はめったに演奏しないそう)、そのわりには指があんまり動かない。音は昔通りなんだけど、そこかしこでミスが目立つ。少し緊張してるのかな。もっとも、そんなちょっとしたミスなんて誰も気にしてやしない。

「THE STUMBLE」「YOU DON'T LOVE ME」「SLOW BLUES」ときて、最後はなんと「THE ROCKER」。このあたりで緊張もほぐれ、気分がらくになってきたのだろう、ギターソロはバッチリ。うん、やっぱりかっこいいよ、エリック。

盛大な拍手を受けてエリックが引っ込むと、会場は再びビールを飲みながらのおしゃべりタイムに戻る。

ここで閑話休題。向こうの観客って、黙って見てるってことができない。私の周囲でも演奏の最中だろうがなんだろうが、やたらと仲間同士あるいは知らない同士でおしゃべりしまくってる。私のすぐ隣りはしばらくの間空いていたのだが、そこに下のスタンディングから移動してきたと思われる男性が勝手に座り、「今までどんなバンドがやったの?」などと話しかけてくる。「知らないバンドばかりだった」と答えると(だってほんとにそうだったんだもの)、わかったようなわからないような顔をして、今度は向こう隣りの人に聞いている。で、しばらくすると席を離れ、今度は女性2人を連れてきた。多分「空いた席がみつかったから上で見ようぜ」ってことなんだろうが、彼女たちが座った席にはちゃんと主がいて、今はたまたまビールを飲みに行ってるだけなんだけど。戻ってきたらどうするのかなあ、と思っていたのだが、実際に持ち主が戻ってきて「ここは僕の席なんだけど」とチケットを見せても、全然悪びれない。「あ、じゃあ、こっちに詰めればいいわね」とか言って、またすぐ隣りの空いた席に移動する。しばらくしてその席にも人が戻ってくると、今度は男性の膝に女性ひとりが座って、2席に3人座るという荒技に出た。
このあたりの騒ぎを係員も見ているのだけど、まったく気にせず注意もしない。女性ふたりが立って踊り始めたときには厳しく注意してやめさせたのだけどね。結局、安全に関わることにはチェックを入れるけど、それ以外の部分は楽しくやれるならなんでもいいじゃないか、っていうスタンスなんだろうな。
日本みたいにとにかく規則一点張りで、その規則が何のために作られたのかを忘れてしまったかのような硬直状態と比べると、とてもうらやましいと思った。ただし、これも個人個人が状況きちんとひとりで判断でき、対処できることが必要になってくるんだけどね。
さてしばらくの間があって登場したのは、アメリカ人HENRY ROLLINS。はっきり言って、どうして彼が呼ばれたのかよくわからなかった。インタビューでもステージでも、「スマイリーから電話がかかってきて『パーティやろうぜっ』って誘われた」と言うだけで、特にフィルとの関係も思い入れもないようだったし。もちろん、あの年代のロッカーとしては当然LIZZYの曲に影響されたとは言っていたけれど。

観客も同じ思いだったとみえ、彼が登場して「この次は俺のうるさいバンドと一緒に来るからな」と挨拶したときにもブーイングしか返ってこない。この日彼は詩を朗読する予定だったらしいのだが、このよけいな一言のためにすっかり観客の不興を買い、何を言おうとしても野次とブーイングの嵐。

不思議なもので、彼がそれまでのなんとかなだめようとする調子を捨て、やけにきっぱりと「NEXT TIME I MET YOU (次にお前らに会ったときには)」と言ったとき、それまで大騒ぎをしていた観客がピタッと静まり返って彼の次の言葉を待った。そして彼が 「I'LL FUCK YOUR ASS BY THE CAR CRUSH!(ケツに車をぶつけてやるからな!)」と吐き捨てるように言って引っ込んだとたん、また大きな野次と怒号と失笑が。

しかし、気の短いやつだなあ。せっかく気取ってスーツ着て出てきたのに。


つづく

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