小さなお願い        by ゆきかき

 

 

 

 コンクリートに囲まれた部屋。
 とても殺伐としている。
 生活用品などは、普通の家に比べると格段に少なく、あまり人の臭いがしない。
 その部屋で少女は深い眠りに落ちている。
 カーテンの隙間から、月明かりが洩れている。
 その明かりは、仰向けになっている少女の顔を優しく照らしていた。




 全てがぼやけている、すべてが。




 「お前の髪はなんで青いんだ?」
 「お前の目はなんで赤いんだ?」
 「うわぁ、気持ち悪い。」
 「変なのー。」
 「宇宙人みたい。」
 「みんな離れろー、病気が移るぞ。」
 
 少女は赤いランドセルを背負い、家に向かい走っている。
 瞳から涙がこぼれている。
 体よりも大きいようなランドセルは、少女の走る方向の逆向きに力積を加える。
 後に倒れそうになりながら、少女は涙を拭い、ただ走った。



 「作業急げ、そこはいいんだ、第七ブロックから進めろ。
  なに?そんなことはお前が決めろ、時間が無いんだ。
  ああ、それは俺よりも冬月に聞いてくれ。」
 若くして髭を生やした男は、いろいろな者に指示をだす。
 彼の白衣は地面までつきそうになるくらい長かった。
 「違う、6番から18番までだ。なに?厚さは3mと言っただろ。」
  それは、実行値で求めろと言っただろ。」
 彼が指示を出し終わった後に、誰かがここの第三研究室に入ってくる。
 その小さな侵入者は、髭をはやした男に駆け寄る。
 そして、男の白衣を両手でひっぱり、その中に顔をうずめた。
 男の顔はいっきに微笑みで満たされる。
 白衣に顔を一生懸命こすりつけて涙を拭き取る少女。
 その頭を上から優しく撫でてやる。
 「どうした?学校でなにかあったのか?」
 少女の涙は枯れる事無く流れ続ける。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 ただ、白衣に顔をこすりつけているだけ。
 「どうしたんだ?何も言わないんじゃわからないぞ。」
 男は少女の髪を優しくそろえながら、優しく話す。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのね、あのね。」
 少女は涙でぬれた顔を上げ、男を見つめる。
 「なんだ?」
 「あのね、あのね、みんながね、・・・・・・いじめるの。」
 そう言うと、少女はまた顔をうずめる。
 男はなぜか妙におかしくなる。
 「そうか、なんでいじめるんだ?友達は。」
 少女はまた顔を上げる。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのね、あのね。」
 「うん、なんだ?」
 「あのね、あのね、みんながね、・・・・・・・・なんで髪が青いんだっていうの。
  なんで目が赤いんだっていうの。・・・・・・そう言っていじめるの。」
 男の表情がかたくなる。
 自分から目線を離したことに少女は気付くと、男の白衣をひっぱる。
 「・・・・・・・・・・なんで?なんで青いの?なんで赤いの?」
 男は困惑した顔つきになり、話の接穂に悩む。
 少女はまた泣きそうな顔つきになり、男の白衣をひっぱる。
 「・・・・・・・・・・なんで?ねえ、なんで?」
 男は何を言おうか、悩んでいた。
 「レイはなんで黒い目じゃないの?なんで黒い髪じゃないの?」
 少女は今にも大声で泣きだしそうになっていた。
 やがて男は少女を自分の顔と同じ高さまで持ち上げ、微笑みかける。
 「青は、海の青、空の青。これは、優しさを表す。
  赤は、太陽の赤。これは、勇気を表す。
  神様は、レイに優しくて勇気のある女の子になって欲しくてそうしたんだ。」
 「か・み・さ・ま?」
 「そうだ、神様が決めたことなんだ。」
 「神様ってだれ?」
 男はまた少し悩む。
 「神様は、そうだなあ、レイのことをいつも見てくれている人だよ。」
 「神様っていい人なの?」
 「そうだ、いつもレイを見てくれる人だよ。だから、泣いてたら 
  笑われるぞ。」
 少女は涙を自分の服の袖でぬぐう。
 「うん、わかった。」
 少女の顔に浮かび上がる笑顔に、男も自然と笑顔になってしまう。
 「あ、そうだ、今度休みがとれそうだから、一緒にどこか行こう。」
 「うん、行きたい。」
 「どこがいい?」
 「あのね、あのね、うーんと、遊園地。」
 男はまたおかしくなる。自分も遊園地じゃないかと思っていたからだ。
 「そうだな、遊園地にいこう。」
 「うん、約束、指きり。」
 「はい、指きり。」
 小指と小指をあわせる二人。
 「それじゃあ、仕事で忙しいからもういいかな?レイ。」
 「うん、じゃあね、忘れないでね。」
 「わかったよ。」




 全てがぼやけている、すべてが。





 レイはゆっくりと目を開ける。
 コンクリートの天井を見ながらしばらく黙っていると、
 いきなりおかしくなり、クスッと笑ってしまう。
 あの人が神様って言うなんて。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・。
 神様。
 昔は信じていた。
 ずっと私を見てくれていると思っていた。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・。
 いつからなんだろう、信じなくなったのは。
 本当のことを知ったときからかな?
 自分の髪が青で、目が赤だという理由を。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 レイはカーテンを開ける。
 そこには自分にすべてを見せてくれている、満月があった。
 そのあふれる光が、レイの顔じゅうを照らしてくれている。
 レイの頭のなかに暖かい男の声がこだまする。
 「神様はね、レイに優しくて勇気のある女の子になって欲しくてそうしたんだ。」
 やさしくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ゆうきのあるおんなのこ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 わたしは、やさしい?・・・・・・・・・・・・・・ゆうきがある?・・・・・・・・・・・・・。
 レイは月に呼び掛ける。
 ふと、頭の中に入ってくる言葉。
 「絞り方、お母さんみたいだった。」
 わたし・・・・・・・・・・・・・・・・・・おかあさんみたい?・・・・・・・・・・・・・・・。
 月はなにも答えない。
 ふたつの言葉が、頭をまわる。ぐるぐると。
 ふたりは、レイにとって目を伏せることのできない人物。
 いかり しれい・・・・・・・・いかり くん。
 わたしは、ふたりをどうおもっているの?・・・・・・・・・・
 ふたりを・・・・・・・・・・。
 ふたりは・・・・・・・・・・・・・・たいせつなひと・・・・・・・・・・・・そう、たいせつ、だいじ・・
 ・・・・・・・・・・じぶんにとって。
 レイは月に話し掛ける。
 そうでしょ?私は、そうだよね。これが、素直な気持ち・・・・・・・・だよね。
 同意を求めるが、月はなにも言わない。
 布団を首までかけ、横目で月を見つめる。
 今のわたしって・・・・・・・・・・・・なんかへん・・・・・・・・・・・・・・すなお?
 ・・・・・・そう、今の私は素直だと思う、そう・・・・・・・・・・・・・・でしょ?
 こんな気持ち初めて・・・・・・・・・・・・・・あなたの前だと何でも・・・・・・・・・・言えるの。
 月は何も言わない。
 小さいころは、いつまでも素直でいられると思っていた。
 いつからなんだろ、こんなになったのは。
 あのころは、まだ素直だった・・・・・・・・・・・・でも・・・・・・・・・・あれから・・・・・・
 わたしは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かわった・・・・・・・・・・・・・・・。
 優しく、微笑みながら月に話し掛けるレイ。
 でも、心まできたなくなりたくなかった・・・・・・・・・心だけはきれいなままで・・・・・
 いたかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 月は彼女をそっと見守る。
 素直な女の子・・・・・・・・・・・・本当はうらやましい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 優しい女の子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当はあこがれる・・・・・・・・・・・・・・。
 好き・・・・・・・・愛してる・・・・・・・・・・・・私には関係ない言葉・・・・・・・・・・・・。
 でも、素直で、優しかったら・・・・・・・・・・・・私が素直で、やさしかったら・・・・。
 その言葉が・・・・・・・・私を・・・・・・・幸せにしてくれたかもしれない・・・・・・・・・・・・・・。
 そう思う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ううん、そう・・・・・・・・・・・・思いたい。
 微笑みを月にふりまく少女。
 でもいいの、今のこの気持ちを感じていれるだけで。
 今の、この気持ちなら・・・・・・・・・・・・・・なんだってできるかもしれない。
 クスッと笑う少女。
 わたし・・・・・・・・・・・・あしたまで、素直でいられるかな?
 あしたまで・・・・・・・・・・・・・・この気持ちのまま・・・・・・・・・・・いられるかな?
 いたい・・・・・・・・・・このきもちのままで・・・・・・・・。
 でも・・・・・・・・・・・・・・わかってる・・・・・・明日にはまた・・・・・・・・・・・・・・・・
 かわいくない女の子に戻ることを・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 少女のまぶたは重くなってゆく。
 でも・・・・・・・・・・・・もし・・・・・・・・・・・もし、いられたら・・・・・・・・・・・・・
 わたしがもし素直でいられたら・・・・・・・・・・・わたし・・・・・・・・・あした・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あいさつできるかな?・・・・・・・・・・あのひとに。
 あいさつだけでいいの・・・・・・・・・・あいさつだけで・・・・・・・。
 それだけでいいから・・・・・・・・・・。
 月の光の洗礼をあびながら、ゆっくりと目を閉じる。
 それだけで・・・・・・・・・・いいから・・・・・・・・・・・・・・おねがい・・・・・・・・・・・・・・・・
 おねがい・・・・・・・・・・・・・・・・素直でいさせて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かみさま。
 少女の頬に涙がながれる。

 ゆっくりと聞こえてくる寝息。
 少女の純粋な願いをかなえてくれる人はいないのかもしれない。

 人々がいつか来る死に怯え続ける街、第三新東京市。
 その、恐怖の街をただ優しく、暖かく照らすだけの孤独な守り神、月。
 でも、今日だけは、今日だけは、一言ぽつりと口にした。


 おやすみ、綾波レイ。

 

 

 

 


 

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