「月明りの下で」

Written by ティーエ





深夜の公園に少年は立っていた。

(何で僕、こんなところにいるんだ?)

気がつくと、目の前に美しい少女がいる。

(あれ、誰だ?この女の子)

蒼く透きとおった空を思わせる髪、ルビーよりも美しく澄んだ赤い瞳、
大草原に降り積もった雪のように汚れなき白い肌。
月明かりに浮かび上がるその姿は、女神が降臨したかのようだ。

(本当に誰だろう?それにしても奇麗な子だなぁ、まるで天使みたいだ。)

その少女は、少年の方を見つめて微笑む、優しく、温かく。

少年は、その微笑みに胸が高鳴るのを押さえられなかった。















「・・ジ、・・・ンジ、バカシンジ!!起きなさい!遅刻するわよ!!!」

薄く目を開けると、目の前には幼なじみの顔があった。
燃えるような赤い髪、南の海を連想させるコバルトブルーの瞳、
なによりも、その均整のとれたボディラインが14歳のシンジの目を惹付ける。

その視線を感じ取った少女が、形のよい眉をひそめる。

「アンタ朝からどこ見てるのよ。さっさと起きなさい!」

と言って少年の掛け布団を勢い良くめくった。
そこには、健康な14歳の男子なら当然の「朝の生理現象」が起きていた。
(それだけが理由なのかは、本人にしか解からないが。)

「っ!?きゃー、エッチ、スケベ、ヘンタイ、信じらんない!!」

バチンッ!!!





今日も、遅刻ぎりぎりで学校に到着した二人。
教室に入った途端、シンジの数少ない親友であるトウジとケンスケが声をかけてくる。

「今日も夫婦で登校たぁ、相変らず仲がええのう。」

「いや、今日はシンジのほっぺにビンタの跡がある。おそらく朝から欲情したシン
 ジに、きつい説教をしてきた。それで遅刻ぎりぎりになったんだろう?」

ケンスケの冗談は、限りなく事実に近かった。特にシンジにとってはまさに真実で
あたので、真っ赤になっている。

「おおっ!マジか碇。この野郎、それは許されねえぞ。」

「ええっ、碇君とアスカってそういう仲だったの?」

「きゃー、朝からエッチ?やだー。」

「なんだよ、碇と惣流さんって付き合ってるのかよ。」

教室中で暴走が起こっている。

「ちょっと待ちなさい!!これは、懲りずに寝坊してるバカシンジに罰を与えただ
 けよ。相田、くだらない冗談言ってると殺すわよ。」

ケンスケはちょっと怖かった・・・・・・・

そこに、救いの神「ミサト先生」が現われる。

「ごめーん。ちょっち遅れちゃった。
 あれっ?なに盛り上がってんの?教えて、教えてー」

「あんたそれでも教師?いいからHR始めなさいよ!」

この話題をミサトに知られるわけにはいかないアスカは、少しきつい口調で言った。

「えーん。アスカがいじめるよう、委員長助けてぇー。」

「あ、あの先生、HRの時間が無くなってしまうんですけど・・・」

「もう、洞木さんたらノリが悪いんだからっ♪」

調子に乗っていたミサトだが、ヒカリの頬がぴくぴくしているのを見て咄嗟に態度
を変えた。

「はーい。それじゃHRを始めるわよん。みんな席についてねー。」

口調が変わることはなかったが・・・

「突然だけど、よろこべ男子!上玉の転校生を紹介する!!」

「うぉー」と歓声を上げる男子と同時に、ミサトと男子達に冷たい視線を送る女子。
しかし、教室に入ってきた少女によって喧騒は静謐に変化する。

それは、現実と虚構が交錯したかのような錯覚を起こさせた。

(あれっ、どっかで見たことあるような気がする。既視感ってやつかな。
 でもきれいな子だなぁ。)

そんな、不可思議な空気の中、シンジは相変らずのマイペースであった。

そして教檀に立つ少女がシンジへ視線を向けていたのを、アスカだけが気付いてい
た。





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話題の転校生が来てから、数週間が過ぎていた・・・





今日も遅刻ぎりぎりのシンジとそれに付き合うアスカ。
お約束のツッコミを入れているトウジとケンスケ。
フォロー(?)をいれるヒカリ。
いつもの風景だったが、そこには今までとは少し違う変化が生じていた。

にぎやかな雰囲気の中、一人の少女が近づいてくる。

「おはよう、碇君。」

「おはよう、綾波。」

綾波と呼ばれた少女は、教室では異質の存在だった。
その容姿は確かに美しかった。かわいいといっても良い。
しかし、表情が乏しく誰とも口を利こうとはしなかった。
唯一の例外がシンジで、なぜかこの少年には心を開いているようである。

最近は、シンジが間に入った時は他の人とも会話をすることもあったし、感情も僅
かだが表に出すようになっていた。その表情は無垢で美しく、見る者の心を奪った。
しかし、それがシンジにのみ向けられていることが、他の男子には気に入らない。

朝の挨拶を交わす二人を見て、アスカが口を挟む。

「おはよう、レイ。」

「おはよう、惣流さん。」

「あんたねぇ、何度も言ってるけど私のことはアスカって呼んでちょうだい。
 惣流さんなんて、他人行儀な呼び方はやめてよね。」

「ごめんなさい、アスカ」

「べ、別に謝らなくてもいいわよ。これからは、気を付けてよね。」

「うん。分かった。」

シンジと一緒にいる時間が長いアスカは、他の生徒よりレイと話す機会は多かった。
しかし、いまだにこの少女のペースには、ついていけない。
あまりに素直なレイの態度に、少し罪悪感を感じてしまうアスカであった。

そんな二人のどこかほのぼのした雰囲気をよそに、アスカとシンジが少し離れた瞬
間を狙って、一人の男子がシンジに絡みだした。
普段目立たない、特に取柄があるようにも見えないシンジが、校内外問わず人気の
高いアスカといつも一緒にいて楽しそうにしているのを、気にくわなく思っている男子
は多いのである。

「おい碇、惣流さんと幼なじみだからっていい気になるなよ。お前なんか、勉強も
 スポーツも人並み程度で、惣流さんとは全然つり合わないぞ。」

「だいたい、お前みたいな奴は「いい人」で終わっちゃうんだよ。」

しかし、シンジは苦笑するばかりで反撃するそぶりもない。
それは、相手の言ってることが間違っているとは思えないし、アスカとはあくまで
幼なじみだと思っているからである。

「何で、お前みたいなのが女子に人気があるのか不思議だぜ。やっぱ見る目が無い
 んだよな。お前もそう思うだろ。」

そうなのだ、シンジは知らなかったが、学校内でもシンジに対する女子の評価は高
かった。中性的な容姿と偽りのない優しさ、今のように周りの圧力に対して気弱なとこ
ろが、母性本能をくすぐるのかもしれない。

そんなシンジに女子の援護が入る。

「あんたみたいに、無神経でがさつで口の悪い人とシンジ君を一緒にしないでよね。」

「きゃー、マユミが碇君のこと名前で呼んでる。」

「な、何よマナなんか「シンちゃん」とか呼んでるくせに。」

「そ、それは、みんなといる時だけでしょう。」

なにやら、女子が別の方向で盛り上がってる。それが、余計気にくわない男子。
自分でも思ってもいないようなことを口にする。

「だいたい、碇は綾波とくっついてりゃいいんだよ。
 青い髪で、赤い目なんて普通じゃないぜ。
 しかも肌が真っ白。血ぃ通ってねんじゃねえの?
 人形みたいで、気持ちわりぃ〜
 邪魔者同士、いっしょに消え・・・」

「ふざけるな!!」

すべてを言い終える前に、シンジが激昂する。
自分に対する誹謗を苦笑で受けとめていた少年は、その悪意がレイに向けられた瞬
間、別人のように弾けた。

みんなが気づいていた。
心ない言葉によってレイの表情が、雰囲気が、転校初日のものに戻っていく様を・・・

しかしシンジだけが、それに気づいたのだ。
そこに哀しみの色が浮かんでいることに・・・

「・・・お前に、生まれたときからの身体の特長をとやかく言う資格があるのか。
 他の人と違うことが悪いことなのか。
 ・・・もう一度言ってみろ、生まれてきたことを後悔させてやる。」

最初の感情の爆発以降の言葉は、どこかたんたんとした調子になっていた。
それは、怒りが治まったのではなく、さらに込み上げてくる激しい感情を必死に
コントロールしている為であった。
それは、微かに震える体と普段は優しく柔和な輝きをもつ瞳が、見るものを焼き
尽くすような光を放っていることから容易に察しがつく。
その物理的な力を持っているような錯覚すら受ける視線を、正面から受けた男子は
腰を抜かすことすら出来ずに固まっていた。

周りは、初めてみるシンジの激昂した様に静まり返っていた。

そんな時間の流れが止ってしまった雰囲気の中で、一人の少女が震えていた。
それは、恐怖の為ではなく怒りのためであった・・・

「アンタ何言ってんのよ!そりゃ、シンジの言ってることは正しいわよ。
 でも、何でそんなに怒ってるのよ。それってレイが特別って事!?
 ふざけるんじゃないわよ!」

アスカの怒声によって、今まで凍り付いていた空気が氷解した。
そして、教室のあちこちでレイ&シンジ説が囁かれ始めた。
しかし、そんな中で別のツッコミを入れる少年がいた

「惣流の言うとることは解かる。せやけど、何で惣流がそんなに怒るんじゃ?」

「まあ、分かりきったことだな。それはともかく、シンジは綾波に惹かれている。
 惣流はシンジのことが気に懸かる。それじゃ、綾波はどうなんだ?」

「相田!なに仕切ってんのよ!!だいたい、どうしてこのアタシがシンジなんかを
 気に懸けるわけ?あんたバカぁ。」

「しかし、先程の惣流の論理からすると、そうなるんじゃないか?」

「うっ・・・」

言葉に詰まったアスカ(しかも頬を赤く染めている)を見て、教室ではレイ&シン
ジ&アスカ説が激しく議論されていた。

「で、綾波はどうなんだ?」

この一言で、教室の視線はレイに集中した。
話題の人、レイは俯いていた顔を上げシンジの方を見ると僅かに頬を染め、また俯
いた。教室は、「うぉー」とか「きゃー」といった歓声に包まれた。
その声で、レイもシンジも顔を真っ赤に染めていた。
アスカは別の意味で真っ赤になっていたが・・・ある意味平和な日常の風景だった。





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シンジが(おそらく生まれて初めて)激昂した日から3日後、彼らは双子山にいた。
今日は、学校行事のハイキング(登山)である。





あれから、レイの様子は明らかに変化した。
相変らずシンジとその周りの者だけにだが、普通に会話をするようになっていた。

「碇君は、「山」好き?」

「うん、好きだよ。綾波は?」

「私も、好き・・・なぜだかとても落ち着くの。」

「そうかぁ、僕もね、山の空気は澄んでるし緑もいっぱいあって、なんかほっとする
 感じがする。それに、僕は泳げないから海よりも山の方が好きだな。」

「碇君、私と同じ・・・うれしい。」

「へぇ、綾波も泳げないんだ?」

密かにコンプレックスを抱いていたシンジは、仲間が出来たと思いうれしそうである。
しかし、相変らずの天然ボケである。

「ううん、山が好きということ。」

「そ、そうだよね。14歳にもなって泳げない人なんていないよね。」

「?、碇君は泳げないんでしょう?少なくとも一人は、いるって事。」

この子のボケ(ツッコミ?)も天然である。

「あ、綾波・・・」(しくしく)

「碇君泣いてる・・・どうしたの」

シンジの顔をのぞき込むように見上げるレイ。
もう我慢できないとばかりに口を挟むアスカ。

「なに、いちゃいちゃしてるのよ!早く登らないと先を越されちゃうわよ。」

「先を越されちゃうって、競争してるわけじゃないんだよ。」

「分かってないわねバカシンジ。私は常に1番でなくちゃいけないの。
 分かったらさっさと歩く。」

そう言って、シンジの腕をとって歩き始めるアスカ。
少し寂しそうにそれを見送るレイ。

「分かったよ、アスカはいつも強引なんだから・・・綾波も早くおいでよ。」

「うん。」

本当に僅かだが、レイは嬉しそうに微笑むとシンジ達の後を追いかけていく。

その様子を見ていた二人組は溜息を漏らす。

「はあぁ、なんやワシらシカトされとるとちゃうか?」

「俺達には、こういった役割が定めなのさ。」

「なに言ってるのよ、二人とも早く登りなさいよ。中学2年生なんだから、団体行
 動ぐらいできるようになってよね。」

「分かってないな委員長。中学2年生だからこそ集団から離れ、人とは違うことを
 して自己主張をしたいのさ。」

「あ〜い〜だ〜く〜ん。庇理屈言ってないで、さっさと登りなさい。」

「おっと、すまんすまん。トウジの出番をとっちゃたよ。それじゃ。」

ケンスケは、軽く手を振るとブッシュの中へ姿を消していった。
(ブッシュ=草木等、身を隠す場所。サバイバル用語?彼の得意分野である。)

「ちょっと相田君、へんな言い掛りつけないでよね!」

「ちょ、こらケンスケ。ワシをおいて、いいんちょと二人でどないせぇちゅうんじゃ。」

「鈴原、それどういうこと?」

「い、いや、いいんちょと二人でいるのがいやっちゅうことやないで。ワシはおな
 ごと二人で気の利いた会話できるほど、器用じゃないからのう。」

「そ、そんなこと関係ないよ。」

初々しい会話をしながら登山を始める二人を、当然のようにストーキングするケンスケ。
このトリオも、なかなか味わい深いものがある。
まだまだ、カップルとしての意識がない二人をサポートするケンスケは、ある意味1番 
大人に近かったかもしれない。
本人は、嬉しくもなんともないだろうが・・・





山腹辺りまで来た時シンジは、左をレイ、右をアスカに挟まれて歩いていた。
ここまで、会話の主導権は当然のごとくアスカが握っていた。
シンジは時々相づちをうち、レイはそんな二人を見つめていた。

「これは、アタシのおもちゃ。レイに貸すのはいいけど、あげないわよ。」

話の流れが何処でそうなったのか、シンジ=アスカのおもちゃという話になっていた。
そして、珍しくレイが口を挟む。

「?、碇君は、おもちゃじゃないわ。人間よ。」

「そうじゃなくてっ」

「??、霊長類ヒト科、雄、14歳。平たく言えば中学2年生の男子よ。」

「あ、あんたバカぁ、それくらい分かってるわよ。比喩よ、ひ・ゆ!」

「アスカは、碇君で遊んでいるの?」

「あ、綾波ぃ。せめて「碇君と遊んでいる」って言ってよ。」

「バカシンジは黙ってなさい!
 レイもようやく解かってきたようね。そうよ、アタシはシンジ「で」遊んでるのよ。」

「私も、碇君と遊びたい・・・」

「あら、残念ねぇ。シンジ「で」遊びたいならともかく、シンジ「と」じゃねぇ。
 貸すわけにはいかないわね。」

「アスカぁ。」

シンジの情けない声(嘆願)は無視されたが、その後のレイの声と目には強烈な
強制力があった。

「アスカ、お願い。」(うるうる)

そう言って上目遣いでじっと見つめられると、さすがのアスカも折れるしかなかった。
この時点で、すでにシンジの意志は無視されている。(お約束だが)

「もう、分かったわよ、好きにすれば。」

「ありがとう、アスカ。」

そう言った瞬間、レイは自分の腕をシンジの腕に絡めていた。

「あ、綾波?!」

「レイ!!」

「?」

二人のリアクションが理解できないレイ。
特に、アスカの表情は悪鬼のごとくすさまじかった。

「アスカ・・・怖い・・・」

「そう思ったんなら、その腕をすぐ離しなさい。」

「どうして?」

「っ、ど、どうしてって、シ、シンジが嫌がってるからよ。」

「碇君、私と腕組むの嫌?」

レイの胸の感触に、半ば恍惚となっていたシンジは咄嗟に答えてしまった。

「そ、そんなわけないじゃないか!綾波と腕組んでると気持ちいいし・・」

「シ〜ン〜ジ〜、今なんて言ったのかしら!よく聞こえなかったんだけど、
 もう1度言ってもらえる?」

シンジは思った。マジでやばい。

しかし、そんなシンジを救ったのは、レイの一言であった。

「私も、気持ちいい。碇君と一緒にいると、ほっとする。
 碇君の傍にいると暖かい気持ちになる。」

その時、シンジの体にレイの腕から胸から身体全体から、暖かい波動が伝わってきた。
それと同時にシンジの中にあった僅かな邪な気持ちも消え、暖かい波動が満ちてきた。

そんな、幸せそうな(ある意味一体感すら感じている)二人とは別に、ご機嫌斜めの
アスカが残されていた。
アスカとしては止めに入りたいのだが、それが嫉妬だと思われるのがいやだったの
である。
周りから見れば今更、といった感じなのだが本人はまだ正直な気持ちになれないよ
うだ。

「あー!何やってるのよ、碇君!綾波さん!」

突然の叫び声は、ようやく追いついたヒカリ&トウジ。(+ケンスケ)
(ケンスケ:「俺の扱いって・・・」(涙))

「ふ、不潔よ、こんな場所で、だ、抱き合ってるなんて!!」

そう、今レイはシンジの腕を抱きかかえており、シンジはそんなレイを軽く引き寄
せ柔らかく包み込んでいた。

完全に別の世界へ旅立っていたシンジは、強制的に現実の世界へ連れ戻された。

「い、いや違うんだよ委員長。あの、その、話がね逸れてきちゃって、そう、それ
 でアスカと綾波が言い合って、それから・・・」

言い訳を続けるシンジを他所に、アスカとレイの視線が合わさっていた。

「何?」

「何?じゃないでしょう!アンタ、人のおもちゃで楽しんでくれちゃって。
 いい根性してるじゃない。」

「アスカ、好きにすればって言った。」

「そう、じゃもう2度とシンジで遊んじゃダメ。」

「どうして?」

「アンタ、私の言った通りにしたんでしょう。だったら、私がダメっていったらダメなのよ。」

「アスカ・・・いじわる。」

「ア、アンタねぇ、そうやってすぐ泣くのやめなさいよ。卑怯よ!」

「私、泣いてるの?」

「その瞳に涙ためて、うるうるさせてれば泣いてるのと同じでしょう!
 それだったら、ぎゃーぎゃー泣かれたほうが気が楽だわ。」

「そう、じゃあそうする。」

そう言ったレイの瞳から涙が、こぼれ落ち始めた。
めったに慌てることのないアスカが狼狽する。

「じょ、冗談よ冗談。アンタすぐ本気にするんだから。ほら、泣き止みなさいって。
 レ〜イ、いないいない〜・・・ばぁ。」

「ぷっ、くすくす。」

「ア、アンタ、泣き真似してたわね!!」

「そう、分からないわ。」

「(怒)!!」

「・・・・ごめんなさい。」

「まあ、許してあげるわよ。アタシの寛大な処置に感謝しなさい。」

「ありがとう、アスカ。」

「ま、レイの保護者としては当然ね。」

「っ!・・・・」

「どうしたのよ突然。冗談よ冗談。」

「なんでもないわ。」

「まったくもう、迂闊に冗談も言えないわね。」

「お〜い、惣流。漫才止めて、そろそろ行かんと置いてきぼりをくうんとちゃうか?」

「誰が、漫才やってんのよ!あんたばかぁ。」

「でもアスカ面白かったよ。」

「バカシンジ!誰の所為でこうなったと思ってんのよ!!」

「ぼ、僕かな・・・」

「分かってるじゃない。そういえば、さっきアンタに罰を与えるのを忘れて・・・」

アスカが喋っている途中に、レイが割り込んでくる。かなり珍しいことだが。

「碇君、私は?私は、面白かった?」

「あんたばかぁ。あれは褒めてんじゃ無くてけなしてんのよ!」

「私は碇君に聞いてるの、アスカは黙ってて。」

「な、なんですってぇ。アンタ、人が喋ってるのに割り込んでおいて言ってくれるわね。」

「そうだよ綾波、今のは言い過ぎだよ。アスカに謝ったほうがいいよ。」

「ん〜〜。」

レイが頬を膨らませている。本人は不機嫌です、との意思表示のつもりなのだろうが
周りから見ると、可愛くてたまらない表情だ。

「ぷっ、あははっ。レイ、アンタそれ怒ってるつもり?めちゃめちゃ可愛いんだけど。」

「くすくす。そうだね。それじゃ、「ごめんなさい。」って言う前に「よしよし。」
 って、頭撫でてあげたくなっちゃうよ。」

「もう、碇君まで・・・知らないから・・・」

そう言ってレイは、すたすたと歩きだす。
シンジが慌てて追いかける。

「ま、待ってよ綾波、本当に怒ったの?」

振り向いたレイは一言。

「・・・あなた誰?」

一瞬後・・・

「あ、綾波、僕が悪かったから。機嫌直してよ。」

「レ、レイ、私が悪かったわ、だから機嫌直しなさい。」

二人の息の合ったコンビネーションに少しむっとしたレイは、条件を出した。

「碇君・・・ぎゅっして。」

「えっ?」

「だから、ぎゅっして。」

「この際しょうがないわ。シンジ、今回は許すから早くしなさい。」

「えっ?」

「碇君・・・嫌なの?」

「そ、そんなことないよ。」

そう言って、シンジはレイを抱きしめる。優しく、そして力を込めて。

しかし、彼らは知らない・・・彼らの周りに分厚い人垣が出来ていることを・・・





山頂にて・・・

「あ〜あ、さっきは大恥こいちゃったわね。アンタ達、黙って見てないで教えなさいよ。」

「しかしなぁ、3人だけの世界に割り込むのは無粋ちゅうもんやで。」

「まぁ、声をかけるタイミングを外したのは確かだが、あの人垣に気付かないほう
 がおかしいよな。」

「碇君も綾波さんも、これからは気を付けてね。」

「何が?」

「だ・か・ら、公衆の面前であんな恥ずかしいマネはしないでねってこと。」

「あなたは恥ずかしいの?」

「あ、あたりまえでしょう。」

「だめよヒカリ。この子には、そういった感情はないのよ。それよりこう言った方
 がいいの。いいこと、レイ。さっきみたいなのは、シンジが嫌がるのよ。解かった?」

「碇君は、嫌なの?」

「うん、みんなの前だと恥ずかしいよね。」

「そう・・・解かったわ。」

「ほらねっ。」

得意そうにヒカリにウィンクするアスカ。しかし・・・

「みんなの前でなければいいのね。」

「違うでしょう!!」

「う〜ん。ナイスだな。俺達の出番がない。」

「まったくや。ボケとツッコミはワシらの役やったはずやで。」

「俺達は、力不足だったってことさ。」

「いいや、ちゃうでぇ!ワシらには役不足だったんや!!ワシらに、こないな舞台
 は狭すぎやで!!○○TVで華々しくデビューするんや!誰にも止められへんでぇ!!!」

「じゃ、アンタ達、帰んなさいよ。別に止めないわよ。」

「・・・冷たい女やなぁ」

「確かにな・・・あれで性格が良ければ、更に値段が上がるんだが・・・」

「何の値段が上がるのかしら?」

「いいんちょ・・・聞いとったんか?」

「ええ。はっきりとね。」

「ははは・・・な、何の値段って?そ、そりゃ・・・・・・」

「写真ね。」

「何や惣流、知っとったんかい。」

「ば、馬鹿・・・」

「ふーん、噂は本当だったようね。」

「鈴原っ!、相田君っ!そんなことしていいと思ってるの?女の子をお金儲けの道
 具にするなんて最低よ!!」

「いいんちょ、そりゃ言い過ぎやで。別に変な写真売っとたわけやないで。
 普通の写真や。なあ、ケンスケ。」

「あぁ。もちろんさ。」

「怪しいわね。」

「ま、まさか?おんどれワシに内緒で、荒稼ぎしとったんかい!この裏切りも〜ん!!」

「ト、トウジまで俺を疑うのか?しかも、なんで惣流が断言できるんだよ。」

内心、冷汗でびっしょりのケンスケ。しかし、その表情は心外といった感じである。
コメディアンとしてよりも俳優の素質があるのかも知れない。

「相田が本音でものを言ったことがあったかしら?周りに迷惑が掛かることを黙っ
 ているのは優しさや気配りとして認めるけど、アンタはそれだけじゃないからね。」

「なんや、結構ケンスケのこと良く見てるやないけ。案外、気があるんやないか?」

「あんたバカぁ!!!どうして、アタシがこんな奴を好きにならなきゃいけないのよ。」

いつもに増して凄まじい「あんたバカぁ」であった。

「俺だって、こんなじゃじゃ馬お断りだよ。」

「相田。アンタに勇気と無謀の違いが分かるかしら?アンタの今の言動がどちらを指すか。」

「ケ、ケンスケ。謝ったほうがいいよ、アスカを怒らせると手が付けられなくなるよ。」

「ア、アスカも落ち着いて。今のはアスカも言い過ぎたんだし、おあいこってことで。」

シンジのセリフに少しむっとしたものの、親友の言葉には一理あると思ったアスカ
はそれでも一言、言っておきたかった。

「だいたい相田のバカが、いつも自分の気持ちをはっきり表に出さないのが気にく
わないのよ。大人じゃないんだから、もっと自分の気持ちに素直になりなさいよ!」

アスカの一言は、次の爆弾発言を生んだ。

「惣流にそう言われるのは心外だが、こうなったら言ってやる。じ、実は、俺は綾波の
 ことが好きなんだぁ!!!」

「ごめんなさい。」

「うぉー!!!一瞬の迷いもない。」

「コンマ1秒で振られたのう。」

だれもフォローを入れることが出来ず(入れるつもりもないのか?)しばらく沈黙
が続いた後、ケンスケは目覚めた。新たな自分に・・・

「こうなったら、写真の為に生きてやる。写真に生涯を捧げるんだ!!!
 写真はいい・・・・・・
 普段、目にする代わり映えのない世界も、レンズを通して見ると別世界になるんだ!
 同じものも違って見える。そう!人それぞれ世界の見え方は違うんだ。
 カメラは、それをフィルムに残してくれる。
 その人の感性を表現出来るんだ!
 そして、一瞬の輝きを永遠に変えることが出来る。
 俺はやるぜ!世界中を撮ってやる!!
 今の世の中をフィルムに「移し」、カメラの中で具現化してみせるんだ!!!」

「ケンスケ、遂に壊れてしまったのう・・・」

「いい奴だったよ・・・」

「さよなら。」

「もう戻ってこなくていいわよ。」

「相田君。犯罪には走らないでね。」

「な、なんでだぁ!今の俺、ちょっと格好良かっただろ。なんでみんな引くんだー!」

「アンタはそういうキャラクターなのよ。」

「運命だよね」

「宿命かしら。」

「運命ならまだしも宿命だと最悪ね。」

「変えようがないからね。」

「私と碇君が出会ったのは運命。ただの偶然よ。
 でも、これからどうなるかは私と碇君の気持ち次第。
 そしてその気持ちをどう表現するか、行動に移せるかで決まる。
 宿命なんてないわ。」

「綾波・・・」

「こらー、またアンタ達は二人の世界を創って・・・」

「アスカ・・・妬いてるのね。」

「ち、違うわよ。時と場所を考えろって言ってるのよ。
 さっきみたいなことになっちゃうでしょ。」

「お〜い、今は俺の話だろ・・・綾波、今のは俺へのフォローだよな。
 やっぱり惣流とは違って優しいぜ。・・・・みんな聞いてる?・・・・
 おーい、俺は此処にいるぞー。」

将来、大物の写真家として世界に名を残すことになる少年が、その片鱗を見せたのは
この時が初めてであった。
周りからの反応も表面通りの冷たいモノではなく、単にその雰囲気を楽しんでいる
様であった。
又、自分からそういったキャラクターを演じられる強さが彼にはあった。
ケンスケは、温室で育てられるタイプの芸術家ではなかった。
彼は、野原でたくましく育っていくタイプの芸術家だったのだ。





こうして、いつもより少し賑やかに開放的な気分を味わいながらハイキングは続いた。






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楽しい時間と空間を味わえたハイキングから数日が過ぎていた・・・
深夜の公園に二つの人影がある。
レイとシンジである。
シンジは、この数日の間ずっと気になることがあり、それを確認するためにレイを
呼び出したのだ。
こんな時間になってしまったのは、レイが家を抜け出すのに家の人が寝静まるのを
待たねばならなかったからだ。





シンジは、レイが来てからも短い挨拶を交わしただけで、しばらくの間、黙っている。

二人で空に浮かぶ月を眺めていた。
やがてシンジは、静かに口を開いた。

「このまえハイキングに行った時、冗談でアスカが保護者って言ったら綾波、顔色
 が変わってた。よく考えてみたら僕、綾波のこと殆ど知らないんだよね。
 ちょっと前に、教室で男子に・・・僕は名前知らない人だったけど・・・あいつに
 変なこと言われたときも、綾波悲しそうな顔してた。
 もちろん、あんなこと言われれば悲しくなるだろうけど、もっと深い・・・うまく
 言えないけど、何か別のモノを「視て」いるような気がして・・・・
 あはは、あの時の綾波の表情を見たら柄にもなく、大声で怒鳴っちゃたよ・・・・

 もし・・・つらいことがあるんだったら・・・僕でよかったら話してくれないかな。
 綾波の力になってあげたいんだ。力になりたい。・・・・・・だめかな?」

シンジは、月を眺めたまま話していた。独り言のように、しかし最後のセリフの時
に初めてレイの方を見た。

レイも月を眺めたまま話を聞いていた。そして、シンジのセリフが終わるのと同時
にシンジの瞳を見つめた。
そして、語りだす。自分の過去を、その瞳に憂いの影を落として。

「私の容姿は他の人と違う。個性という言葉では許容できないほどに。
 ここにくるまでは、よくいじめられたわ。雑言、あるいは無視・・・物理的な暴力
 を受けたこともあったわ。
 男子の中には、私のことを奇麗だと言ってくれる人もいた。
 でも、それは美術品を褒めるのと同じような感じだったと思う。

 両親は、私が小さい頃亡くなったわ。両親の顔も覚えていない・・・僅かに残って
 いるのは、微かな温り・・・碇君の傍にいる時感じる暖かさとは、少し違う温り。
 その後は、色々な人達の間をたらい回しにされたわ。
 でも、ここに来て少しは落ち着いた。
 今まで、無意識の内に感情を押し殺してきた私が、気がつくと笑っていることさえ
 あった。

 クラスのみんなは、概ね私の存在を受け入れてくれる。以前のようにいじめを受け
 ることも無くなった。そう思っていた時に、あの男子生徒に言われたことはショック
 だったわ。

 今の親戚の人は私を邪魔者にしない。
 テストでいい点をとってくると褒めてくれる。
 家事の手伝いをすると、いい子だねって褒めてくれる。
 だけど最近思うの、あの人達は私を管理して喜んでいるだけ。
 自分達の言うとおりにする私を楽しんでいるの。
 今の私は、生活の全てを彼らに管理されているわ。」

シンジは、綾波が話してくれたことに衝撃を受けていた。
彼女は美しくて、可愛らしい。シンジにとって目を奪われずには、いられない。
彼女の優しさ、無邪気な仕草、すべてに好感を持てた。胸のときめきを抑えられない。

そんな彼女を疎外する人間がいるのだろうか?
こんな彼女に、どんな気持ちで冷たい仕打ちをするのだろうか?
それとも周りの反応が当たり前で、自分がおかしいのだろうか?
しかしシンジは無駄な思考を止めた。いつもなら、うじうじ考え込んでしまう筈な
のに・・・
今は、他にやるべきことがあることを分かっていたから。理屈ではなく、感性によって。

「綾波が奇麗なのは本当だよ。いじめてたのは主に女子の方が多いんじゃないかな?
 男子に人気があれば同性からは妬まれるし、逆に子供の頃の男の子って好きな子に
 は意地悪をしちゃうことが多いんだよ。
 見た目を褒めるのはある意味しょうがないと思う。誰だって、初対面の人を内面か
 ら評価することはできないよね。それは、長く付き合ってみなければ分からないから。
 だから、まず外見で評価してしまうけど、それはきっかけの一つにすぎないと思う。
 綾波はもっと自分に自信をもっていいと思うよ。
 それだけ周りに影響を与えるほど、綾波の容姿が優れているってことだから。
 その分、自分の本当の良さを解って貰える機会が、増えているということだから。
 だって綾波の魅力は外見以上に、その内面にあるから。」

あるいはシンジの言ったことは詭弁、というより事実の1部分に過ぎないかもしれない。
しかし、それは優しく暖かい風となってレイの心を覆う厚い雲を吹き払い、冷えきった
心を暖めてくれた。

「僕の好きな歌の中にこんな歌詞があるんだよ。」

突然のセリフに戸惑った表情をみせるレイ。
そんなレイに、軽く微笑みながらシンジは口ずさむ。

「譲れないことを一つ、持つことが本当の自由さ
 束縛されないことが、自由じゃない。」

短いフレーズだった。
しかし、その意味することは大きかった・・・少なくともシンジにとっては・・・
そしてレイにとっても・・・

「綾波は生活の全てを管理されていると言ったよね。でも今、綾波は僕と一緒にいる。
 家の門限を破って。それは、僕とのことだけは・・・・特別だということだよね。
 家の人との決まりごとを破ってしまうほど。」

シンジは、自分で自分のことを「特別」と表現することに多少の照れと抵抗があったが、
レイに自由の意味を知って欲しくて言い切った。

「私は、碇君の傍に居たい・・・いつも一緒に居たい・・・それは私のわがまま?」

「そんなことはないよ、僕も綾波の傍に居たい。それはわがままなんかじゃない。」

「私にも、自由を手に入れることが出来るの?・・・自由が許されるの?」

レイの言葉に、シンジは優しく答える。

「違うよ綾波、綾波は既に自由なんだよ。
 人は、誰だって自由に生きる権利がある。
 それは、好き勝手に生きてもいいと言う訳じゃなくって、大切なものを守ること・・・
 大事な想いを持ち続けること。
 行動を管理される事は確かに不快だし、それから逃れようとするのは当たり前だと思う。
 でもそれを拒絶するだけなら、それはただの反抗に過ぎないと思うんだ。
 自分から見つけた気持ち。そんな気持ちこそ大切にするべきだし、その想いを他の人の
 干渉に左右されずに持ち続けること。
 それが、本当の自由なんじゃないかな?
 綾波の想いは、綾波だけのものなんだ。それが1番大事だと思うよ。」

「私の想い・・・私だけのもの・・・」

レイは、誇らしげな微笑みを浮かべると小さく、しかしよく通る声で告げた。

「碇君・・・あなたが好き。」

「僕も綾波のことが好きだ。」

特に力を込めているわけでも無く、変に気取った感じもない。
だが、心からそう想っている。それが確信できる口調であった。

二人の影はやがて1つに重なり、その姿を月だけが静かに見守っていた。





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公園に一人の少女がいる。
少女は、ベンチに腰掛け周りの風景をただ眺めていた。





レイは今、幸せだった。
シンジと心が通じている。1つになれた、そう感じていた。
あの後、一緒にお酒を飲み二人で歌を歌った。
初めてのことばかりだった。
今までの自分とは違う感じがしていた。
滅多に表に出てこなかった感情が、自然に溢れてきた。
こうして、周りの風景を眺めているだけで気分が穏やかになる。
木漏れ日や風の流れ、鳥のさえずり、子供の声・・・
そんな日常の風景で幸せを感じることが出来る。
生まれ変わったような気がしていた。

レイは、ふと誰かの気配を感じた。
そこへ目をやると、小さな子猫がレイを見上げていた。
可愛いと思った。
そして寂しそうな瞳に気付き、自分も哀しい気持ちになる。
そんな、自分の心の揺らぎに戸惑いながら子猫を見つめる。

その子猫は暫くの間レイを見上げていたが、他の人が近づく気配を感じると
咄嗟に茂みへと駆け込み道路へ飛び出した。

レイは、危険を感じ一緒に飛び出す。
中型のトラックがすごい勢いで突っ込んでくる。

(私が守ってあげる。)

レイの行動に、ためらいは無かった。





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病院の1室で少年は、涙をこらえていた。
その部屋のベットには、少女が一人横たわっていた。
その様子は、素人目にも助かりそうにないことが分かる。





レイは、小さな命を守ってあげられたことに大きな満足を得ていた。
しかし同時に、自分のもっとも大切な人を悲しませていることが残念だった。
自分には、結局こんな不器用な生き方しか出来ないのだろうと思った。

今までの出来事が走馬灯のように思い返される。

碇君・・・・初めて会った時、初めてじゃない気がした・・・・

・・・・・・男子が私を酷く言った時、守ってくれた・・・・・

・・・・・・一緒に大好きな山に登れた・・・・・・・・・・・

・・・・・・腕を組んだ時、とても暖かかった・・・・・・・・

・・・・・・抱きしめてくれた時、穏やかな気持ちになれた・・

・・・・・・初めて唇を重ねた時、幸せだった・・・・・・・・

ありがとう・・・そして・・・さよなら・・・

少女の頬にひとすじの涙が流れる。

「綾波、傍にいるって、いつも傍にいてくれるって言ったじゃないか・・・
 がんばって、この位の傷すぐよくなるよ。だから又、一緒にお月見しよう!
 一緒にお酒飲んで、一緒に歌を歌って・・・お願いだよ・・・綾波・・・・」

碇君が、一生懸命声をかけてくれている。
今の私には何も聞こえない。
でも、分かる。碇君の言っていること。
ごめんなさい・・・もう、碇君の傍にいられないみたい・・・・

レイは、少し困った顔をすると、最後にほんの僅かだけ微笑んだ
そして、息を引き取った・・・

生きることの喜びを教えてくれた。

これからの人生を共に歩むはずだった。

唯一、心に絆を感じる人だった。

・・・たった一人の、大切な少年を残して・・・





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エピローグ





深夜の公園で少年が一人、空を見上げていた。
そこには、柔らかな光を放つ満月が浮かんでいた。

シンジがそこへ赴いたのは、別れを惜しんでとか、思い出に浸る為でも無かった。
泣き腫らした顔が痛々しい。シンジは、あれから丸1日泣きとおして過ごした。
気がついたら、綾波と最後に過ごした公園に来ていた。
今は、不思議と心が落ち着いている。

(まるで、綾波が傍にいるみたいだ。)

シンジは思う。
これからも続く人生の中で、あの少女と過ごした時間は僅かなものだ。
しかし、そこに込められた「想い」は、自分の人生で2度と感じることの出来ない
程強く深い気持ちだと。

気がつくと、目の前に美しい少女がいる。

蒼く透きとおった空を思わせる髪、ルビーよりも美しく澄んだ赤い瞳、
大草原に降り積もった雪のように汚れなき白い肌。
月明かりに浮かび上がるその姿は、女神が降臨したかのようだ。

しかし、シンジは少女が、ごく普通の女の子であることを知っている。

楽しいとき、彼女は声を上げて笑った・・・
哀しいとき、彼女は涙を流した・・・
怒ったとき、彼女は可愛く頬を膨らませていた・・・
嬉しいとき、彼女は微笑んでいた・・・全てを包み込む優しい笑顔で・・・

ほんの僅かの期間で創られた思い出は、シンジの心から溢れだし尽きることはない

少年の胸がまた、張り裂けんばかりの哀しみに満ちる。
涸れたと思われるほど流した涙が、また一筋流れる。

(私は・・・碇君に会えてよかった。)

目の前の少女が微笑む。優しく、暖かく。

シンジの哀しみは、いつしか消え穏やかな安らぎが心を満たしていた。

「綾波・・・・君を好きでよかった。」

少女は満面に笑みを浮かべ、その姿を消した。

後には少年が一人、月明かりに佇んでいた。





終わり





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後書き





どーも、ティーエです。

この話を書くきっかけになったのは、アニメの「エルハザード」です。
あの最終話について友人と話している時に、
「あんなの、ありがちなパターンだって、よくある終わり方じゃん。」
と言われてショックでした。
私はラストを見た時、哀しくて切なくて涙が止りませんでした。
人によって、その価値観・感受性が如何に違うか実感させられました。
それは、感動しないから悪いとか劣っているという意味ではなくて、本当に違うん
だな。
と、感じました。

(以下、ネタバレです。エルハザードを見ていない方で、今後見るつもりのある方
は読まないで下さい。)





第一話でヒロインとの出会い。この時は、主人公の視点でストーリーは流れます。
視聴者である私も主人公同様、突然の出来事と少女(?)の出現に戸惑うだけです。
言葉を悪くすれば、「誰だよこいつ。」といった感じでした。

最終話では、同じシーンが少女の視点で流されます。
この時の私は、少女がどんな気持ちでこの場所に現われたのか分かります。
これから少女がどの様な時を過ごすのか・・・
そして、今までの思い出を共有することの出来ない主人公の、他人を見るような目つき。
(その時点では確かに、主人公にとっては他人なのですが)
その出会い(再会)の後、主人公の世界で「学校」を散策する少女。
1つ1つを大切に、記憶に刻み込んでいく少女。
それらの想いが、第一話の時の自分の気持ちとシンクロして、やるせない気持ちで
一杯でした。

この気持ちを「ありがちなパターン」「よくある終わり方」の一言(二言?)で片
付けられてしまったショックは、日本がワールドカップで全敗した時以上でした。
(それは言い過ぎだって?(笑))

その時のくやしい気持ちが、この作品を書く原動力になりました。
その時の友人Aに感謝します。(爆)

作品としては、まだ私にとっても2作目ということもあって(言い訳(^^;)、自分
の表現したかった事が、うまく出来ていないと思います。
又、アスカが途中で出てこなくなります。この3人の決着(というより、シンジの
アスカに対するけじめ)を付けられなかったのも、私の力量不足を端的に示しています。(^^;

それでも、私の処女作よりは進歩の跡が見られると思うのですが・・・どうでしょうか?
前の方がマシだった。なんてことは無いですよね?(汗)
(それより、前の作品を読んでもらってない可能性もある、というより高い?)(^^;;

感想・ご意見・誤字脱字の指摘など何でもよいので戴けると、とても嬉しいです。(^-^)

メールアドレス:pulimo@quartz.ocn.ne.jp

追記・・・

「譲れないことを一つ、持つことが本当の自由さ
 束縛されないことが、自由じゃない。」

作中にある上記の歌詞は実在します。

確かB’Zの歌だと思ったのですが、題名が思い出せません。
(歌っているバンド名すら確かではありません。)
本来なら著作権など問題があるのかもしれませんが、素人の、しかも商業用でも無
い作品ですので問題ないかな?と思って引用させて頂きました。

ずいぶん昔に聴いた歌です。
当時は学生で、校則や両親の言葉などに反発して停学をくらったり警察のお世話に
なったこともありました。
そんな時にこの歌を聴いて(といより、この歌詞が印象深かったです。)とても感
銘を受けました。当時は深い意味も考えず自然に行動が変わってきたのですが、時間が
経つにつれ、その意味を考えさせられる事が多くなってきました。
そんな訳で、どうしても作品の中に入れたかったのです。
しかし、それは言い訳でしかありません。

もし問題があるようなら、どなたでも結構ですのでメールを下さい。
(そういうの(法律関係)って詳しくないものですから(^^;;;)

メールアドレス:pulimo@quartz.ocn.ne.jp

その場合、こちらからメールを送りますのでZETTONさんには、お手数ですが
HPからこの作品を削除して下さい。
その後、問題の部分を削除・編集して再送しますので、そちらをUPして戴ければ
幸いです。

長い、後書きになってしまって申し訳ないです。
これで終わりですから(笑)

では(^^/


Please Mail to  Mr. ティーエ


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98/11/21 公開