夢見心地
ピピピピ!ピピピピ!ピピピピ!
典型的な目覚まし音が、朝の来訪を告げる。
無機質な、コンクリート剥き出しの部屋にも夜が明け、朝が来る。
「・・・・・・・」
ゴソゴソ
目覚ましの音に起こされた部屋の主は、寝起きで惚けた頭の片隅で、何故『目覚ましが鳴っているかを』考える。
彼女は、今まで目覚ましを使った事がなかった。
いや、昨日まで目覚し時計など持っていなかったのだ。
彼女は無趣味であった。
精々詩集を読む程度であるが、それすら暇つぶしの感が拭えない。
する事がなければ早くねる物。彼女は非常に早寝早おきな生活週間を持っていた。
それが、何故目覚し時計を買ったのだろうか?
「・・・・・・朝。」
寝ぼけ眼で起きた彼女は、ベッドから起き上がると、棚の上に置いてある目覚ましを止めにいった。
カチッ!
目覚ましが止まる。
「・・・・・・・・・・・・・」
音の発生源を止め、一瞬布団に戻ろうとしたところで、彼女は何故目覚ましが鳴っていたのかを思い出した。
「・・・・・・・準備、しなくちゃ。」
シャワールームに行って、熱いシャワーを浴びる。
一気に惚けた頭が覚醒すると、直ぐさま体を拭いて着替える。
選んだ服は、昨日あの少年が買ってくれた白いワンピース。
着替えると、なんだか胸の奥が熱くなっていくのが自覚できた。
昨日感じた、あの爆発的な鼓動が蘇ってくる。
抱きしめられた時に感じた温もり。
充実感。
一体感。
愛しさと切なさを。
自分の出生の秘密を考えれば、存在理由を考えれば、それは泡沫の夢なのかもしれない。
しかし、それでも自分はあの少年を選んだ。
初めて感じた、自分の意思で。
今、目覚し時計の有った場所に置かれていた眼鏡はすでにない。
昨日、少年と行った芦ノ湖に捨ててしまったからだ。
仮初めの絆など、もう要らない。
本当の絆を、少年が言葉とともにくれたから。
少年が触れた唇の感触が、それを今でも語っている。
昨日は、生まれて初めて寝つけなかった。
今日の約束に遅れることに、恐怖すら感じた彼女は近くのコンビニに目覚し時計を買いにいったのだ。
効果は押して知るべし。
初の調度品兼実用品になった目覚まし君に感謝である。
「・・・・・時間。」
彼女は、はやる気持ちに導かれるように部屋を後にした。
そして、彼女は・・・・
「・・・・ごめん、遅れちゃって。おはよう、綾波。」
「おはよう。・・・・・・碇君。」
心からの、微笑みを浮かべる。
1999.1.5 公開