カーテンの隙間から差し込む光に、シンジはふと目を覚ました。

(もう朝・・・・?)

けだるそうに上体を起こす。と――

不意に自分のすぐ隣で、もそもそと何かが動く気配がした。

彼と同じように、何も身につけないまま布団に包まっている少女。

自分と彼女のどちらが先に起きたのか――

シンジがそちらを見たときには、彼女もその紅い瞳でシンジを見詰めていた。

「おはよう、あやなみ」

「おはよう、いかりくん」

いつもと少しだけ違う朝に、いつもと同じ朝の挨拶。

「あやなみ・・・・その・・・・昨日は・・・・」

昨晩――彼女と2人で同じベッドに寝た、初めての夜。

そのときの様子が思い出されて、シンジの顔が『かあっ』と赤くなる。

「うれしかった・・・・」

照れながらもそんなことを言うシンジに、レイの頬も朱に染まる。

「何を言うのよ」

「うん・・・・」

それきり、2人とも黙り込んでしまう。

シンジもレイも、自分から積極的に何かを話すタイプではない上に、お互いが照れてしまって、会話が続かない。

「あ、お腹空いたね」

少しでも何かを話すきっかけがほしくて、シンジが言う。

「そう・・・・」

「綾波は? おなか、すかないの?」

「べつに」

「じゃ、僕、キッチンで何か作ってくるから」

「いいの。わたしがするから」

「え、でも・・・・」

レイの料理の腕を信用していない訳ではない。ただ、自分の為に彼女に料理させるという行為に、少しためらいを感じたのだ。

自分のことくらいは自分でする。

つい先日からレイと一緒に住みはじめる前――ミサトやアスカと同居していた頃は、それが当然だった。というか、料理などのすべてをシンジがやっていたのだから。

「いいの。わたしが――そうしたいから」

「うん。それじゃ、お願いするよ」

「わかったわ」

そう言ってレイが立ちあがる。
と同時に、彼女の身体を覆い隠していたシーツがはらりと床に舞い落ちる。

陽光に照らされた、透き通るような裸体――

しばし見とれていたシンジだが、慌てて目をそらした。顔が真っ赤になっているのも、彼らしいと言えばそうだろう。

「綾波、その・・・・何か着てくれないかな・・・・?」

「なぜ?」

彼女のそんな素朴な問いに、ふと言葉に詰まる。

・・・・何故? そう、何故なのだろう?

こんなに気恥ずかしいのは・・・・

「とにかく、服、着てくれないかな・・・・?」

再び思い出される昨晩の出来事に、シンジはレイの表情を伺うように言った。

「わかったわ」

その言葉に、すこし安堵したような表情になる。

いまだ碇シンジとは、そういう少年だった。


 

ふたりのじかん

 


「はい」

それだけ言うと、トーストと目玉焼き、そしてコーヒーという、ごく簡単な朝食をテーブルに並べた。

「いただきます」

彼はそう言うと、彼女の差し出してくれた食事に手をつける。

一般的な家庭であれば、どの家でも見られるようなそんなやり取り。それですら、シンジにとっては新鮮なものなのかもしれない。

すくなくとも少し前――ミサトたちと同居していた頃――は、シンジがテーブルについたまま、食事が出来あがるのを待っていたなどと言う事は、皆無ではないにしろ、それに近いものがあった。

が、そんな理由からのものではない。

レイ、そしてシンジ――2人だけの生活に、2人だけの食事。日がたてばそんな感覚など薄れて行くだろうが、今はただそれだけで良いとシンジは思う。

そんな事を考えながらしばらくは食べることに専念し――
ふと顔を上げた瞬間に、レイが自分のことを見つめているのに気がついた。

「綾波、どうしたの?」

「思い出していたの」

「何を?」

不思議そうな顔になるシンジ。

「夢を見たから」

レイは僅かに表情を変える。
それは今ではシンジにしか見せなくなってしまった、ぎこちない、でも心からの微笑だった。

「碇君がわたしを助けてくれたこと」

 

「はじめて碇君を見た日。わたしが怪我をしたまま、碇司令に出撃命令を受けたとき、碇君はわたしのかわりに出撃したわ」

レイの言葉に、シンジの脳裏にあの日のことがよみがえる。

三年もの間、一度も会っていなかった父ゲンドウに呼び出され、初めてEVANGELIONという兵器を目にした時。

そのパイロットになれと言われ、ただ拒否するだけだった自分。

そのために、病室から連れ出されたレイ。

包帯には血がにじみ、苦痛に顔をゆがませていた彼女。

「あれは綾波の事を助けようとしたわけじゃないんだ・・・・ただ、悔しかったから。
父さんにあんなことを言われて・・・・
綾波を助けたいとか、この街を守りたいとか・・・・そんなんじゃなかったんだ。
ただ、父さんを見返したくて・・・・父さんに僕の事を認めてもらいたくて・・・・」

「でも碇君は出撃したわ。そしてわたしはまた病室に戻された」

 

「ヤシマ作戦が終わった後――」

レイはシンジの言う事など聞いていないかのように、話し続ける。

「碇君は自分が火傷しながら、エントリープラグのハッチを開けてくれたわ」

「あれだって、本当は僕のせいで綾波が危険な目に合ったんじゃないか・・・・」

「碇君を守るのがわたしの任務だったから。碇君のせいじゃないわ」

「でも、僕が・・・・」

「ちがうの。わたしは嬉しかったのかもしれない・・・・碇君が泣いてくれたのが。
教えてくれたのが・・・・」

二人の脳裏によみがえる、その時の様子。

『わらえば良いと思うよ』

そう言ったシンジに、ぎこちなく微笑むレイ。

思えばあれが、シンジにとってレイを意識するようになった最大の理由かもしれない。

 

不思議な少女だと思っていた。

自分より恵まれた少女だとすら、思っていたのかもしれない。

が、実際には何も失うものを持っていない少女なのではないかと思ったとき、それは自分が本当は恵まれた場所にいるのかもしれないという事を教えてくれた。

ただ、ゲンドウとレイが会話しているのを見ると、なぜか嫉妬のような感情が沸いてきた。

 

「でもそれは、わたしではないわたし。
そして碇君は三人目のわたしを受け入れてくれたわ」

レイが造られた存在だと知ったときの衝撃。そして葛藤。

それは今でも覚えている。そしてこの先も、きっと忘れることはないだろう。

哀しい顔をしていたリツコ。冷たい瞳のリツコ――

銃をかまえるミサト。哀れむような瞳のミサト――

そしてただ呆然と立ち尽くしていた自分――

「綾波はっ!」

思わず口調を強めてしまう。シンジが反射的にそうしてしまうほど、レイは哀しげな表情をしていた。

「綾波は綾波だよ。三人目なんて悲しいこと言うなよ。寂しいこと、言うなよ」

そんなシンジに、レイは笑顔を見せる。

「碇君がそう言ってくれたから、わたしはここにいられるの」

瞳を閉じて、彼女は思い出していた。

すべてが終わり、LCLの海の上に立っていた少女。綾波レイ。

すべてが終わり、すべてを拒絶した少女。惣流・アスカ・ラングレー。

すべての選択を委ねられながら、それでも他人と一緒に生きることを選んだ少年。碇シンジ。

あの時少年が自分に手を差し伸べてくれなかったら・・・・
少年が「一緒に暮らそう」と言ってくれなかったら・・・・

レイはきっと一人、ただシンジのことを見つめているだけだっただろう。

LCLの海の中で。世界の狭間で。シンジの知らない場所で――

それは意味のない仮定であると同時に、有り得たかもしれない現在。そして未来

そんな想像を振り払うと、レイは瞳をあけた。

「だから・・・・」 あなたに出逢えてよかった

言いかけて、口をつぐむ

きょとんとするシンジを見て、クスリと笑う。

それは自分に向けられた笑み。

シンジが真剣に聞いてくれるのが嬉しくて、そんな今の自分を祝福してあげたくて――

 

 

 

「想い出話は終わりにしましょう」

「なんだよ、それ。続きが気になるじゃないか」

「今は良いの。いつかきっとわかるから」

不満そうなシンジ。

レイはそんな少年の様子など気にもせずに、彼が食べ終わった後の食器を流しに運んで行く。

それは何気ない光景かもしれない。

それを「何気ない」と感じることが出来るのは、本当に幸せなことかもしれない、とシンジは思った。

いつまでも続けば良いと――

「ね、碇君。今日はどうするの?」

そんなレイの言葉に、シンジは窓からのぞくそらを見上げた。


快晴――


「散歩にでも行こうか? 2人でさ」

「ええ」

レイに異存などあるはずがない。シンジといられることこそが、彼女にとって最大の幸せなのだから。

2人の時間は、ただゆっくりと流れはじめていた。

 

END


『後書き』という名の『言い訳』

皆様、はじめまして。GINと申します。
世界の果てで人様の迷惑にならないよう、こっそりとお話もどきを書いていたのですが、
何をとち狂ったのか、投稿などさせていただきました。

『THE END OF EVANGELION』のラスト、彼女はただ2人を見詰めているだけでした。
そのあまりに哀しすぎる終末を、自分なりに補完してみようと。
あのままレイが帰って来れなかった(もしくは帰ってこなかった)で納得できるほど、
私は人間が出来てる訳ではありませんので。
最終的にはただの自己満足なのですが・・・・

後はただ、皆さんに石でも投げつけられないことを祈るのみです。
最後までお付き合いくださり、まことに有難う御座いました。

 



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and Visit His HP「GINとにっく」


管理人よりの戯言

ちいさな日常の、ささやかな幸せ

その大切さを一番知っていたのがレイなのかもしれませんね。
そしてその想いがシンジにも伝わった時・・・
少年は少し大人になれたのかも。(にやり)

ふたりなら、きっと歩いて行ける。
おひさまのもとも、もちろん月夜の晩でも。

改めてそんなこと、思っちゃう作品でした。(^^;;

GINさん、あったか〜い作品、
本当に有難うございました。m(_ _)m

にしても、よくミサトさんがシンちゃん手放しましたなぁ〜
今何食べて生きてるんでしょ?
やっぱし・・・(汗)

 

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1999/02/25 公開