徒然草 4    


パソコンも「何をしたいか」がなければただの箱
           
(音楽之友社刊 教育音楽別冊「パソコン音楽授業99」より転載)

           川崎絵都夫(作曲家・東京ミュージック&メディアアーツ尚美講師)

さて、何に使うか

 今、僕が教壇に立っている専門学校では入学と同時にパソコンは必携で、持っていない学生にはノート・パソコンを1年間無料貸与し、電子メールのアドレスも全員に取得させています。もちろん音楽制作やレポートの提出、就職活動(企業のホームページを見て、資料の請求をするなど)に大いに活用するためです。

 特に理数系にすぐれている、というわけでもない普通の学生が1年もすると、自作のコンピュータ・グラフィックの動画に合わせた音楽を作曲し、CD‐ROMにする…といったところまでやれるようになっています。

 そういう学校で指導をしている私は、実はパソコンのワープロとしての活用はほとんどしていないので、この原稿さえ手書き原稿で入稿して編集者にあきれられて(?)います(どうしても使わなければならない時は「恐怖の1本指打法」、で悪戦苦闘しています)。パソコンによる家計簿や家庭内の書類作成、子供の教材作りなどは、うちの奥さんのほうが得意ですべてまかせているような状態です。トホホ…。

 かと思うとインターネットで日本の合唱団や合唱曲に関するホームページや、昔からお気に入りのブルックナーやマーラーに関する驚嘆するような詳細な研究のページを見て楽しんだり、そしてふだんはパソコンはほとんど音楽制作にしか使っていない、というように非常に片寄った使い方をしています。

 以上のようにパソコンは大変便利な物ですが「ソフトなければただの箱」であるのも確かなことで、「何に使うのか」を決めないともてあますのも事実でしょう。音楽教育の現場でどのように利用するのかも、目的をハッキリ決めてかからないと十分な効果が上がらないことになります。

目的によって用途もさまざま

 さてひと口に「コンピュータを使った音楽」といっても幅広く、思い浮かべる内容は人によってさまざまでしょう。

 たとえば少し前のゲームに使われていた音、いわゆる「ピコピコ音」、これは非常に限られた発音数と音色により、ファミコン本体にプログラムされていました。

 また、大型のコンピュータを用い、波形の合成などを緻密におこなう、主に現代音楽のスタイルで作られた「電子音楽」…これはNHKの電子音楽スタジオなどで作曲家が技術者と協力しながら作っていました。

 そして今、世の中にあふれかえっているロック、ポップス系のバッキングの制作などに使われているシンセやサンプラーの音も、そのコントロールはコンピュータでおこなわれることが多いのです(サンプラーとは生の音を波形として機械に取り込み、そのまま、またいろいろな加工をして発音させるものです)。

 これらを整理してみましょう。

(1)コンピュータを演奏者の代わりに用い、いろいろな音源を鳴らすための「指令塔」として利用するもの(このような機能を「シーケンサー」と呼びます)。この時に鳴らす音源はさまざまで、一般的にはシンセサイザー、ドラムマシン、サンプラーなどになりますが、コンピュータ自体は音を出しません。あくまで、音源をコントロールするだけです。

(2)コンピュータを楽器のように使い、コンピュータ自体から音を出させるもの。ソフト上の操作で、コンピュータがシンセサイザーのように機能するもの(ソフト・シンセ)。

(3)コンピュータを録音機材(テープレコーダーやミニディスク、CDのようなもの)の代わりに使うもの。内蔵または外付けのハードディスク上にシンセの音や、マイクを通した楽器の音や、声などを取り込み、そのまま、あるいはさまざまに加工して外部のアンプなどへ送り出し発音させます。トラック数も自由に設定でき、非常に細かい編集作業が、音の劣化を伴わずにおこなえます(ハードディスク・レコーディング)。

 ほかにも楽譜作成等、さまざまな使い方があると思いますが、コンピュータを使って「音」を扱うことを大きく2つに分けると、

<1> 前記(1)のように(MIDIという「音楽情報を伝える規格」を使って)コンピュータ自体は音を出さずに外部の音源を鳴らすコントローラーの役目をさせるもの。

<2> 前記(2)(3)のようにコンピュータ自体が楽器や録音機材の役割を担い、実際に音を出す使い方、となります。

 現在、CD制作や劇伴、CM音楽制作の現場ではパソコンがそれらさまざまな役割で必須のものとなっていますが、使い方は人により、また機会によりさまざまです。

 最終的に1つの楽曲ができ上がるのは共通でも、録音の現場ではパソコンでコントロールした(演奏した)シンセの音に生楽器を重ねてみたり、あらかじめパソコンに取り込んだ生の音を加工して出し、他のシンセや声と組み合わせて作ったり、1つのソフト上に生の音をそのまま取り込んだトラックと、MIDIで外部の機材をコントロールするトラックを共存させ同時に鳴らしていく方法をとる人、自宅にあるシンセや生のギターの音などを同じく自宅にあるパソコンでハードディスク・レコーディングし、ミキシング(音のバランスなどの調整)までパソコン上で終わらせてしまい、まったく外部のスタジオなどを使わないやり方…等々。

 ちなみに私は合唱曲や邦楽器の曲など、演奏を前提としたものは、ピアノを使って作曲し、どうしてもデモテープが必要な場合のみ、パソコンでシンセサイザーのピアノやクラリネットなどの音をコントロールして、テープを作っています。

 また、舞台のための音楽(芝居やミュージカル)、ゲームやアニメなどで予算が限られている場合や、音色的に生楽器が必要ない場合は自宅で制作します。パソコンをシーケンサーとして使い、シンセやサンプラーを鳴らして、DATに録音しています。そして完成したテープを渡せば仕事はおしまい。

 予算が豊富な場合や、どうしても生楽器が必要な時は、外のスタジオで録音しますが、自宅で制作した音にスタジオで生楽器を重ねることもあります。その場合、自宅からDATを持ち込み、再生しながら生の音を重ねたり、パソコンとシンセを持ち込み、まずそれらの音をマルチトラック・レコーダーのいくつかのトラックに録音し、あとで生の音を重ねる場合など…があります。

 結局、中華鍋(いきなり変な例ですみません)を使って何を作るか(炒める、揚げる、煮込むなど)は使う人の自由であって、もし何も作る必要がなければ(目的がなければ)中華鍋も単に重いだけ、場所を取るだけ、の鉄の塊にすぎません。逆に裏技として鍋を武器に使う、とか土を入れて花を育てる人もいるかも知れません。パソコンもまったく同じことでしょう。

アコースティック音楽とパソコン音楽の違い

 さて次に、クラシックを主としたアコースティックな音楽とパソコンを使って作る音楽の違いを見ていきましょう。

 クラシック音楽(アコースティックを主とした人間が演奏する音楽)の特徴として「揺れる」ということがあげられます。たとえばテンポ、強弱、音程(ヴィブラートやポルタメント)、音質(声質)、4分音符の長さなど、ソロであろうと合奏であろうと(合奏ならばなおさら)いつでも微妙に、または大きく揺れて(変化して)いて、1曲を通して一瞬たりとも同じ状態であることがないといってよいでしょう。同じところを繰り返したとしても、すべてがまったく同じ演奏になることはないでしょう(微妙な音程、ヴィブラート、音量、音質、テンポの違いなど)。

 ということは情報量がとても多い、ということになります。これはたとえば次のシーケンサーとしてのコンピュータが何をしているか、を考えるとわかりやすいと思います。

 パソコンをシーケンサーとして使う場合、MIDIという情報伝達の規格を使って、次のような情報をすべて数字で音源に表示しないと、演奏できません。つまり、テンポ、発音の場所(何小節目の何拍目か)、音程、強弱(MIDIの場合、厳密には、鍵盤を押す「速さ」)、長さ、そして音質は豊富にあるシンセの中のどの音色を鳴らすか、というような指示になります

 さらに、生演奏の場合にもおこなわれる、クレシェンド、ディミヌエンド、ある音を伸ばしている間の音質や音程の変化、細かいテンポの揺れなども細かくコントロールすることはできますが、コントロールする音源が増えてくると、情報量も膨大になり、それらのエディットも大変な労力が必要となります。

 もちろん自分がキーボードを演奏した時のすべての情報がリアルタイムでパソコンに記録できるので、すべてを手作業で1つずつ入力する必要はありませんが(ちなみに、情報を1つひとつ打ち込んでいって入力する「ステップ入力」は日本で、また実際にキーボード等を演奏して入力していく「リアルタイム入力」は海外で発達しました。コツコツと律儀にデータを打ち込んでいく真面目な日本人…)。

 ステップ入力で打ち込み、ドラムの音が小節の1拍目、3拍目などにドンピシャで合っていて、出てくる音はいかにも電子音…というスタイルは、それまでの人間が演奏して、ある意味での曖昧さを残した音楽の対極にあるものとして、「YMO」などで一世を風靡しました(当時はシーケンサーやシンセの性能も今ほどではなく、しかし逆にそのチープな音が印象的で大流行しました)。

 今、見てきたように生演奏では、「非常に多くの音楽的な要素を同時に微妙に表現できるすごさ」があり、逆に「手間と時間をかけさえすればかなりの程度でそれらの表現もできるコンピュータのすごさ」というようにとらえれば、どちらも同じ人間のやっていることであり、目的は素晴らしい音楽を作ることなのだから、結局「音楽ってすごい」とか「面白い」というところへ行き着くのだと思います。

便利な道具という認識が大事

 パソコンに音を取り込むことは大変面白いのですが、話が煩雑になるので、シーケンサーとしてのパソコンで何を教えられるのかに絞って考えてみたいと思います。

作曲、楽曲分析

1.先ほど述べたように、音楽のいろいろな要素がすべて数字で見られる、表せるという仕組みを利用し、論理的に音楽をとらえることができる。

2.曲の構成をグラフィック表示などにより視覚的にとらえやすい(五線譜が読めなくてもデータの分布などをグラフや図で見ることができるので、曲全体のようすを「模様」として眺めることができる)。

3.もし理論などを知らなくても「テープレコーダー」代わりとして(テープよりもずっと便利に)、実際の音をよりどころにして感覚で作曲することもできる。逆にそのように作曲した曲が、データを見てみたらこんなになってる! という発見がある。

オーケストレーション

 自分で作ったデータ、市販の曲データなど、何でも簡単にいろいろな音色に差し換えて演奏できるので、「試してみる」のが簡単(筆者も、メロディーをまちがえてドラム・パートで出してしまい、しかしあまりに面白いので、使ってみたことがある)。

指揮者

 有名なオーケストラ曲のデータなども大変多く出回っているので、そのデータを利用し、テンポや強弱、楽器のバランスなどを変えてあたかも指揮者になったつもりでいろいろな演奏を試してみることができる。しかもパソコンは何回演奏させても疲れないし、怒らない。

 そして、曲のデータや音源をいろいろ工夫してもなかなか生演奏のようにならないことなどを発見できれば、パソコンを使うことにより、逆に生の声やオーケストラの魅力を再確認することもできるでしょう。結局やはり、パソコンを使って何を教えるのか、という目的に沿って「便利な道具」としてパソコンを利用するのがいちばん大事ということになりそうですね。

パソコン音楽研究のための参考書

・DTM(デスクトップミュージック)マガジン(BNN)

・サウンド&レコーディングマガジン(リットーミュージック)

・キーボードマガジンほか、MIDI、レコーディング関連書

 

 徒然草5へ                           目次へ戻る  
HomePageに戻る