旅その30  温泉で乾杯!旅に乾杯!(弟子屈町 1999年9月)

文中の写真をクリックすると拡大した写真を表示します。
画像表示後、元に戻るにはブラウザの「戻り」ボタンを利用下さい。

弟子屈町の位置  昨夜遅くなってから到着し、一晩泊まった「とほ宿」で朝食を食べていたときのこと。
 「釧路行きの列車に乗る人は、○時半(正確な時間を失念!)に出発します。どなたが乗って行きますか?」
 この宿は駅から少々離れている。そこで駅まで車で送迎してくれるというわけだ。

 さて私。今日の行き先は昨夜のうちに考えていたのだが、「釧路行き」は明らかに逆方向。私は釧路とは反対の屈斜路湖方面へへ向かおうと思っていたのだ。
 ・・・にも関わらず、思わず手を挙げていた。
 「えっ、あなたも乗っていきますか。じゃ、そんなのんびり朝飯食べてる場合じゃないですよ。すぐに支度してください!」
 まだ食べている途中だったのだが、急かされてしまった。慌てて朝食のパンを口に入れ、牛乳で流し込む。

 なぜ「思わず」手を挙げてしまったのか・・・これにはササヤカながら理由がある。
 実は「とほ宿」のような宿が、私は苦手なのだ。何度か「とほ宿」を利用したことはあるのだが、その雰囲気にどうも馴染めない。これはYH(ユースホステル)にも共通する、私の個人的な理由なのだが。

 旅人の交流の場として機能してきたこれらの宿は、一般的な宿では体験できないような、その宿ごとの「個性」を体験することが出来る。例えばその地の住人ならではの秘密の温泉へ案内してもらったり、旅の経験豊富な宿主や旅人たちとの交流を楽しむことができる。
 一人旅の旅人が、一夜を共にし語り合うことで、一人旅だけど一人ではない交流の場が生まれることがこうした宿の魅力だろう。
 しかし一方では自由な時間が束縛されたり、その宿のルールめいたものを強制されたりするなどの、ある種の不自由さを感じることもある。

 個人的には、自分好みの旅スタイルが出来てくると、何よりルールめいたしがらみからは開放された旅をしたいと思うようになっていた。初めて一人旅を経験するならば、お薦めできるかも知れない。だが私にとっては、限られた期間の短い旅に出ている時だからこそ、何より優先したいと思うのは「自分のやりたいことをやりたいときにやる」という自由さなのだ。
 見知らぬ人と知り合い、語り合うことの魅力は、当然ながら私も知っているし、旅の喜びの一つだとも思う。だが、肩を組んで歌を歌うことを半強制されたり、お膳立てされたフィールドで(例えば広間で車座になって)互いに自己紹介し合うなどということには、「馴染めないなぁ」という気持ちが先に立ってしまうのだ。
 当然ながらそんな場で共同歩調を取らない人間は、なんとなく浮いた存在になってしまうので、居心地も悪くなってしまうわけだ。もちろんこれは宿側に問題があるわけではなく、私の個人的な都合によるものなのだが・・・。
 そんなわけで今までもこうした宿は、緊急避難のつもりで利用してきた。
 繰り返すが、これは宿の特徴であり、誰もがそう感じるわけでもない。あくまでも私の個人的な都合によるものなのだ。そうでなければ、同じ宿に二度、三度と足を運ぶリピータや常連なども存在しないことになる。

 何はともあれこの時、なんとなくの居心地の悪さから開放されたい気分でいたのは確かだったのだ。


摩周駅。小さな駅だが、雰囲気はある  車で摩周駅前まで送って頂いた。
 スタッフの方に御礼を言うと「またぜひ来てくださいね」と言われる。
 この宿に泊まること自体を目的として旅するならば、たぶん充実した時間を過ごせるんだろうなぁ・・・そんなことを思いながら、再度のお礼を告げた。

 摩周駅は昔は確か弟子屈という駅名だったように記憶している。なんでも「読みにくい」という理由と「"摩周"の方が通りがいい」という理由で駅名を変更したらしい。摩周駅は弟子屈町にある駅だが、この駅名と同じ理由から町名まで変更しようという計画もあったらしい。
 確かに摩周町というのも雰囲気のある良い名前とは思うのだが、それくらいの理由で様々な歴史を経てきた町名を変更するというのには疑問を感じないでもない。まあ、同じように考える人の方が多かったのだろう、今のところは以前のままの町名だ。

 この後は摩周湖から屈斜路湖へ向かうつもりでいる。
 もう20年ぐらい前だろうか。真冬に道東を訪れて、その際にこの近くの川湯温泉に宿泊した。この旅は、後々の私の旅のスタイルに大きく影響を与えてくれた旅だったのだが、その中でも一番印象強く残っているのが、川湯温泉から摩周湖、そして釧路へ向かうバスでの旅だった(このときの思い出話は、旅その7「サンマの港で夕日に染まる」に詳しく登場しますので、そちらをご覧ください)。
 一応駅の時刻表を確認はしたが、今日はこのときのバス路線を逆に辿るつもりでいる。

 駅からバスターミナルまでは少々離れている。北海道にしては道幅の細い道をバスターミナルへと向かうことにした。


 バスの乗客は比較的多かった。一昨日から昨日に掛けて乗車したバスは、ことどとく乗客も少なく、満員になるときはそのバスがスクールバスへ化したときだけだった(詳しくは旅その29「スクールバスに揺られる旅」をご覧ください)。
 今日のこのバスは、観光客らしき乗客も多い。これはこのバス路線が主要観光地を結んで走る観光路線として機能しているためだ。
 この路線はパノラマコースと名前が付けられているのだが、阿寒湖と女満別空港を結んでいる。私はこのバス路線の途中から乗ることになるわけだが、摩周バスターミナルを出発したバスは、摩周湖の展望台、硫黄山、川湯温泉、屈斜路湖(砂湯と和琴半島など数箇所に停車)、美幌峠、美幌駅を経て、女満別空港が終点となる。
 つまりはあちこちの観光ポイントを寄り道しながら走るバスなのだ。各観光ポイントではだいたい15分から20分程度、屈斜路湖畔の砂湯では昼食タイムとして50分程度の休憩時間が入るので(ただし時間帯にも依る)、一通りの観光をすることができる。
 路線バスと考えれば割高な印象の料金設定だが、観光路線として考えると納得も行く。こうした路線がもっと充実していると、北海道の旅も楽になるんだけどなぁ・・・。


霧の摩周湖・・・だが、霧なんてまったく掛かっていない。  まずは摩周湖第一展望台。
 ここを以前訪れたのは、真冬の時期だった。今回は晩夏というか、北海道では初秋とも言える9月。違う季節の顔が見えることを期待したのだが、考えてみると20年も以前の記憶はひどく曖昧だということに気が付いた。これでは初めて訪れるのと大差ない。

 摩周湖で有名なのは霧。「霧の摩周湖」という布施明のヒット曲をご存知の方も多いだろう。この摩周湖の霧については、ちょっとした伝説のような話がある。
 夏場は霧が出ることが多く、せっかく訪れても湖面が見えなかったなどということも多い。たぶんそのあたりから生まれた伝説なのだろうが、「摩周湖の霧が晴れていたら婚期が遅れる」という話がある。もっとも"婚期が遅れる"というのは女性だけに当てはまる話で、男性の場合は「出世が遅れる」という説もある。
 私の場合は2回とも、クッキリと湖面のさざなみまで見ることができた訳で・・・どちらも当て嵌まっちゃうんだなぁ、これが。ツキがないのはこのせいだったのか(笑)
 まあせっかく訪れたのだから見えた方が良いに決まっている。・・・と、開き直ることにしよう(笑)

 第一展望台からの摩周湖展望を堪能し、バスに戻る。
 本当は今見えている摩周湖の対岸から臨む、裏摩周展望台にも足を運んでみたいのだが、路線バス利用ではさすがに限界がある。その点だけが、こうした旅の残念な点と言えるかも知れない。


摩周湖の近辺から硫黄山を遠望する。 硫黄山  バスはどんどん道を下って、次の硫黄山へ向かう。
 その昔はこの山で硫黄の採掘をしていたらしいが、今は観光名所としてのみ機能している。

 ここで同じバスに乗っていた、学生風の一人旅のお兄さんと会話を交わした。
 私が「一人旅ですか?」と声を掛けると「えっ、判りますか?」。
 そりゃ一目でわかるよな・・・二人掛けの席に一人で座って、一人で歩いてりゃ。
 そのお兄さん、今が大学四年なのだとか。某証券会社への就職も決まっていて、ゆっくり旅行が出来るのも今のうちと考え、北海道を訪れたらしい。一人旅は初めてで、道東も初めてだということだった。
 ほんの一言、二言の会話でそこまで判ってしまったのは、そのお兄さんが急に堰を切ったように喋りだしたためだ。もしかしたら「会話すること」に飢えていたのかなぁ?
 「なんだか、大したところじゃないですね。どこにでもあるようなところだし。本州にも似たようなところいっぱいありますよね」
 確かに半分はおっしゃるとおり。でも半分は「でもどことなく北海道でしょ?」と思うのだが。言葉で説明するのは煩わしい。いっそのこと、厳冬期にでも来てみりゃ、説明せずともまた違った感想を持つだろうに、と思う。
 しかもこの後も二度三度と「面白いとこじゃないですねぇ。どこにでもあるような感じだし」とリピートされると、返事をするのも億劫になってくる。


屈斜路湖・砂湯。温泉が沸いているが、さすがに入っている人はいなかった  バスが屈斜路湖畔の砂湯に着いて昼食タイムのために50分休憩となったとき、そのお兄さん大きなボストンバックを手にして降りてきた。
 「荷物どうするの?」と尋ねると、「屈斜路湖を車窓から見ていたけど、ここも大して面白そうじゃないので、ここで引き返すことにします」との返事。私の方は「・・・・」。
 確かに観光名所というところは「名所」と名前が付いた途端、個性が無くなるものだ。だから彼の言い分も、その意味ではある程度は当たっている。私だって、観光名所にはどちらかというと興味が無い方だ。ただの原野とか、牧場だとかの広い景色をただ眺めている方が北海道らしさを感じるし、楽しめる。
 だがせっかく旅に出て初めての場所を訪れるのだから、もっと前向きに旅を楽しんでしまえばいいのになぁ・・・そんなことを彼を見ていて思う。
 サラリと見ただけで「どこも一緒」じゃ、日本の観光地の半分は一緒になってしまう。一見すると同じでも、よくよく観察してみるとそこはやはり北海道らしい風景なのだ。初めての場所だからこそ、ワクワクする気分であらゆるものを観察していたい。

 そのお兄さんと別れて一人で食事を取ろうと思ったのだが、「ご一緒しませんか?」と言われ、一緒に食事をすることにした。
 いつものパターン通りにビールを頼んでお兄さんにも勧めると「昼からビールですか」って、オイオイ・・・まあ、無理には勧めないけどさ。
 それでもあんまり弾まない(と、私のほうは思っている)会話を続け、食事をおごってあげて(優しいよね、って自画自賛か?)、店を出た。
 「旅を楽しむなら前向きに考えると、もっと楽しめるよ。それにきっと旅以外のときにも役立つからさ」
 余計なお世話とは思いつつも、先輩(人生のね)としては、一言アドバイスを送らずにはいられなかった。


ロケーションが最高な屈斜路湖畔キャンプ場  さて乗客が一人減ったバスは、湖を1/4周?して屈斜路湖の内側に向かって伸びている和琴半島に向かった。
 今日はこの和琴半島のキャンプ場に泊まるつもりでいた。
 時間はまだ早いが、この屈斜路湖の周辺には無料の温泉が数多くあり、この和琴半島にもいくつかの無料温泉がある。早めにテントを張って落ち着き、これらの温泉とビール三昧の一夜を過ごそうというプランだ。移動が続いていたので、今日の午後からはボーッとして半日を過ごそうと思ったのだ。

 運転者さんにお礼を言ってバスを降り、キャンプ場へと向かう。
 和琴半島には、半公営と私営の二つのキャンプ場がある。正確な設備の違いなどは解らないが、少なくともロケーションは湖畔に面している私営の「和琴半島湖畔キャンプ場」の方が良さそうに思えた。
 そう考えたので、あまり悩むこともなく受付を済ませた。

 このキャンプ場はいわゆる「オートキャンプ場」ではない。
 昨今のオートキャンプ場はAC電源まで完備するような豪華なキャンプ場が多いのだが、そういったキャンプ場には縁がない。大勢のグループや家族で利用するなら何かと便利なそうしたキャンプ場も、私のように旅をしながらのソロキャンパーには、過剰な設備であることが多いのだ。しかもその設備の分だけ料金も総じて高い。下手をしたら民宿に素泊まりするのと大差ない料金を支払うことにもなる。
 このキャンプ場は1泊一人400円(テント持ち込み)。この料金で、最高のロケーションの一夜を過ごせるのだから、まったく文句はない。

 余談だが、北海道にはこうした低料金のキャンプ場が多い(中には無料のキャンプ場もある)。これはライダーやサイクリストの利用者が多いからかも知れない。しかも大抵のキャンプ場はロケーションにも恵まれている。夏場はそうしたキャンプ場に根城を構え、そこから旅の資金を稼ぐためにアルバイトに出るなんていう人たちも多いのだ。
 夏は北海道で昆布漁のアルバイト、冬は沖縄でサトウキビ畑のアルバイト、それ以外の季節は日本を行ったり来たりして過ごす・・・そんな自由気ままな旅人たちがいる。もちろんそんなスタイルの旅人の絶対数は決して多くはないのだが、同じ場所に同じようなパターンで時を過ごす人たちが集中するためか、かなりの人数であるかのような錯覚を抱いてしまうのかも知れない。
 私は度胸がないためか、そうした経験はない。だからこそ、そうした旅のカタチに多少の憧れもある。

 もっとも今私がしている旅のスタイルも、同世代の普通の人から見たら眉をひそめながら「随分変な旅をしてますね」と言われてもおかしくはない。
 実際に「なんで、そんなに荷物持って、しかもテントなんかに一人で泊まってるんですか?」と聞かれたことがある。しばらく考えてみたが、自分でも良く解らない。「好きだから」としか言いようがないのだ。
 旅の際に歩いている時間が長いことについても「限られた日数なんだから、レンタカーでも借りて効率よく旅をしたら?」と言われることもある。確かにそうなのだが、こうした効率の悪い旅をしている方が、なぜか楽しいのだからしょうがない。

 ・・・おっと余談が長くなってしまった。本題に戻ろう。


カヌーが静かに過ぎて行く  受付を済ませたところで、さっそく湖畔にテントを張る。
 テントを張り終わったところで、落ち着く前に買出しに出ることにした。湖畔の周回道路までテクテクと歩き、その近くの店で夕食材料(と言っても、インスタントラーメンなど手間が掛からないものばかりだが)と酒のツマミになりそうなものを仕入れた。
 再びキャンプ場まで戻り、受付を兼ねた売店で、缶ビールを調達。

 これで一通りの準備は終えた。後はのんびり湖畔を眺めて過ごす時間だ。
 バックパックの中からアウトドア座椅子(説明が難しいけど、ウレタンなどを内蔵した座椅子で、当然ながら家庭用の座椅子に比べればコンパクトで、軽量に出来ている。テントの中ではシュラフ(寝袋)用のマット代わりにも使えるの便利)を取り出し、それに体重を預けながら、缶ビールを飲み始めた。
 この座椅子、さすがに山歩き目的のときは持って歩くことはないのだが、今回のような歩き旅のときには手放せない。コンパクトで軽量と言っても、それなりの体積と重量を占めるのだが、他の装備は極力削っておきながら、この座椅子だけはしっかり持ってきていた。

 雲がゆっくりと流れ、目の前の湖では歓声を上げながらカナディアンカヌーを漕ぐ家族連れが通り過ぎる。
 缶ビールは冷えているし、暑くもなく寒くもなく、ゆったりとした時間が過ぎて行く。
 たちま缶ビールを2本空けてしまった。
 少々億劫だったのだが、また缶ビールを調達しに、売店まで足を運ぶ。

 同じことを繰り返すこと2回。
 さすがにお店のおばちゃんも呆れて「そんなんじゃ、テント泊まって安く上げた意味ないじゃない」と笑われてしまった。おっしゃるとおり。
 確かに宿に泊まったならば、これほど一人で飲むことはないと思う。ただテントに泊まっているのは、別にお金を節約しようと思っているからではないし。
 いや、考えてみればいつもだって一人で缶ビール6本も空けはしない。今のこの状態があまりにもリラックスできるからこその「6本」なのだ。一人で6回乾杯を繰り返していたことになる。
 7本目に手を付けようかどうしようか迷っている内に、少しづつ陽が傾き始めた。
 完全に陽が落ちてしまう前に、一風呂浴びてこよう。
 売店のおばさんと途中ですれ違ったので温泉に行くことを告げると「そんなに飲んで大丈夫かい?」と心配された。不思議と酔っていないのだ、今日は・・・。


とりあえず一風呂浴びた無料の温泉  手前にある無料の露天風呂は、駐車場に隣接している。観光客が入れ替わり立ち替わり見物に来るので、さすがに今の時間は入る気になれない。
 もう少し奥へと歩き、そちらに入ることにする。こちらは露天風呂ではなく、建物の中の風呂なので落ち着いて入ることができる。
 誰もいない風呂に入っていたら、男性が二人入ってきた。特に仲間同士連れ立ってきたというわけではないようだ。
 挨拶を交わし世間話が始まった。一人はライダーで学生、一人はサラリーマンで車だとのことだった。
 「へえ、歩いて旅ですか。すごいなぁ」と言われるが、歩いているのはほんのわずか。大部分はバスを利用して移動を繰り返しているのだから、凄くもなんともない。
 「でも、移動がやっぱり大変でねぇ。バスの都合で、行きたいところを我慢することも多いし」と言うと、「ああ、わかります、それって。僕なんか雨の日とか、車の人、妬んじゃうものなぁ。自転車の人はバイクの人に、バイクの人は車の人に憧れて、同時に敵愾心感じちゃうんですよぉ〜」。
 私の場合はちょっと違う。私の場合は、特に憧れは感じないし、妬みもない。何度も繰り返しているように、好きだからこのスタイルに落ち着いているだけなのだ。バイクで旅する人だって、きっとそのスタイルが好きだからこその、バイク旅なんじゃないだろうか。
 だから今後好みが変わればスタイルも変わることに、それほどの拘りもない。

 二人より先に風呂を出て、テントまで戻る。
 いつの間にかすぐ近くにもテントが立てられていた。その人と挨拶を交わす。
 風呂にゆっくりと浸かっていたためか、完全に酔いが覚めた。またビールを飲みたくなるが、まずは晩飯を済ませてしまおう。

 餅と卵と乾燥ワカメが入ったインスタントラーメン・・・少々見栄えと栄養のバランスは悪いが、味はなかなか。
 一気に食べ終わり、またまた缶ビールをプシューッ・・・。


屈斜路湖の夕景(1)  コッフェル(アウトドア用の軽量な鍋。ステンレス製などの重いものもあるが、アルミ製や最近流行のチタン製などが一般的)を洗いに炊事場まで行ったら、近くのテントの人ともう一人の人が会話を交わしていた。
 私もなんとなく会話に混ぜてもらう。二人は米の研ぎ方について話をしていたようだ。

 話しているう内になんとなくウマが合ったのだろうか、一緒に飲もうという話になった。
 私のテントの近くに集まって、寄せ集めの肴で酒を飲む。
 実は買出しに行ったところで缶ビールに飽きたときのことを考えて、ワンカップの日本酒とハーフボトルのワインなどを仕入れて置いたのだ。これが役に立つ。

 一人は仕事を辞めて、東京から自転車で旅に出た20代半ばのO君。一人旅も初めてだし、自転車での旅も初めてだという。
 もう一人はバックパッカーのH君。札幌在住とのことだが、O君と同じく仕事を辞めて旅に出たとのことだった。
 H君は私のような似非バックパッカーとは違って、正真正銘のバックパッカーと言えるかもしれない。何せ札幌を出てからずっとステーションビバーク(駅で寝泊りすること)とテントで過ごしながら、移動はすべてヒッチハイク。そうしながら、北海道の主だった山をすべて登り尽くそうとチャレンジしている最中らしい。表大雪からトムラウシへ抜け、たどり着いたのがこの湖畔のキャンプ場だったというわけだ。この後は斜里岳に始まる知床の山々を歩くつもりらしい。

屈斜路湖の夕景(2)  「あっちでテント張ってる人も、山を歩き回ってるらしいですよ。でももう寝てしまったみたいだなぁ。明日の朝は早いって言ってたから」

 私やH君の経験談を、初自転車旅のO君が興味深げに聞いている。初めて尽くしの経験ばかりで色々と心配ごとも多かったらしい。そのひたむきさには好感を感じる。ついつい昼に出会った学生と、心の中で比べてしまっていた。

 やがて話は「旅の終わり」の話へ。それぞれの理由と衝動で人は旅に出る。だがいつか必ずどんな旅でも、その旅を終えるときはやって来る。
 私の不用意な「でも、いいなぁ。そんな、日程を気にしない旅ができるなんて」という発言が、彼等の心の中にある漠然とした「不安」という導火線に火を付けてしまったようだった。
 「ふと考えちゃうんですよ。旅を終えたら職探しに出なくちゃって。旅の間に自分の求めているものが見つかるのかなって。そんなことを考えたら急に不安になっちゃうんですよ」
 そうH君が言うと、O君もうなずく。
 気楽な旅の時間を過ごしているようでいて、実はどこかで不安を抱えながら、時間を過ごしているのだ。

 「不安なのはしょうがないよね。でもこの旅は絶対に無駄にはならないよ」
 結局、もっともらしいけど自分でも説得力がないと思える言葉をきっかけに、ささやかな飲み会はお開きとなった。


 翌日。旅に出ると目覚めは早い。だがいつも出発は遅い(これは私だけかも)。
 今朝はパンで手軽に済ませるつもりでいた。コーヒーのための湯を沸かし、昨日の飲み残しの赤ワインで、パンを流し込む(オイオイ、朝から酒か?)。
 そんな朝食を摂っていたら、バックパッカーのH君も起きだして来た。
 彼にコーヒーを勧めて一緒にぼんやりとしていたら、自転車のO君が現れた。
 「おはようございます。僕も一緒に朝飯いいですか?」もちろん異論はない。

 さて撤収だ。
 荷物をまとめてパッキングを済ませ、あとはテントをたたみ、バックパックに押し込むだけだ。
 テントは夜露に濡れて水滴が付いているのだが、陽にかざせば10分もすれば乾く。
 一休みのつもりでタバコに火を付けると、手早くパッキングを済ませたH君が現れた。
 続いて自転車のO君。なんだ、やっぱり私が一番遅い・・・。

 O君は今日は屈斜路湖畔を走って中標津方面へ向かうということだった。私のルートとちょうど逆方向を辿る感じだ。
 ガスボンベの残量を気にしていたので「標茶や中標津の町に寄るなら、ホームセンターみたいなところを覗いてごらん。売っていると思うから」とささやかなアドバイス。

 三人揃ってバス停まで歩き、ここで住所交換。二人の写真を撮ってあげる。
 ここで突然H君が「山田さん、昨日はバスで美幌の方へ行くって言ってましたよね。僕もご一緒させてください!」。
 ここまでヒッチハイクで旅を続けていたH君だったが、宗旨替えかな?(笑)。昨日は「バス代そんなに高いんですか!」と驚いていたのだが・・・。
 私自身、名残惜しい気分でいたのでもちろん大歓迎だが、もしかするとH君もそうだったのかも知れない。

 O君は先に出発。握手して別れた。手を振って見送る。
 H君がポツリと「あんなにフラフラしながらよく走ってきましたね」と、変な感心の仕方をしている。
 やがてバスが到着し、バックパッカー二人はバスに乗り込んだ。乗客は半分くらい。


美幌峠からの屈斜路湖  美幌峠からの景色を見渡しながら「いいですね。最高です。あっちの山も歩きたいなぁ・・・」とH君。うん、やっぱり根っからのバックパッカーなんだね。

 やがてバスは美幌駅へ。私はここで降りるつもりでいた。
 明日は今回の旅最後の夜を、網走湖畔のキャンプ場で知人と過ごす予定でいた。そのため今日は網走周辺からは少し離れて過ごそうかと考えていた。漠然と「サロマ湖あたりかな?」と考えてはいたが、とりあえず駅でこの後の予定を考えようと思ったのだ。
 H君はどうするのかな?と思っていたら、いきなり運転手さんに向かって「このバスこの後は空港直行ですよね?途中、国道とか通りますか?国道通るなら、その途中で降ろして欲しいんですけど!」。
 普通に考えれば、空港まで行った方が乗り継ぎのバスがあって便利だが、さすがはH君。国道沿いのほうがヒッチハイクに便利と考えたらしい。

美幌駅  バスを降りた私は思いっきりの笑顔で、H君を見送った。
 「気をつけてなぁ〜!」「お元気で〜」
 バスが見えなくなるまで見送ってから、駅舎に向かった。

 再び一人に戻り、私の旅もまだ続く。


 後日。H君へ送った写真の礼状が届いた。
 旅を終えて、無事札幌の自宅へ戻ったとのことだった。
 手紙には「これからまたしばらくしたら、東南アジアへ旅に出ます」と記されていた。

 ・・・そしてこんなことも。

 「旅では色んな人と知り合う機会がありましたが、どちらかと言えば、そうした出会いが面倒な気がして避けていたような気がします。でもこうして写真を送って頂き、その写真を見ているうちに、屈斜路湖での出会いが生き生きと蘇ってきました。出会えて良かった、今はそう思っています」。

 素晴らしい旅を続けろよ、H君!


「北海道旅日記」のメインメニューへ戻る

2002.10.7 Ver.5.2 Presented by Yamasan (Masayuki Yamada)