「なんだ、山頂が見えないじゃん」
フェリーの中にいる私は思わず、呟いていた。
礼文島香深港を出たフェリーは、まもなく利尻島鴛泊港に到着する。乗船時間はおよそ40分。数日前に稚内から礼文島行きのフェリーに2時間近く乗船していたので、それほど長い乗船時間という感じはしない。
フェリーから見る利尻島のシンボル利尻山は、山頂に雲が掛かっていた。道北の9月にしては暖かく、天気も良いだけに残念だが、晴れ男の私がやって来たからにはこの雲を吹き飛ばしてご覧に入れよう(笑)・・・と、思うことにする。
今回の旅は「道北」が目的地だった。とは言っても、気分次第の行き当たりばったり旅なので、「どこで何泊」とか「どこからどこへ」みたいな計画は無い。
だが実を言うと北海道へやってくる前から、利尻島を訪れる日と宿だけはすでに決まっていたのだ。
会社に、この利尻島出身の先輩がいる。
その先輩との世間話で「実は今度、利尻島に行こうと思ってるんですよ」と話を持ち出してみた。するとなんと都合の良いことに、親戚が旅館をやっていると言うではないか。
そこでその旅館に泊めて頂くことにしたのだが、そうなると「いつ行けるかわかりません」というわけには行かない。そこで利尻島だけは予定日を事前に決めたのだ。

利尻に行こうと思ったきっかけは、礼文編で詳しく書いたのだが(「旅その19」をご覧ください)、島旅がしたかったこと。そして「利尻島はグルリと一周出来る立派な道路があるらしい。利尻富士を見ながらのんびり一周するのも面白いぞ。足は・・・うん、レンタサイクルだな」という思い付きもあった。
で、さっそく先輩に尋ねると「うん。自転車で廻るにはいいよ。一周60Kmぐらいだからね。3、4時間で廻れるし。バスも走ってはいるけどね、自転車で廻る若い人も多いよ」という答えだったのだ。
私が「若い人」に含まれるかどうかはともかくとして、その言葉に「なかなかのアイディアだ」と言う気分になっていた。

鴛泊のフェリー乗り場のすぐ近くに今日お世話になる旅館がある。そこでチェックインするにはまだ時間が早いのだが、とりあえず荷物を預かってもらおうと思い立ち、旅館に向かうことにした。
宿で挨拶を交わしてから、「これからどうされますか?」と尋ねられたので、自信たっぷりに「自転車を借りて、島を一周しようと思っているのですが」と答えた。すると別に驚いた様子もなく「それなら今日の風向きだと東側から廻った方が良いですね。最初は風向きが逆になりますけど、疲れてきた後半は逆に追い風になるので楽が出来ますよ」と教えて頂いた。
自転車で一周することを一大イベントのように思っていたのだが、少々拍子抜け。やはり先輩の話通りに特別に珍しいことではないのだなぁ・・・
それにしてもさすが地元の方だ。風向きまでは計算外だった。お礼を言って出発しようとする私に、「今日は風がいつも以上に強いですから。気を付けて行ってください」と笑顔で送り出してくれた。
フェリーターミナル前でレンタサイクルを借りる。一周するのに何時間掛かるかわからないので(これはただ走るだけでなく、あちこち寄り道することを考えていたためだ)、とりあえず夕方までの時間いっぱい借りることにした。
借りた自転車はマウンテンバイク。別に山道を走るわけではないので、普通のママチャリの方が路面抵抗が少ない分快適かも知れないとも思ったが、もしかするとアップダウンの厳しい道を走ることになるかも知れない。そんなことを考えて変速ギア付きのマウンテンバイクを選択したのだ。
早速自転車に跨り、姫沼方面を目指すことにする。
最近は普段でもマウンテンバイクでポタリング(サイクリングよりももっとお散歩感覚に近く、片道10〜20Kmほどの距離を自転車で走ることをこう呼ぶらしい)を楽しんだりもしているので、自転車には多少自信がある。そこで勢い込んで「風を切って走るぞ」・・・のはずだったが、向かい風が強くちっとも先に進まない。労力に見合うだけ先に進んでくれないので、何だか空しい気持ちにもなってくる。
緩やかだが長い上り坂に入ると、歩くスピードとほとんど変わらない。これで果たして一周できるのか?などと急に心配になってくるが、後半の追い風を受けての「楽チンサイクリング」を夢見て(笑)ひたすらペダルを漕ぐ。まあ確実に前に進んでいるわけだし、天気も良い。ゆっくりと利尻の風景を楽しみながら走ればいいじゃないか・・・

お昼を過ぎ、昼食を取りたいとさっきから思っているのだが、食事が出来そうな店が見つからない。
途中見つけた「ウニ丼」のお店は残念ながら準備中だった。ウニの時期はもう終わっているので、お店を閉めてしまったのかも知れない。礼文でもウニを食べ損なったので、たとえ味が落ちていたとしても、一度くらいは食べたいと思っていたのだが・・・。
背中のポケッタブルデイパック(小型の折り畳み式のナップサック。旅先での「ちょっと外出」用にいつも持参している)から、利尻島のパンフレットと国土地理院発行の地図を取り出して昼食が摂れそうな町を検討する。
「このまま進むと・・・次の大きな集落は、"鬼脇"か・・・」
その鬼脇までは、あと十数キロの距離。ここに来てさらに向かい風が強くなって来た。風を防ぐ建物も少なくなって、真正面からまともに風を受けるような具合なのだ。
「ええい!頑張るしかないじゃん!」覚悟を決めて再出発。
昼食は鬼脇で。とりあえずの目標は先に見える灯台に定め、重いペダルを再び漕ぎ始めた。
「とりあえず」の目標にした石崎灯台に到着。ヒョロリと背の高い灯台だ。断崖絶壁に建っているわけでもなく、周りに建物もないため、余計にそう感じる。
この灯台を過ぎてしばらく進めば鬼脇の集落がある。もう一踏ん張りだ。
Tシャツ1枚でおまけに強風を受けているというのに、必死に自転車を漕いでいるせいか、汗でビッショリの状態。痩せる為には都合が良いかもしれないが、今はそれより昼飯を食べたいし、冷たいビールも飲みたい。
地図上では、鬼脇の手前から今走っている道道("みちみち"ではない。県の管轄道路が「県道」のように、北海道管轄の道路だから「道道」と言うわけ。一応念のため・・・)は右手の方向に回り込むので、今吹いている風の向きが変わるはずだ。だが・・・一向に風も弱まらないし、向かい風であることに変わりはない。
それでも少しずつだが建物が増えてきたなと思っていたら、ようやく鬼脇に到着。最初に目に付いた食堂に飛び込んだ。

予想していた以上に旨い味噌ラーメン(腹が減っていたからか?)と、冷たいビールでエネルギーを補給。そのおかげで、元気いっぱいになっている。
すでに鴛泊を出発して2時間が経過しているが、風の影響を受けて走っていた割には順調に進んでいる。ただし「60Kmだからのんびり走っても4時間くらい」と思っていたのだが、2時間経って、まだ半分も進んでいない。「やっぱり1日借りておいて良かったな」と思いつつ、再度走り出す。次の目標はオタドマリ沼だ。
オタドマリ沼は、途中寄るのをパスした島の北にある姫沼と並んで、沼越しの利尻山を見ることが出来る、いわゆるビューポイント。利尻のガイドブックやテレフォンカードなどでもよく見かける。
オタドマリ沼に着いてみると、思っていた以上に車やバイクが泊まっていた。やはり人気のスポットなのだろう。
相変わらず山頂は厚い雲に覆われていて、写真で見るような美しい利尻富士の姿を見ることは出来ない。
「山頂は見えないけど、せっかく来たんだから写真だけでも撮っておこう」と思いつつ、小型三脚にカメラをセットしていたら、近くにいたライダーが近寄ってきた。
「撮りましょうか?」
「あっ、どうも。じゃ、すみません・・・」
カメラを渡し、写真を撮ってもらった後に、しばらく世間話をする。
「今日も山見えませんねぇ。僕は昨日から山に登ろうと思って、山頂の雲がキレルのを待っているんですが・・・今日も駄目でした。明日はどうなんだろう・・・?」
そのライダー君は意地でも頂上を極め、頂上からの景色を自分の目で確かめてから利尻を離れたいと言っていた。なんだかちょっぴり羨ましくなる。
今回は利尻山に登る予定がない。「時間があれば登ろうか」とも思って、山登り用の装備も持参していたのだが、途中から気が変わった。掻き集めた休日も残り少なく、残念ながら天候待ちをするだけの時間的余裕が無いのだ。
それでライダー君の言葉を聞いて「やっぱり、登ることにすれば良かったかな」と一瞬後悔したと言うわけだ。「利尻に行くんだったら、山に登らなきゃ!」礼文滞在中に、何度かそういった言葉を聞かされてもいた。
せっかくのMTBなので、沼の周囲の遊歩道を一周(ちなみにMTBであることが役立った場面はここだけだった)してから、再び道道へ戻る。次の目標は「仙法志」。ここでは海越しに利尻富士が見える(らしい)。

随分立派な道路なのだが、交通量は少ない。
それにしても相変わらず強い向かい風だ。「努力が実を結ばないと言うことは、寂しいものだなぁ・・・」などと、悲観的な気分になりながら漕ぎ続けている。これだけ風が強いのに、何故か利尻富士の山頂だけは雲が掛かっているのだ。それもまた悲しい・・・。
今いるあたりが、ちょうど鴛泊の反対側になる。引き返しても進んでも、ほとんど同じくらいの距離を漕ぎ続けねばならない。引き返せば追い風になるはずだが、いくら追い風になるからと言っても、引き返すのは面白くないし、大いなる野望(たかが利尻を一周するだけだけど)が崩れ去る。当然ながら、前へ進むことしか頭にはない。
仙法志に到着。ここは海岸線に打ち寄せる波が高いしぶきを上げて、その向こうには利尻富士という、まさに絵に描いたような景勝地だ。だが・・・やはり見えない。山頂が見えない。山頂に掛かる雲の流れは速いのだが、どこからともなく次の雲が現れ、山頂に集まって来る。
山側を見ていても面白くないので、今度は海岸線を見ながら走ることにする。
何時の間にか利尻富士町を抜けて、利尻町に入っていた。
利尻島には二つの町がある。大雑把に言うと、島の中心から東西に分けて、東側が利尻富士町、西側が利尻町になる。
鴛泊港そばのペシ岬にはタイムカプセルが埋められていたが、そこには「東利尻町」と書いてあったので、利尻富士町は以前はそういう名前だったのだろう。どういう経緯で町名変更がされたのかは知らないが、東とか西とか位置関係を単純に示す町名よりも、利尻富士と言う名前の方が遥かに魅力ある町名に思える。
ところでこの利尻町は、選挙戦の真っ只中だった。
選挙カーが何度も私の横を走り抜ける。もっとも集落が密集して続いているわけではないので、人家が無いところでは選挙カーも候補者の名前を連呼するのを止め、車のスピードを上げる。そしてまた集落に入るとスピードを落とし「○○をどうぞ宜しく!」とやるのだ。
同じ選挙カーに何度も出会ったりすると、「なるほどここは島なんだな」と思う。島の真ん中で東西に町が分かれていると書いたが、幹線と呼べる道路は島を周回する道道しかない。集落も幹線沿いに細長く広がっている。そのため町の終端まで行った選挙カーは、再び折り返して反対側の終端まで向かうことになるのだ。つまりは同じ道を選挙カーが「行ったり来たり」というわけ。必然的に別の候補者と擦れ違う機会も多くなるわけで、こんなことを言うと怒られてしまいそうだが、一時期流行したシムシティなどのシミュレーションゲームを見ているような感じがしてくる。
もうあちこち立ち寄るのは面倒になっているので、今度は一気にスタート地点の鴛泊を目指すことにした。気が向けば途中寄り道をしてもいいし、明日になってから出直しても良い。
利尻町の中心集落である「沓形」の辺りからは、立派なサイクリングロードが鴛泊の先まで伸びている。このサイクリングロードを走って鴛泊まで向かうことにしたのだが、この道が面白い。一見すると車道のような作りで、おまけにやたらと「一時停止」や「スピード注意」の看板が多いのだ。
さすがに車は走っていないので車道を走るよりは走りやすいのだが、やたらとクネクネ曲がっていて無駄が多い。もっともサイクリング目的の道だからこれで良いのだが、道道を走るよりもはるかに長い距離を走ることに気が付いた。
素直に走っているとレンタサイクルの返却時間を過ぎてしまいそうなので、途中からは再び道道に戻り、鴛泊を目指した。

レンタサイクルを返し、再びフェリーターミナルに私はいる。
このまま「宿に戻ろうか」とも思ったが、出掛けに「今日は夕焼けが奇麗かも知れませんよ」と宿の方に言われたのを思い出した。そこで、宿の裏手にあるペシ岬に向かうことにした。遊歩道が岬の先端まで付けられている。
高い位置から港を見下ろすと、ちょうどその方向には利尻山がそびえている。結局今日は一度も利尻富士は微笑んではくれなかった。残念ながらやや紅色に染まった雲が見えるだけで、夕陽も見ることは出来ない。礼文島も霞んでいる。
夕方5時を告げるメロディが突然鳴り響いた。曲はビートルズのイエスタディ。私の大好きな曲だ。それにしても「遠き山に陽は落ちて」などは良くあるが、イエスタディと言うのは珍しい。
でも何だか私の中ではこの場の雰囲気や島の雰囲気にマッチしているような気がして、メロディが心地良く響く。
さて宿に戻ろう。そろそろ腹が空いてきた。
宿に戻ってさっそく風呂に入る。予想外に風呂は温泉。
「利尻島には温泉が無い。でもつい最近ようやく利尻山の中腹に温泉を採掘して、日帰り入浴施設が出来た」と聞かされていたので、「旅館などはこれからだろう」と思っていたのだ。
中腹から引き湯しているのだろうか、それとも鴛泊の宿で独自に温泉を掘ったのか。宿の方に伺うのをうっかり忘れてしまったが、何れにしても利尻島は火山島だ。温泉が湧いていても不思議ではない。
風呂上がりには食事。とても豪華な料理が並んでいる。「食べられない」と諦めていたウニもカクテルグラスの中で輝いている。
食事の途中、会社の先輩のご兄弟が現れたのでご挨拶。「すごいご馳走なので、驚いているところですよ」とお伝えすると「東京の方からいらっしゃったので、海のものの方が喜んでいただけると思ったので」とのことだった。
今回の旅はご馳走が続いている。礼文の宿も料理自慢の民宿だったのだ。こんなにご馳走が続いていると自宅に戻ってからの食生活が恐い(笑)。
宿を紹介してくれた会社の先輩に、そして宿の方に感謝しつつ、利尻の夜は更けて行く・・・

目が覚めて、すぐに私がしたこと。それは部屋の窓を開けることだった。窓の正面には利尻富士が見える。
そして思わず、ニコリ・・・そうなのだ。利尻富士もニコリと微笑んでいる・・・
すぐに朝飯を済ませ、出発の支度をする。
お世話になった宿の方にご挨拶をして、もう一度ペシ岬に向かうことにした。
昨日は雲が掛かって全く見えなかった山頂が、今日はクッキリと見えている。今日も天気が悪かったら、午前中の便で発とうと思っていたのだが、こうなると急に惜しくなる。そして「やっぱり山に登るつもりでいれば良かった」とまた後悔めいたことを思う。
フェリー乗り場の前にある土産物屋には「荷物一時預かり」の看板が出ている。
「よし、ここで荷物を預かってもらって、姫沼に行ってみよう」急に思い付いた。昨日は島を一周することを優先して、ひたすら上り坂が続く姫沼はパスしたのだ。いくらマウンテンバイクだと言っても、長い上り坂が続くのは辛い(自転車には自信があるって、言っていたくせに・・・)。「歩き」ならそれほど苦にはならないのだが、それでは時間が掛かってしまうので、昨日は諦めたのだ。
そこで今日はレンタバイクを借りることにした。
係りのお兄さんは私の顔を覚えていたようで「今日はどうします?」と訊かれた。
私が「今日はレンタバイクにします。姫沼だったら、何時間くらい借りればいいですか?」と尋ねると、「1時間もあれば行って帰ってくるのに十分です」と言うことだった。実は姫沼だけでなく、せっかくバイクを借りるのだから、昨日自転車で走っていて気に入った利尻空港の先の荒涼とした風景を再び見に行こうと思っていた。

結局2時間借りることにし、姫沼に向けて走り出す。
今日も風が無いわけではないが、昨日に比べれば遙かに弱い。おまけに今日はバイクなのだ。昨日フウフウ言いながら登った緩やかで長い上り坂も、今日はスイスイ越えて行く。快適この上ない。こうして人は堕落して行くのだな、きっと(笑)
途中で山に向かって道を折れ、姫沼を目指す。展望台を過ぎ、不自然なほど立派な道路を登り続ける。あっと言う間に姫沼に到着。
昨日だったら「面白くないところだな」という感想を持ったかも知れないが、今日は姫沼の向こうには利尻山が微笑んでいるのだ。来て良かったと思わないはずがない。
姫沼では「写真撮ってあげましょうか?」と、ワンボックスのレンタカーでやって来ていた年輩の男性に声を掛けられた。せっかくだからお願いすると「ギブ・アンド・テイクですから、こっちもよろしく」。
何のことはない、自分たちが撮って欲しいから搦め手で来たというわけだ。
旅をしている時には些細なことにも過敏になっているのだ。それだけ知らず知らずに神経が張っているのかも知れない。だから、人の何気ない言葉にも一喜一憂してしまう。
今見ている風景が素晴らしいだけに、余計に味気ない気分になってしまった。
しばらく姫沼で過ごしていたが、姫沼と利尻山を眺める以外にすることはない。確かに「1時間もあれば十分」と言うはずだ。ここまでまだ、30分ほどしか経っていない。
再び来た道を引き返し、今度は鴛泊を抜け、利尻空港方面を目指す。

バイクは快適だ。こんな快適な思いをしていると、昨日自転車でフウフウ言いながら、一周したのは何だったんだという気にもなってくる。
重い荷物を背負って歩いているのは「独り善がり」なのではないだろうか。年齢相応にもっと楽で贅沢な旅でもいいのじゃないか。例えば「○○ツアー」のようなツアー旅行なら宿の心配もいらないし、列車の時間に悩むこともない・・・そんなことも一瞬思うが、そんな旅には興味が湧かないということは、解りきっている。
考えてみれば旅なんて「独り善がり」なもの。人が何と言おうと、こうした旅のスタイルが好きでやっているのだ。誰からも強制されたわけでもないし、誰かがお膳立てした旅をしているわけでもない。結局は、こんな「行き当たりばったり旅」が好きなんだ。
いつも知らず知らずに非効率で無駄の多い旅をしている。でもそれだけに思いもよらない発見があったり、出会いがあったりする。たぶんいくつになっても、きっとこんな旅をしてるのだろうなぁ・・・
昨日1時間近く掛かった道を20分ほどで走り抜け、適当なところでバイクを止めた。
利尻空港を通り過ぎてから先は、道道沿いに高い建物がない。いや高い建物どころか、建物そのものが疎らにしか建っていない。その大部分はまさに原野。利尻山から綺麗な曲線が山裾に伸びている。
ふと「もう1泊してしまおうか」という気になった。だが明日からはまた天気が下り坂。またまた台風が近づいているのだ(この利尻を含む北海道の旅の間に、2回も台風が訪れた)。
セルフポートレートを数枚撮影し、今度は途中にあった夕日ヶ丘展望台を目指す。名前の通り夕陽が美しい展望台なのだろうが、今日の天候なら昼間でも利尻の美しい海と礼文島が遠望できる。
予想通り青い海、そして今日はクッキリと礼文島が見える。思っている以上に礼文島は近い。
礼文島のフェリー乗り場近くのホテルまでハッキリと見ることが出来る。なるほど、利尻島と礼文島は隣合わせた島なのだ。

鴛泊でバイクを返し、預けてあった荷物を受け取ろうと土産屋に入った。
「すみません。預けてあった荷物を・・・」
「はいはい。ちょっと待っててね・・・はい、これね」
奥からおばさんがザックを抱えるようにして持って来てくれた。ところが「おいくらですか?」と尋ねると「預かり賃なんていらないわよぉ」。
「一時預かり所」と書いてあるぐらいだから、もちろん無料のはずがないと思っていたのに・・・
思わず嬉しくなって、お礼の言葉を何度も繰り返し、お礼の言葉だけじゃ足りないような気がして、ついでにフェリーの中でビールのつまみにでもしようと「ホタテの干し貝柱」を買った。
やっぱり旅をしている最中は神経が過敏になっているのだ。そして一喜一憂も・・・
フェリーターミナルに入る。客は少ない。
フェリーに乗船しても、乗客はあまり増えなかった。昼の中途半端な時間だからだろうか。
礼文のような華やかな見送りの儀式はない・・・と思っていたら、旗を持って見送りをしている人が一人だけいた。利尻のYHの見送りのようだった。たった一人の見送り。送られる人も一人。でも「これはこれで何だか利尻らしいなぁ」と感じていた。

フェリーが利尻から離れるに連れ、逆にどんどん利尻山が大きくなって行くような気がしていた。
これは利尻山から稜線が綺麗な曲線のまま海まで伸びているためだ。島全体が利尻富士に変わって行く。
利尻富士は利尻を離れる日に微笑んだ。
「今度は絶対、登ってやるからなぁ!待ってろよぉ〜」
敗者復活戦に挑むような気分で、そんなことを思っていた。