聖書のお話「どうして見捨てることができようか」 幸和兄
ホセア書 11章 1〜9節

  ホセア書は聖書の中の隠れた宝石と言うべき書、衝撃的なテーマ「姦淫」 の概念を通して、聖書の本質が描かれている。神と人間との関係は純粋な 結婚に例えられている。それが、本来、神と誠実な関係を結び続けるべき 人間が、強情になり、神ならぬ神々を拝し、すなわち、霊的な姦淫を犯し たのだ。1:1〜以下に、イスラエルの堕落を通して、それを暴いている。  ホセア書は、神がどのような辛さの中から、誠実な愛を貫いたかを、ホ セアに同じ体験をさせながら、愛の神のことばを取り継げさせているとこ ろに特徴がある。6:6にあるキーワードは「ヘセッド」すなわち、「誠実 =変わることない神の愛、決してあきらめない愛、見捨てない愛」、次い で、「知る=神に本当にコミットする」です。主イエスは、ホセアのメッ セージを、ことばと同時にご自身の行動で表わされたお方である。
 ホセア書のクライマックスは、11:1〜9である。8節、「どうしてあなたを見捨てることができようか」。どうして? 神のヘセッドの愛とその神を知ることのできぬ人間の愚かさ。今、人間に問われていることは、@私たちは神のヘセッドにより愛されている。そのしるしが十字架と復活。Aその神を知らぬとして生きることは姦淫で、その結果は死。
Bそれにもかかわらず愛し続けて下さる神に、どのように応えるか?

                                    
2016.05.22(日)


>> 最新のメッセージ
© はるなキリストの教会