聖書のお話 「祈り」―信仰の本質(11)
ローマ人への手紙 8章18〜27節

  ローマ人への手紙 8章18〜27節  主イエスが弟子たちに教えられた祈り、マタイ 6章では9節以降をよく唱えますが、その前の1〜7節には、大切な教えがあり、それを受けて9節では「だから・・」と続くのです。ルカ 18章10〜13節に出てくる二人の祈りを見ると、パリサイ人の発言は、よく世間で見る自己宣伝であった。取税人といわれていた男は宮に入るのさえ躊躇い、うつむいて胸を叩きながら、短い言葉をかろうじて心から絞り出したとき、主イエスにより義とされています。また、ときには、ハンナのように主の前に、ただ彼女の心を注ぎ出し(サムエルT 1:6〜9)、短い言葉さえ出ないこともあります。一方、その耐えられぬほどの恐怖と悩みとを信仰によって受容し、讃美へと昇華させたマリヤの長く続いた祈りもあります(ルカ 1:34〜55)。その秘密は、主イエスが教えられた、「み心が天に行われる通り、地でも行われますように」との心の方向性にあり、肉の思いは死に至り、御霊による思いは神から与えられる命である。そこに私たちをどうにかして神から引き離そうとするサタンの誘惑が絶えず襲ってくるが、聖霊の神はこの戦いに勝利を得させている。祈りの本質は、そこにより頼むか、否かにかかわっている。

 
2014.12.14(日)


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