聖書のお話 「主をほめたたえる」―信仰の本質(10)
詩篇 145篇

  モーセを先頭に葦の海を乾いた土の上を歩くように渡りきり、目の前でエジプトの大軍が海に呑まれるのをみたイスラエルの群衆は絶望の渕から歓喜の絶頂へと一気に登った。そのとき、彼らは、モーセの讃美に合わせ声を張り上げ、ミリアムを初め、女性たちは喜びのあまり踊り狂ったのでした。さて、あなたはいつ神様を讃美しますか? 日曜礼拝の時だけ? どのように讃美しますか? 印字された番号や、壁に掲げられた番号を順に追って、正確に、品よく歌うのですか? それでは讃美ではなく学校の音楽の時間です。今までアメリカ、台湾、シンガポール、韓国、フィリッピンの教会でともに礼拝を捧げることを許されてきましたが、どこでも讃美の神髄を見せられました。多くの方々は歌詞を覚えていて、その讃美は心からほとばしる歌であり、祈りのことばでした(コロサイ 3:16)、それは彼らの神への讃美が日常的であることを如実に示していました。ここに互いの徳を高める秘密があります(コリントT 14:26、エペソ 5:19)。「私たちはキリストを通して、讃美のいけにえ、すなわち御名をたたえる、くちびるの果実を 神に絶えず捧げようではありませんか。」へブル 13:15

 
2014.12.07(日)


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