「今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民
イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」との主のおことばを聞いたとき、モーセは震え上がり、見定める勇気もなくなったと書いてある。
モーセは成人したとき、パロの娘の子と呼ばれることを拒み、はかない罪の楽しみを受けるよりは、むしろ神の民とともに苦しむことを選びましたとあるが、結果はそうであれ、直接のきっかけは殺人者としての逃亡であった。その後40年、モーセの日々は、いかであったろうか。
神の召命を前にして躊躇う80歳のモーセ。はいと答える勇気がなかった。様々なことのあった、むしろ忌まわしい思い出の地に行けとは。
名が表すように、モーセは神に一つの使命を与えられ、様々な遍歴はすべて、この日のための備えとなっていたのだが、彼の心中は罪の意識にさいなまされ、神への渇望とはならず、使命に立つこともなかった。
火の中に現れた主はモーセを聖め、昔も今も共にいる神であることを確信させ、このわたしがあなたを選び、わが民を救うために、あなたを遣わすのだと仰せられた時、モーセは一新された。今、神に促されても、こんな私と引っ込んでしまうあなた。神のご期待を知り、今、行け!
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