夕の礼拝に小さな子がいたので、こんなお話をした。「勉強をよくする子の筆入は、いつもエンピツがきれいにけずってある。よく使うからだね。きれいでも、使っていなければだめね。」
同じように、ネヘミヤは、神の宮が見捨てられているのは、単に建物がきたないというのではなく、彼らの信仰の堕落、病気に例えれば、その悪化の兆候とみたのです。その病因は?
1 みことばに長らく聞いていなかったこと。13:1〜3。
2 神の民としての卓越性の喪失。Uコリント6:16〜18、
ローマ 12:2、ヨハネ 17:1〜26
3 神ならぬものと妥協し、聖なる者としての自分を失った。
4 安息日の軽視。これは今の私たちも、この世を優先し、主の日をなおざりにすることに現れている。
5 同じ信仰者とくびきを共にせず、主からあなたを離そうとするものと協働しようとする、主の目からみて誤った欲望。
ネヘミヤは神の宮を愛した。それは建物をではなく、神にお仕えする場としての自覚があったからです。Tテモテ 3:15 ネヘミヤは神のみ心にかなうことを全て行った。では私は?
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