聖書のお話 「豊かないのち」−タルソのサウロ−
ピリピ人への手紙 3章 4〜6節

 何かにつけ、「べつにー」といい、スチューデント・アパシイ、モラトリアム人間という言葉が流行ったのはいつごろでしたか。今や、「ひたむき」という言葉は死語になりかかっています。

 さて、タルソのサウロは、ひたむきな男でした。彼と同族で、同年輩の多くの者たちと比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、律法による義については、誰からも非難されるところがなく、先祖からの伝承に人一倍熱心でした。その熱心が最初の殉教者ステパノを出し、なおも主イエスの弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えさせ、息をはずませ、ダマスコに向かわせたのです。

 この神のことばを頭で知っていても、神の御心を知らなかったサウロを神は憐れみ、その途上でとらえてくださいました。

 変えられたサウロは後に、「彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではない。彼らは神の義を知らず、自分自身の義をたてようとしている。」と喝破し、「主を恐れることが知識の初めである。」ことを知らず、意のままに動いていた、かつての自分に重ね合わせています。

 熱心は彼を救うことはできず、かえって、彼を神に敵対する者としていました。ヨハネ T 5:20の奥義は重要です。私の熱心ではなく、神が私をとらえてくださったとき、私の古い自我は崩れ去り、豊かないのちに与れることを心に刻んでください。

 
2008.11.23(日)


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