かのクラーク博士は、「少年よ。野望家たれ!」と言ったと伝えられています。誰でも抱負を語り、野望を抱くとき、同時にその実現を強く望むものです。
キリストの神はそれ以上に神ご自身のうちにあります深い思いが実現されることを熱心に望んでいらっしゃいます。18節にはそれが如実に描かれています。
神は私たちが主なる神をよく知ることをお望みであり、神がどのようなお方であるか、私たちが目ではっきりと見ることを望んでいらっしゃいます。神はイエス様をくださるほどに、私たちを愛してくださいますが、それを私たちが認め、感謝し、イエス様=道を通して、神のもとに戻ることを切に望んでいらっしゃいます。
聖書に啓示されます神は、私たち、人間のように今日と明日とでは違うようなお方でもなく、忘れっぽいお方でもありません。変わりません。ヘブル 13:8。
神は聖なるお方であり、永遠に変わらざるお方であります。そのお方が、私たちを恵もうと待っておいでです。ですからこそ、そこに、私たちの永遠の希望があることを知ってください。神を失望させないでください。讃美歌 U 196番。
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