『神に受け入れられる人として・・・』
ローマ人への手紙 12章1〜2節

声のメッセージ

イエス様は、「あなたがたは世の光、地の塩です。」と仰いました。私たちが光であり、塩であり続けるとは、イエス様が祈られたように、私たちがこの世から逃げだすのではなく、神の守りをいただいて、この世にかかわり続けることです。

 

 30年ほど前に、「烏の勝手でしょ。」ということばが流行った。互いに助け合うことは余計なお節介だという、誤った個人主義が個人にあらゆるリスクを負わせた結果が勝ち組、負け組みという温かみのないことばとなって現れていると思う。

 

ルカの福音書にあるよいサマリヤ人の例えに出てくる祭司とその一族は他人にかかわりたくなかったので去った。しかし、その怪我をしている人たちに差別されていたサマリヤ人がそこに来ると、彼は立ち止まり、傷の手当てをし、自分が乗ってきた馬に乗せ、宿屋に連れて行って主人に、「介抱してやってくださいと、お金を出し、もっと費用がかかったら、帰りに支払うから。」とまで約束した。

 

核家族化が指摘されて久しいが、それよりも地域力の希薄化がどんどん広まっていることに目を向けるべきだ。人々の心と心のつながりを失った地域社会を再び結びつける光としての人、塩としての人が出てくることが切に待たれている。

一人では全部ができなくとも、小さな一人ひとりが集う教会がネット・ワークを作れば出来る。その一つの役割をあなたは託されている。さあ、主とともに一歩を踏み出そう!

 
2006.01.15(日)


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