『勝利の栄冠をいただいたステパノ』
使徒の働き 6章 8〜15節

声のメッセージ

 

ステパノはエルサレム教会に仕える7人の一人として、6章に登場し、7章では最初の殉教者として、天に召されます。それは夜空に輝いて流れる一条の流星のごとく、はかなく見えるかも知れませんが、彼の人生は両親が願いをこめて名づけた、「勝利の冠」その通りの、実に恵みにみちた生涯でした。

ステパノは御霊と知恵とに満ち、みなの評判が良い人でした。そして恵みと力に満ちている人でした。人々の間ですばらしい不思議なわざとしるしを行っていましたが、このようなことは使徒をおいて他にはいませんでした。議会(サンへドリン)で彼のした説教は、「使徒の働き」のなかで、だれよりも長く書き記るされています。そのときのステパノの顔は御使いの顔のように見えたといいます。

何よりも胸を打ちますのは、ステパノの死に臨む祈りです。十字架上のイエス様の祈り(ルカ 23:46)を思わせる、「主イエスよ。私の霊をお受けください。」と祈り、同じく十字架上のイエスさまの祈りのごとく(ルカ 23:34)、「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」とステパノは自分を殺す者への執り成しの祈りを捧げられたのです。

この祈りは群集を扇動し、皆が石を投げやすいように衣を預かっていた青年を後に大きく変えました。後のパウロです。ダマスコへの途上で、復活のイエスにお会いしてからの盲目の3日間、サウロ(後のパウロ)の心に何回、ステパノの祈る声が響いたことでしょうか。 

ステパノはイエス様がおっしゃられましたように、一粒の麦として地に落ち、そして豊かに実を結びました。人の目には失敗と見えるわざであっても、神にあってなされたわざは、決して無駄になりません(コリント T 15:58)。

同じようにあなたの小さな愛のわざをも、神は大きく用いてくださいます。感謝ですね。

 
2005.10.23(日)


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