『代々、主に栄光をお捧げするために』 
声のメッセージ
新約聖書 ヤコブ 3章1-18節

 今日の箇所は説教者が読むたびに深く胸を刺され、悔い改めを迫られるところです。これまでヤコブは行いの伴わぬことばには何の価値もない、行いの伴わぬ信仰は死んでいるものだと否定的なことを述べ立ててきました。そして、特にみことばの教師に対して、深く心せよと迫ってきます。
 ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだもりっぱに制御できる人である。しかしながら、舌を制御することは誰にも出来ない。それは少しもじっとしていない悪であり、死の毒に満ちているとまで痛烈に指摘します。
 そして、なおも、「舌をもって主である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろう。讃美とのろいが同じ口から出てくる」と私たちの言行の矛盾を突いてきます。
 であるからといって、ヤコブは決してあなたがみことばの教師になるなといっているのではありません。イザヤが、「主は、ご自分の義のために、みおしえを広め、これを輝かすことを望まれた。」といっているとおりです。
 では、どうすれば良いのか。ヤコブは言います。教師よ。あなたは上からの知恵に満たされなさい。そのとき、初めてあなたは、見せ掛けのない人となれます。すなわち、上からいただいた知恵にふさわしい、柔和な行いを、良い生き方によって示すことができるようになりますと励まします。
 この最高のお手本をイエス様はお示しになられました。イエス様はご自分がお選びになられた弟子たちと、3年間の公生涯をともになされ、語られたおことばに生きられました。弟子たちはイエス様が、まさに活けるみことばであることを時がたつにつれて、じわじわと知らされていきました。
 そして、彼らも同じようにみことばに生き、師のみ足の跡を継ぐものとして、イエス様が創始された救いのみわざを宣べ伝える、「麗しい足」となっていくことができました。イザヤ 52:7。
 そのみわざは、今、あなたに託されています。 あなたの口から出ることばと、あなたの生き方を見て育つ者が、同じように主に栄光をささげるものとなりますことは、なんという光栄、喜びでありましょう。
主よ。どうか、私を聖め、私を躓きの石ではなく、愛する友を磨く石と変えてください。イエス様のみ名によりお祈りいたします。

2005.02.20(日)


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