『聞くには早く、語るには遅く』 
新約聖書 ヤコブの手紙 1章19節

 ヤコブはこの手紙の中で私たちの日常生活の知恵を語り続けます。聞くということはそう簡単ではありません。昔の哲人はいみじくもこういいました。「ゆえに、神は人間に一つの口と二つの耳をくださったのだ。」と。
 旧約聖書の箴言には、その警告が何箇所もあるのをご存知ですね。 中越地震でも、「お話ボランティアー」が活躍していますが、これをお話をする人と勘違いする人が多いと思いますが、むしろ、耳を傾ける人です。
 10年前の阪神淡路大震災のある日、高校生グループと一緒に仮設住宅をまわったことを思い起こします。高校生たちは被災者の状況を目のあたりにして、まったく話すことばを失っていました。ただ、その方たちのお話を涙を流しながら聞くだけでした。その帰りの車内で高校生たちは、「私たちは何もできなかったのに、あんなに有難うといわれて。」と戸惑っていましたが、でも、彼らはそれが最高の働きとなっていたことを知らされたのです。
 いろいろなグループで座にいる人におかまいなく大声で話し続け、みんなが何も話さないから、俺一人で苦労したなどと自慢する人は哀れです。
 会話とは人格と人格のふれあい、相手を認めるところにのみ会話が成立します。相手を認める秘訣は神の愛「アガペ」です。神が御子イエスを賜うほどに私を愛してくださっていらっしゃる。そして同じように神はこの人も、あの人も愛されていらっしゃると知るときに、私たちは隣人を認めずにはいられなくなります。
 主なる神はモーセに、「わたしは彼らの叫びを聞いた。」とおっしゃいました(出エジプト 3:7)。神はいつも耳を傾けていてくださっています。ですから、私たちも同じようにいたしましょう。そのときはじめて、相手の徳を高めるお話が口から出てくることでしょう。そして次はあなたにも恵みが大波のように戻ってきます。そんなことを心がけながら、今週を過ごしましょう。

2004.12.19(日)


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