『使命』 
新約聖書 使徒の働き 13章42-49節

 アテネの柔道100kg超級の金メダリスト 鈴木桂治選手の「責任感というより、自分の使命ともって臨みました。」とのことばは印象的でした。
 責任には応えなければならないという悲壮感が付いて回り、使命にはその目的のために、自分が選ばれ、送り出されたという自覚に基づく高揚感があると思います。この違いは微妙ですが、結果は大きな差となります。

 さて、ピシデヤのアンテオケにおいてパウロは「私たちは、これからは異邦人の方へ向かいます。」と宣言しました。使徒の働き 1章8節が示す、福音が地の果てにまで拡大して行く、新しい分岐点でした。パウロは異邦人への使徒という使命をいただき、未知の世界へと進んでいきます。
 これは750年前のイザヤの預言が成就したときでした。「わたしはあなたを諸国の民の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする。」。

 この天よりの使命は使徒パウロだけに留まるものではありません。後にパウロが、愛する弟子テモテに書き送っていますように、以後、連綿と続き今に至っています。テモテ U 1:3。
 静かにあなたを振り返ってみてください。あなたがたの多くは、あなたの家族で一番初めのキリスト者です。あなたも、諸国の民の光とされ、地の果てにまでキリスト・イエスの救いをもたらす使命を持つ者とされたのです。
 福音伝道という使命は一つですが、その方法には、あなた独自のものが与えられています。パウロはそれを人間のからだにたとえました。体にはさまざまな器官があります。美しい花をみる目や、鳥のさえずりを聞く耳、秋の味覚を楽しむ口もあります。そうかと思えばからだをささえる足の裏もあります。以前、私は右手の小指を傷つけたことがありました。もう、ペンがもてないのです。普段、気にもとめない小さな指でも、大切な働きをしていることを知らされたときでした。
 パウロは言います。からだの一器官が他の器官を見下げることができようか、また、自分はこんな小さなものだからと卑下してよいか、とんでもないというのです。創造の神はあなたを世界で唯一の、ご自分の宝とされています。60億の民を大切にされ、一人ひとりに使命を達成するための異なった賜物をくださっているのです。ご存じでしたか。うれしくなるでしょう!

2004.08.29(日)


>> 最新のメッセージ
© はるなキリストの教会