琵琶湖の神々のいたずら

  琵琶湖に沈む夕日を見たいと思った。
朝早くから行動するのが苦手な我々は朝10時に出発するのがせいぜいだった。 首都高から東名高速へと車を走らせる。これが遅い夏休みをとった我々の5泊6日の旅の始まりだった。
だが、その日は東名高速入り口の手前から渋滞が発生していた。

冷夏の反動か9月に入ってから残暑が続いていたその日、車の外気温計は41度を指した。 冷房を効かせても、直射日光は容赦なく車内に降り注ぎ、渋滞のいらいらと合わせて中の人間をじらした。 厚木を通過するとようやく渋滞は解消され、先を急いだ。しかし、御殿場では天候が急変し、雨となると同時に再び渋滞。はたしてこれは琵琶湖の神々のいたずらなのか。昼食をとるために富士川のサービスエリアに入った時には14時30分となっていた。

180度の景色を見渡せるレストランからは晴れた日なら富士山が正面に見えるのだが、この日はまったくみえなかった。昼食をとり終えた我々は再び車に乗り込んだ。 濃尾平野が終わり、日が傾きかけたころ、つれが声を上げた。
「見て、屏風みたい。」
その屏風のように立ちはだかる山塊は養老山地だった。この山地を越え、山の裾が折り重なるようにして立ち上がる鈴鹿山脈を過ぎれば琵琶湖のある近江平野だ。

この先にある養老サービスエリアには立ち寄らなければならない用事があった。 2年前に本を書くための取材旅行ではここで岐阜県産のコシヒカリを買ったことがある。その米が普通に炊飯器で炊いただけなのに、信じられないほどにうまかった。しかも、2キロで1000円とさほど値段が高いわけでもない。 またその米を買いたいと思っていた。前回と同じキッチン付きの宿泊施設に泊まる予定なので、滞在中にその米を食べようという魂胆だ。 琵琶湖に到着する時間を計算するとぎりぎり日没に間に合う。養老サービスエリアに寄り、 2年ぶりの再会となるその米を買った。2年前はちょうど新米が出て頃だったが、残念ながら収穫にはまだ早かったようで、今回手に入れたのは新米ではなかった。

養老サービスエリアを出て、北陸自動車道の米原で降りる。ここから、琵琶湖の方向へと急ぐ。琵琶湖で遊んで帰路に着くのか、反対車線にはボートを引っ張っている車が列をなしていた。 琵琶湖はもう近いはずなのだがなかなか現れない。田んぼの中の道を走っていると、やがて正面に堤防が見えた。琵琶湖の堤防だ。沈んでいく夕日がばっちり見えている。車を停め、写真を撮った。撮っているうちに夕日は水平線に沿って広がる雲の中に隠れた。もう数分遅かったら、夕日を見ることはできなかった。琵琶湖の神々が笑っているような気がした。


琵琶湖に落ちる夕日

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