古佛の穴

観音菩薩(娑婆世界に遊ぶ菩薩)
般に観音菩薩と呼ばれますが、正式名称は観世音菩薩、または観自在菩薩といいます。 2つの呼び方があるのは、インドから中国に経典が渡ったときの翻訳の仕方によります。 観音菩薩はインドの古い言葉であるサンスクリット語(梵語)でアヴァローキテシュヴァラといいます。 アヴァローキタは「観」、シュヴァラは「音声」という意味で、アヴァローキタのローカには「世間」という 意味が含まれ、そこから「観世音」という訳語になったと言われます。 また、イーシュヴァラが「自在者」という意味を持つことから、7世紀の玄奘三蔵は般若経を訳すときに「観自在」と 訳しました。 観音菩薩については「法華経」の中の「観世音菩薩普門品 第二十五」に書かれています。この章は特に「観音経」とも 呼ばれます。

観音菩薩の特徴のひとつには、人々が苦難に会ったときに、「観世音菩薩」とその名を口にすれば即座に助けてくれるというものがあります。 法華経にはこう書かれています。大火に入っても火に焼かれることはなく、大水に流されてもすぐに浅いところを見つけることができ、 刀を振り下ろされようとする瞬間でも、観世音菩薩の名を口にすればその刀はぼろぼろに崩れ去る、などなど。
もうひとつの特徴は、観音菩薩は相手に合わせてさまざまな形に変化して現れ、人々を救ってくれるという点です。 相手にとって仏の姿で現れるのがふさわしいなら仏の姿で、王の姿がふさわしいなら王の姿で、毘沙門の姿がふさわしいなら毘沙門の姿で など、全部で三十三の姿が書かれています。「自在神力ありて娑婆世界に遊ぶ」のが観音菩薩なのです。 法華経のこの三十三という数字は「たくさん」という意味にすぎないと考えたほうが良いでしょうが、 のちにこの三十三に合わせて、三十三種類の観音が決められました。

聖観音菩薩 楊柳(ようりゅう)観音
竜頭(りゅうず)観音
持経(じきょう)観音
円光(えんこう)観音
遊戯(ゆげ)観音
白衣(びゃくえ)観音
蓮臥(れんが)観音
滝見(たきみ)観音
施楽(せらく)観音
魚藍(ぎょらん)観音
徳王(とくおう)観音
水月(すいげつ)観音
一葉(いちよう)観音
青頸(しょうきょう)観音
威徳(いとく)観音
延命(えんめい)観音
衆宝(しゅほう)観音
岩戸(いわと)観音
能静(のうじょう)観音
阿耨(あのく)観音
阿摩提(あまだい)観音
葉衣(ようえ)観音
瑠璃(るり)観音
多羅(たら)観音
蛤蜊(こうり)観音
六時(ろくじ)観音
普悲(ふひ)観音
馬郎婦(めろうふ)観音
合掌(がっしょう)観音
一如(いちにょ)観音
不二(ふに)観音
持蓮(じれん)観音
灑水(しゃすい)観音
これらの観音菩薩は像として造られることはあまりありませんが、楊柳、白衣、水月、魚藍、蛤蜊観音などは禅画で しばしばお目にかかることができます。

像としてよく造られるのは密教の六観音です。以下は真言密教の場合です。
千手(せんじゅ)観音
聖(しょう)観音
馬頭(ばとう)観音
十一面(じゅういちめん)観音
准胝(じゅんてい)観音
如意輪(にょいりん)観音
天台密教では、准胝観音ではなく不空羂索(ふくうけんじゃく)観音となります。 このうち聖観音とは、変化していない根本の観音ということです。

 

必見の聖観音菩薩
京都・鞍馬寺

鞍馬寺は京都の北方の山、鞍馬山にあります。 大きな仁王門をくぐった先にあるケーブルカーで登り、しばらく山中を歩いていくと霊宝殿があります。 ここは、毘沙門天で有名な寺ですが、その霊宝殿の中には毘沙門天と一緒に聖観音が安置されています。 着ている衣が無造作に乱れ、なまめかしさをも感じさせるこの聖観音の像は、いかにも山深い鞍馬にふさわしい感じがします。 作者は肥後の定慶という人です。

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