078「SAGAWARS/episodeV分別とともにあれ」



龍造寺隆信(1529―1584)


長法師丸、胤信、中納言、山城守。水ケ江龍造寺氏の周家の子。はじめ出家して円月といった。この間、父と死別。祖父家兼の命により還俗。宗家を継ぐが、天文二十年(1551)、反対派の謀反に遭い追放される。二年後に復帰し、永禄二年(1559)、少弐冬尚を滅ぼして東肥前を平定。大友宗麟の二度にわたる佐賀侵攻をはねのけ、北九州に勢力を伸張する。また島原半島の領有権をめぐって島津氏と対峙し、和議によって薩摩軍を撤収させた。が、天正十二年(1584)、島津氏の再度の侵攻によって島原へ出兵したが、島津・有馬の連合軍と肥前沖田畷に戦って戦死した。法号龍泰寺殿泰巌宗龍大居士。


◆名言・金言集のようなものに決して載らない龍造寺隆信の言葉がある。

「分別も久しくすればねまる」

ねまる、とは「そこにとどまる」とか「(ものが)腐る」といった意味がある。「なまる」というと多少、通じるところがあるだろう。おそらく身体と同様、分別も時間がたつとともに鈍ってしまうものなのだということではないか。「老いては駑馬に似る」といった語感をともなった言葉である。

◆龍造寺氏中興の祖・剛忠入道こと家兼は孫の長法師丸の顔を見るなり「この子は抜群の相をしている。出家させれば、必ずや名僧になるだろう」と賞賛した。おかげで長法師丸は七歳で寺に入ることになった。出家して円月という。

◆しかし、円月は言葉遣いも素行も乱暴で、祖父のいうような名僧どころか、荒法師になりかねない有様だった。しかも、その強さに一本筋が通っていればいいのだが、芯は弱かった。この性向はのちに傍若無人な君主としての側面を見せることになる。

◆円月が成人した頃、急に還俗させられて水ケ江城へ入ることになった。家兼が死去にのぞんで「長法師丸は大器である。龍造寺の家を興すには彼を連れ戻すほかはない。ただちに還俗させよ」と遺言したからだった。長法師丸は胤信と名を改めて水ケ江龍造寺家の当主となった。

◆間もなく水ケ江龍造寺から宗家を継いだ胤信は、山口の大内氏と結んでその偏諱を受け、隆信と名乗った。そして鎮西の旧勢力・少弐氏を滅ぼし、九州三大勢力の一にのしあがったのである。版図の拡大とともに、龍造寺隆信の身体も肥満していった。

◆家臣に腰をもませながら、隆信はタプン、タプンと太鼓腹をゆらせて至福の時に浸っていた。

家臣「上方では、羽柴秀吉という男が諸方を切り従えている由。いずれ西国へも手をのばしてくるやもしれませぬな」
隆信「フン。その時はな、わが精鋭七千騎に鋤鍬をもたせた人夫三千人を従え、都喜枝あたりまで出迎えて諸事御用をうけたまわり、九州平定の露払いをしてやるさ。天下人に随身いたせば、わしはさしずめ鎮西平定の先鋒大将ということになろうな」
家臣「それはよいご分別でござりまする」
隆信「だが、それも秀吉の人物を見てからの話だ。天下をきりもりするほどの器量でなければ、その精鋭七千騎でもって秀吉めを討ち果たしてくれよう。ワハハハハハ」

そこへ急報が入った。有馬晴信の軍勢が不穏な動きをしめしているらしい。

隆信「有馬など、わし自ら出張って、有明の海に叩き落してムツゴロウのエサにしてくれるわ!」

◆有馬晴信には島津勢の救援があったが、両家あわせても隆信の軍勢には及ばなかった。しかし、数を頼りに単純に押し出してくる龍造寺方に対し、島津・有馬連合軍は狭隘な地を選んで敵勢を邀撃する作戦に出た。

◆沖田畷の合戦である。数をたのみに進撃を命じる隆信は、自重を促がす龍造寺四天王らの意見にも耳をかさない。

◆分別がとっくにねまっていることに隆信本人だけは気づいていない。龍造寺隆信はこの戦で死ぬ。馬にも乗れぬ超肥満の体躯を輿に乗せていたが、最後は担ぎ手も逃げ出して輿とともにおいてけぼり。輿が隆信の「船」だとしたら船長たる彼は運命をともにすべきなのだが、同じ輿に乗る身の立花道雪(大友氏家臣)が三十七度の合戦で陣頭指揮したのとは大違い。主将を信頼してこそ家臣も命を投げ出す覚悟を決めるのはいつの時代も同じこと。追いすがる島津兵によって、隆信は泥田の中で首を獲られた。討手は川上左京といわれる。

◆その体躯や、小勢にやられた最期からして、龍造寺隆信と今川義元がどうもダブって仕方がないのだが、やはりふたりとも輿に乗っていたため、輿しか通れない道ばかり選んでいたために敵につけいる隙を与えてしまったのではないかという想像も可能だ。ともあれ「熊」と「みやび」をいっしょにするなーとお叱りを受けるかもしれないが。

◆有明海と島原湾が交わる辺り、国道251号線沿いに彼の墓がある。島津軍が首を送り返そうとしたところ、受け取り拒否にあい、仕方なくここに埋めたという逸話もある。

◆祖父家兼の言うように名僧にもなれず、龍造寺の家運も傾かせ、結局、言霊に支配された一生だったのであろうか。鎮西の未来はシャグマ軍団・鍋島氏に託されることになった。

May the good sense be with you(分別とともにあれ)





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